第54話

「――この3つの条件、守っていただけるかしら?」

「それで……――本当に許していただける……?」


 使者が少し疑わしげに、恐る恐る聞いてくる。

 ――そりゃそうか。 私がこんな対応するだなんて予測できなかっただろうし……――なんならレベッカの処遇がどうなるかなんて、なんの興味も無くて、男爵家が受けるであろう不利益をどうやって少なくするか――にしか関心が無かったんだろうなぁ……

 ――私のほうだって、エミリーちゃんのことがなければ使者が提案してたように修道院にお引っ越しで、けじめつけてもらうつもりだったし……

 

 心のどこかでその決定を不満に思いつつも、その気持ちを押さえつけて使者に向かい笑顔で頷いてみせる。


「ええ。 ――ただし、学院に通うのはこちらの要望に応えてから、としてください」

「……謝罪、でございますね?」

「ええ。 ああ、次回は体調が悪くても連れていらしたら? 私、これでも治癒師ですの。 ……謝罪にはどれほど時間をかけても構いませんけど……――あんまり進みが遅いようだと父や母に愚痴ってしまうかも……⁇」


 うふふふふふーと、口元を隠しながらお上品に笑ってみせる。

 こういう時はニッコリ笑って、ギッチギチに圧をかけるのがお嬢様のたしなみだ。


 テメェんとこの娘がバックれてくれたのは侯爵家ご令嬢への謝罪の場だからな?

 私のことあんまり舐めてると、チクってやっかんなっ!

 父はともかく、母は私の味方なんだからなっ!


「そ、それはもちろんでございます……!」

「なら――……構いませんわ」


 ――せいぜい頑張って謝罪すればいい。

 あの女の卒業が何年後になるのか、今から楽しみねっ!


「――本当にその程度で構わないのか……?」


 使者が呆然としながらも、嬉しそうに口元を歪ませる姿を横目に、エド様がこちらに顔を近づけ、声をひそめる。

 急な接近に嬉し恥ずかしでドキドキする心臓を宥めながら、扇子を開け使者から顔を隠し、ニヤリと笑いかけながらこちらも声をひそめる。


「――お母様からの情報ですけど、最近の王都の女性たちの最新トレンドは、化粧水と乳液でスキンケアしてからお化粧して、就寝前もスキンケアしてから寝ることだそうですよ? ――まぁ、お母様たちの派閥が流し始めた流行なんで、ちょっと盛ってるかもしれませんけど……――それでも少しでも社交界の話題に上がっているなら、レベッカ嬢が使っていないのも、社交の武器にしないのも……ちょっとお粗末じゃありません? ――だったら赤っ恥もいいトコです。 ……――それに多分、その辺りから今回の事件、ウワサになっちゃうと思うんですよねぇ…… だって私、インザーギ領以外のご近所様には、お近づきの印に送っておこうと思ってますし?」

「――なるほど?」


 私の答えに納得したのか、エド様は息を吐き出しながら何度か頷く。

 ――こちらとは対照的に、使者は顔をこわばらせ青ざめながらこちらを見ていた。

 ……小声で言ったけど、そりゃこの距離だし聞こえちゃうよねー。

 黙ってればご近所さんたちにはこの話が伝わらないとでも思ってた?

 ――娘焚き付けて問題起こさせといて、その娘切り捨てて終わりにできるとでも思ってた?

 冗談じゃないっ!

 別にあの女に同情なんかしないけど、その手口は絶対に許さない。

 この先、領土や資産は食い潰されるんだろうけど、それでも特権階級の貴族ではいられる。

 どこのどいつが黒幕かは知らないけど、やらかし娘と一緒にご苦労なさってどうぞ。


「――あ、エミリーちゃんも侍女のお仕事が終わるまでは使用禁止ですよ。 もちろん販売も譲渡も禁止です! ……早くお仕事終わるといいですね?」


 私は少し身体を傾けてながら、壁際で互いの手を握り締めあっている夫妻に声をかける。


 私の言葉に夫妻は忙しなく視線を彷徨わせ、そして交わし合いながら、おずおずと口を開く。


「――で、ございますか……?」

「ああ……そうですね。 だってエミリーちゃんが持ってたら、確実に取り上げられますし……――それにモンティー商会の独占販売商品なんですよ? そこの跡取り娘が使ってないとか、ちょっと問題な気が……」

「――お嬢様……」


 私の言葉に夫妻は、手に手を取り合って目に涙を浮かべ、どちらともなく頭を下げ始める。

 ……場合によっちゃエミリーちゃんも修道院にお引越しコースだったり……――貴族に対する虚偽罪とかで有罪コースだったわけだから、その程度で済んでホッとしてるんだろう。


「ってわけですので、許すための条件しっかりとお伝えてください? これから先「知らなかった」「私は聞いてない」だなんてあの女から言われたら、あなたも同罪で罪を償わせますからね?」

「も、もちろんでございます! しかと、しかとお伝えいたしますっ!」

「――お客様のおかえりだ」


 ジーノさんが声をかけると、何度もうなずく使者な部屋の外に連れ出されていく。

 ……みんな丁寧な口調と態度なのに、不信者つまみ出すぐらいの素早さだったな……?


 ――まぁ、みんなインザーギ家にはいい感情何無いだろうし、今日だって頭下げにくるはずのレベッカは来なかったし……頭にきてるんだろうなぁ。


 ――私にも怒ってるかなぁ?

 ジーノさんなんか、あんな大怪我までして私を守ってくれたし、カーラさんだって私の盾になろうとしてくれてた。 

 なのに……――結局黒幕は捕まえられない。

 主犯のレベッカも――はたから見たら、ほぼお咎めなし……

 そしてレベッカの処遇を決めたのは私――不満に思われてても仕方ない……かも。


 ――私としては結構強めの復讐なんだけど……――今感じてる怒りはレベッカがあやまりに来た時、思う存分爆発させていただきたい。



「――あ、もちろんお庭や門の修理費、それからうちからご近所さんたちへのお詫びの品やお見舞金、ジーノさんたちの分も合わせてしっかりお父様に請求致しましょうね! ……ちょっと多めに請求して、みんなへの特別手当てとお屋敷のために使いましょうね!」

「――かしこまりました」


 少しでも不満を減らそうと提案した言葉に、ジーノさんたちは顔を見合わせるととても楽しそうな笑顔で頷いてくれた。


 ……――これで少しは私へのヘイトが少なくなったと信じたい。

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