第52話

――そして、私にとって頭の痛い問題が一つ。

 再び壁際のモンティー商会のご夫婦に視線を送った。

 相変わらず気の毒になる程真っ青な顔でギュッと手を握りしめ、不安そうにことの成り行きを見守っている。


 私の頭痛の原因はこのご夫妻――の娘さん、エミリーちゃん。


 なんとレベッカ嬢の侍女として学院に入学することが内定していたお嬢さんだったのだ……


 貴族階級の者たちが通う学院はそこまで多くはない。

 レベッカも、まず間違いなく私と同じ学校に通っていたのだろう。

 そしてその侍女の一人としてエミリーちゃんが内定していて――……あの学院、基本的には貴族階級か、王族にしか入学の許可が降りない。

 例外は、試験で国が認めるほどの好成績を残した者、そして――貴族たちの侍女従者として共に入学する者に限られていて――……多分だけど、レベッカの侍女に押し込むために頑張ったんだろうなぁ、あのご夫妻……


つまりは――これが私の頭痛の原因の一つにもなってるんだけど……

 あの女を修道院に押し込めたり、貴族としての未来を閉ざそうとする。

 すると――学院に通い続けることもできなくなってしまい……必然的にエミリーちゃんも学院に行けなくなってしまう。

 ……というわけで。


 ――じゃあお母様たちに頼んでエミリーちゃんが侍女になれるようなかたを紹介してもらう――とかいう手も今回は使いにくい。

 ……今回の事件、そもそもの原因がエミリーちゃんにもあるようで……


 ――今回の事件、あの女の暴走の発端はあの女の勘違いだった。

 そしてその勘違いを引き起こす原因となってしまったのが、このエミリーちゃんの話から、だったのだ……


 エミリーちゃんは商家の娘だ。

 レベッカの侍女として一年間だけでも学院に通えたなら、それだけで彼女の今後の人生に箔が付く。

 そのためにモンティー商会の夫妻は男爵家に多額の礼金を支払ってあの女の侍女になれるよう手をつくしたわけで……

 その甲斐あって見事侍女になることが決まったエミリーちゃんは、レベッカの侍女として学院に通うマナーや礼儀作法、侍女としての仕事などを覚えるため、インザーギ男爵家で猛特訓の真っ最中だったらしい。


 ――だからこそエミリーちゃんは、ご近所さんたちがほぼほぼ全て把握しているであろう私の事情を全く把握していなかった。

 ……エミリーちゃんからしたら、王都から近所に引っ越して来たらしい女がいて、そいつは古くてボロい屋敷に住んでいる。

 魔法が使えるから騎士団で働き始めたらしい――ぐらいの認識だったと聞いた。


 そしてその話に加え、最近家で取り扱うようになった化粧水や乳液の権利も持っていて――という話を、お茶会での話題の一つとして披露したらしい。

 ――これが全ての勘違いの始まりとなってしまった。


 元々、レベッカはエド様と結婚するんだと両親から聞かされて育った子だったらしい。

 正妻にならずとも、妾としてでもバジーレ家との繋ぎのためにエド様の元に寄越される予定だったらしい。

 ――まぁ、予定を立ててたのはインザーギ家だけでエド様は何にも知らなかったらしいけどー。

 ……もしかしたらご先代のバジーレ伯爵は知っていたのかもしれないけど。


 そんなレベッカの耳に、最近騎士団に入った女が化粧水や乳液を――教会が独占していなければおかしい商品を売り捌いていただけではなく、その商品の権利までも主張している――という話が入ってしまった。


 バジーレ伯爵家の嫁になると信じているレベッカは、そんな者を伯爵領に置いておいては、エド様の不利益になってしまうと考え、早々に排除してしまわなければ……! と考え今回の襲撃事件に繋がったんだとか……


