独り占めの世界
かなやま ゆき
第1話
ほとんどの人は好まないと思うが、私は冬のまだ暗い朝が好きだ。
寒いのは嫌い。けれど、あの時間だけは許せる。
「え、なんでまた早朝バイトなんか…」
口に運ぶにはまだ熱いであろうマグカップを擦りながら、彼はぎょっとこちらを見る。
「んー、やっぱり時給が高いっていいじゃん」
恐らく一般的で納得いくであろう理由を口にする。
予想とは裏腹に、彼は納得いかない表情で次の言葉を探している。
この間を持たせようと、淹れたばかりの紅茶は見るからに熱そうだが一縷の望みを賭け啜ってみる。
「ーあちっ」
やはりまだだったようだ。もう一度彼に目をやると、呆れたようにこちらを見ていた。
「いやー理解できないわ、そりゃあいくらか時給上がるけどさ、冬の4時に外出るなんて、割に合わない」
彼はマグカップを口に運び、息を何度か吹きかける。
「ーあっつ」
彼の眉間に皺が寄る。
ふーふーしてもだめかぁ、と呟き、お互いマグカップをテーブルに戻す。
「まぁね〜、早起きしんどいし、寒いけどね〜」
コートに、マフラーに、手袋に、カイロに。
家中のあったかいものをかき集めて、まだ眠っている街へ。
早起きはしんどい。そして寒いのも苦手である。それでも、好きな物が溢れている。
誰にも気に停められない信号。
どの時間よりも澄んだ空気。
遠くまで響く踏切の音。
みんな、知っているのだろうか。
彼は紅茶を飲むのを諦めたようで、お菓子を物色している。
私はこっそり得意げな表情をして、心の中で呟いた。
「あの景色、君にはまだはやいかな」
独り占めの世界 かなやま ゆき @yuki00s1942
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