第56話

「……もしよければ、私からもなにか詫びの品を送りたいのだが、受け取ってくれるだろうか?」

「お詫び……エド様が私に、ですか?」

「――私も貴女抜きで今回の件をまとめてしまったからな……」

「あー……でも、それが普通のことですし……家同士の話し合いになったんですから当主同士が話し合うべきで……――問題はうちの当主が被害者の声を全く吸い上げなかったことなわけで……」


 ――クソ親父絶対に許すまじ。

 ……って言っても、こういう場合当主がどんな決定を下しても、それに従うのが貴族の常識だったりするけどー。

 ……だから、ここに送られることになったときも、侍女が誰一人ついて来なくなったときも、文句一つ言わずに従ってきた。

 ――んだけど……ついさっき私の常識がみんなの非常識だと証明されてしまったわけで……――あとでちゃんとあジーノさん聞いておかなきゃ。

 もしかしたら小さい頃からあのクソ親父にいいように教育されてるかもしれない……


「――私の気持ちの問題だ。 不要で無いなら受け取って欲しい」

「そう……ですか?」


 ――そこまで言われるなら……なんか貰っちゃってもいいの……かな?


「――受け取ってもらえるか?」

「……もちろんです」


 貰うことが心を軽くするっていうなら貰っちゃってもいいんじゃなーい?

 ……なにもらおう? ドレス? 帽子⁇

 いや、さすがに高すぎ⁇

 ――はっ ゆ、指輪とか……?

 いや、それは流石に痛すぎるか!

 お詫びの品だろうがなんだろうが「指輪ください」はさすがに言いづらいし、エド様だって困っちゃか……

 そうなると……――無難なプレゼントの基本ってやっぱり消え物だよね?

 日用品か食べ物……使ったら無くなっちゃうものか食べたら無くなるもの……――

 あっ! そういえばトンノって魚が用意できればツナが出来るんじゃなかったっけ⁉︎

 マヨネーズは作るの超大変だけど、材料はすぐに集められる。

 だからその魚さえ準備できれば、いつだってツナマヨのおにぎりが食べられちゃう!

 ツナサンドもたくさん食べられるっ‼︎

私、あれ大好きなんだよねー 。 特にキュウリがほどよく入ってるやつ!

 ……だがマカロニてめえは許さん。 お前だけは確実にカサ増し食材だっ。

 ――ってことでっ! なんでも貰えるなら――


「私、トンノって魚が――」

「よければ一緒に劇でも……――トンノ?」


 そこでお互い無言になり見つめ合う。

 訝しげなエド様の表情を見つめながら、私は自分の顔がどんどん引き攣っていくのを感じていた……


「…………」

「…………」


 無言のままゆっくりと視線を逸らし、ソファーに座り直した。

 ――誰か…… 誰か、ヘルプミー……この空気をどうにかして欲しい……早急に!


「……――わたくし、観劇は好きです」


 ギギギギギッと音がするかのようにぎこちない動作で、エド様に微笑みかけながら答える。


 ――よし。 無かったことにしよう。

 私はトンノなんて言ってない。 いいね⁇


 ――イルメラどうしてなの?

 なんでこんなイケメンにお詫びの品を……って言われて、食材の名前を なんか答えてしまうの⁉︎

 一体どこに女子力落としてきたのよ⁉︎ 探して来なさい! 見つかるまでおうちに入れませんからねっ‼︎


 ――ってか、お詫びの品に『一緒にお出かけ』ってのが入ってるならさっさと言ってもらっていいですかね⁉︎

 だったらそれにしたもん!

 イルメラそのぐらいの女子力ぐらい残ってるもんっ!


「……そうか」

「はい……」


 どうしようもない居心地の悪い空気が部屋の中に満ちている……

 ――ここが地獄か……


「……確か、有名な劇団が慰労訪問にやって来るとか?」


 いたたまれない空気から解放してくれたのはジーノさんだった。

 ……あなたが救世主メシアか……


 フォローを入れるように、そっと話題を提供して、会話の続きを促してくれる。

 私たちはその言葉でチラチラと視線を交わし合いながら、少しぎこちなく会話を再開させる。


「あー……そうだな? 王都で有名ということだから……イルメラ嬢は見飽きているかもしれないが……」

「そんな……――ぜひご一緒させていただきたいですわ?」


 どことなく落ち着きなく提案するエド様に、私もどことなくぎこちなくも返す。

 そして二人で、本来交わし合っていたであろう会話をなぞっていった。


「……では、ご一緒に」


 ふっと小さくため息のような笑いをもらしたエド様が、手を差し出しながら誘ってくれる。


 ――そのお姿……

 これがどこぞのゲームの世界だったら、今の絶対スチルになってる……!

 どうしてカメラが手元に無いんだ⁉︎

 今のは絶対保存しておくべきだったのにっ!

 いやむしろ、動画を最初から最後まで全部撮影しておいて⁉︎


「……イルメラ嬢?」

「――はっ⁉︎」


 あまりに見つめすぎて、眉をひそめたエド様に声をかけられ、ようやく我にかえる。


「……嬉しいですわ」


 無理やり笑顔を浮かべながら答えると、エスコートを受ける時のように差し出された指先にそっと自分の指先を重ねた。


「――ああ、そのあとレストランで夕食もご一緒しませんか?」


 話題を変えるかのように明るい声で話し出すエド様に、私も気を取り直して自然と笑顔になっていた。


 イケメンな上に優しいとか、攻略対象かよ!

 だとしたら私エド様推しになるわー。


「まぁ、嬉しいです。 楽しみにしていますね」

「――美味いトンノを出してくれる店があるんだ」

「がっふ……」


 エド様からのふいなカウンターに私の口からは、決してご令嬢……――いや、女の子の口から出てはいけないような、不適切な音が漏れ出る。


「ふはっ……――気に入ってもらえるといいんだが」


 笑い出すのを堪えているのが丸わかりの震える肩を隠そうともせずに誘ってくる。

 ――まぁ……なんて紳士じゃ無いのかしら⁉︎

 全然優しく無いがっ⁉︎


 ――悔しいっ!

 でもなんか格好良い‼︎

 そしてちょっと、親密だから許される軽口なんじゃないコレ⁉︎ とか思えて、ちょっと喜んでる自分がいるっ!

 くそぅ……! それもこれもエド様の顔面がいいばっかりに……っ!

 イケメン恨めしいっ……‼︎


「――……エド様がそこまでおっしゃるのなら?」


 エド様の態度に、爆発しそうになる感情をグギギッと押し殺し、私はかけらも動揺していませんよアピールをするため、そしてこの憤りを少しでもぶつけるために、ワザとアゴをツンとそらせて、ほんの少しだけ横柄な態度で応じる。


「ふふ……楽しみにしている」


 そんな私の内心などお見通しなのか、余裕たっぷりに答えたエド様は、歪む口元を手で覆い隠す。


 笑ってるの隠しきれていませんが……?

 ――あーもうズルい!

 カッコいい‼︎

 観劇も夕食も全力で楽しんでしまいますけれどもー⁉︎




 ――回復魔法しか使えないとバカにされ続け、地味で根暗だと婚約者に捨てられた私ではございますが……

 それでも、ほんの少しの幸せならば掴めるようでございます。

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回復魔法だけでも幸せになれますか? 笹乃笹世 @sasanosasayo

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