第55話

 使者にご退出願ったあとの応接室――


 隣に座っていたエド様が、身体ごと私の方に向き直ると少し言いにくそうに口を開く。


「イルメラ嬢、私が言えた立場ではないが――ここまで譲歩せずともよかったんじゃないか?」


 ――エド様まで私が周りに忖度そんたくして、決めたと思ってらっしゃる。

 ……まぁ、半分ぐらいは忖度だけどー。


 たださ? 私はわりと本気で、今の私があるのってエド様のおかげだと思ってる。

 そもそも私がこのお屋敷で出来てるのも、エド様が私を受け入れてくれたから。

 そこで拒まれてたらこのお屋敷に住めてないし、騎士団で雇って貰えなかったら、お屋敷取り壊すハメになってたかもしれない。

 ……今だって雨漏りした建物なんか、取り壊す一択だと思ってるし。

 ――それに騎士団で回復魔法の扱い方をちゃんと教わってたからこそ、ご近所さんたちと友好的な関係になれたし、アルバ枢機卿貰えなかったら助けられたんだと思ってる。

 ……あれ無かったら、今でもお米と出会えて無いかもだし……


 ――だから私がエド様に忖度するのは……当たり前と言えば当たり前なわけで……


 ――おかしいんだよなぁ……

 絶対に私に気を遣わなきゃいけない人物が、全くこっちに気を使って来ないんだよなぁ……?

 ――あ、私の実の父親なんですけどね⁇


 ――あのやろう……私を田舎にドナドナして、全部終わらせた気になってやがるな……?

 私を蔑ろにすると、お母様やお婆様たちに無いこと無いこと吹き込んでやるんだから……!


 まぁ……そんな父親のことも含めて、この結果でいいと思ってる。

 誰かに強要されて決めたわけじゃない。

 色んなものを天秤にかけて、自分的には一番納得できる選択肢を選んだつもりだ。

 ちゃんと復讐になってると思ってるし。

 だから、この選択でエド様が気に病む必要なんかない。


「――私はここが好きです。 お屋敷のみんなも騎士団のみんなも――優しくて親切なご近所さんたちも。 だからエド様やバジーレ領に迷惑をかけるつもりはありません。 ……でも本当にさっき出した条件で、私は満足してるんですよ?」


 なんたって、生まれも育ちも由緒正しき侯爵令嬢が嫌がる要求ですよ?

 ……まぁ、現在は“かろうじて現役”なんですけどー。


「――っありがとうございます! ありがとうございますっ‼︎」


 私が答えるのと同時に、モンティー商会の夫婦が二人揃って私の前に走り寄って、何度も何度も頭を下げる。


「――先に私を助けてくれたのは女将さんたちです。 それに……――お茶会での話題を鵜呑みにして確認もせずに侯爵家の別邸で大暴走したレベッカ嬢が全面的に悪いと思います」


 お茶会って言われると“すごく格式の高いもの”みたいなイメージになるけど――いや実際、派閥内や他派閥とのお茶会は情報収集や社交の場だけど……今回のエミリーちゃんが――修行中の侍女見習いが話題を披露できるようなお茶会は、お茶会の練習どころか、息抜きがてらの茶飲み話なわけですよ。

 元の世界に置き換えるなら、学校帰りに友達とマックや公園で食っちゃべってる時の会話ぐらい、気の抜けたその場限りの楽しいおしゃべりなわけ。


 ――そんな話だけで、家の騎士団まで出動させるあの女のおつむ、ヤバすぎる。

 ……そんな女の侍女としてお仕事しなきゃいけないエミリーちゃん――私だったら罰ゲーム……

 主人がやらかすと、その尻拭いするのは侍女たちだし。

 ――頑張れ……エミリーちゃん超頑張れ……!


「お嬢様……」

「ありがとうございます、ありがとうございまずぅ……!」


 夫妻は安堵したのか、感謝の気持ちが溢れたのか、その場に崩れ落ちらように膝を付きながら涙を流していた。


「――おかみさんたちは、化粧水沢山売ってくれればそれでいいから! あと……あんまりエミリーちゃんを叱らないであげて?」


 ――この世界の教育方法、本当に虐待レベルなの。

 言葉が通じる相手をしかろうってのに、ムチだのロープだの持ち出すんですよ……?

 元の世界じゃ、平手でぶっても騒ぎになるレベルですけどね⁉︎

 

 ――しかも今回の騒動、貴族に被害を出しちゃってるから、場合によっちゃお店が無くなるどころか、命まで失いかねない大事件に発展してもおかしくなかった。

 今回は被害者の私が庇ってるし、教会からのフォローも入ったからお店自体のお咎めは無いけどね。

 ……だけど、最悪の場合を夫妻も理解しちゃってるから、かなり叱る可能性があるわけで……――庇うわけじゃ無いけど、ムチ打ちやど一晩中椅子に縛り付けられるとかいう拷問をして欲しいわけじゃ無い。


「お嬢様……しかし……」

「――ムチで叩かれなくても、口で言えば分かりますから……」

「――――はい?」


 私の言葉に長い沈黙ののち、ポカン……と呆けた顔で私を見上げて首を傾げる夫妻。


 ――待って?

 え、待って⁇

 ……もしかして……ウチだけ……?

 私の常識はこの世界でもみんなの非常識だったりします……⁇


「……お嬢様のお《たっ達》しですが?」


 初めて知ってしまった事実に愕然としていると、場の収集をつけるためかジーノさんが咳払いと共に返事を促す。


「――はっはい! その通りに‼︎」

「それはもう!」


 条件反射のようにコクコクと頷いて、了承の言葉を口にする夫妻。

 そして少し引いたような顔つきで私を見つめているエド様――


 ……はっはーん? これは本格的に私の常識が間違ってるな……?

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