 ――教会の力が強いこの国では、教会の不利益になるようなことをすると、程度にもよるが場合によっては極刑すらありえる。

 ……だからこそ、その責任がエド様に行かないように頑張ってしまったらしいんだけど……――個人で裁こうとしたら、それはやっぱり暴力なのよ……

 どこの世界だって「あいつ悪者なん? やっつけたろ!」で、家を襲撃とか許されない。

 あくまでも正式な手順を踏んだ、その土地の領主やその代行人が執行して、裁判して、罪が確定するからこその正義なわけで……


 今回のように「エドアルド様の領内で罪を犯している女がいるですって⁉︎ 私がなんとかしてあげなくっちゃ‼︎ ほら見てエドアルド様! 私ってばこんなに有能‼︎」とかいう私欲しよくまみれた動機での私刑しけいとか、レベッカが王族だったとしても許されない。


 ――……まぁ? 私としては、向こうの言い分の「親兄弟にも内緒で騎士団にウソをついて騙し、勝手に動かしてしまいました」って主張の時点からウソだと信じてますけどねー!

 ありえないって! 絶対に誰かにそそのかされてるか、指示した人間がいるでしょ……

 

 だってあいつ、あれでもれっきとした男爵家のご令嬢よ?

 世間の評判的に考えたら、婚約破棄された行き遅れの私なんかより、お綺麗な経歴を持つ嫁入り前のお嬢様だったのよ⁇

 そんな子が侍女やメイドの一人も付けずに武装した騎士団と共に他領におでかけ⁇


 ――いやいやいや。

 お嬢様って、そんな自由に動けませんよねぇ⁇

 一人でだなんて、庭にだって出してもらえなかった記憶がございますけれどもー⁇


 ……結婚直前に婚約破棄でもくらって、田舎にドナドナされてるならともかく……――別に悲しくなんかねぇし! ここの生活最高だし!

 こちとら行き帰りもイケメンと二人きりのドキドキ空間堪能してんだからっ‼︎

 ……――多分、向こう的には接待だろうけどー。


 ――まぁ、その辺は置いておいて……


 ぶっちゃけてしまうと、現在私は、あの女を修道院に送り込む権利を持っている。

 ――というか、ジーノさんたちやエド様たち、もしかしたらレベッカ本人までもが、私がそうすると予測してるだろう。


 んだけどぉ……それをやるとエミリーちゃんが学院に通えなくなってしまう……

 ――モンティ商会のご夫婦には恩があるし……ご夫妻が仲の良いご近所さんたちも大勢いるわけで……

 ――私、ここに住み初めてからまだ一年も経って無いのに……もうすでに、しがらみで身動き取れなくなっちゃってますけれども……?


 ……心のままに決めていいなら――

 修道院にぶち込んでやりたい。

 あの女は嫌い。 二度と顔も見たくないし、話題も耳にしたくない。


 ……でも、モンティー商会やご近所さんたちとの関係には小さなヒビも入れたくない。

 関係維持のためにもエミリーちゃんには学院に行かせてあげたいけど……

 元凶もその子なんだよなぁ……?


 ――私の中でイルメラちんがめっちゃ怒り狂っているのが分かる……

 そうだよねー? こっちはジーノさんたちやお客様が傷つけられてるのに、無事に学院に行けちゃってもねぇ⁇

 ……無事に――学院に……?


 ――その瞬間思いついた復讐案を、心の中でイルメラちゃんと検討し合う。


 ――悪くないように思いますわ?

  だよね⁉︎ お母様たちのあの感じからいうと、この流行りゅうこう遅れは結構恥ずかしいよね⁉︎

 しかも自分の侍女の実家が発売元ともなれば……流行が理解出来ないと笑い者になりそうねぇ……?

  うわぁ……ただでさえ国境近くが領地だから、田舎者扱いは確実なのに……

 ――お気の毒だこと……

  もう一つの案はどう思う?

 ……わたくしだったら修道院に入るほうがマシだと感じるわ。 ――あの愚かな常識知らずがどう思うかは知りませんけれど。

  ふふっイルメラがそう感じるなら、きっといいダメージ受けてくれそう!

 ……あなただってイルメラでしょ

  ……そう、だね……? ――……そうだよね、イルメラは私たちの名前!

 ――変な子。


 ふふふっと自分の中から笑い声が聞こえてきて、なんだかとってもくすぐったかった。

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