第51話
「誠に! 申し開きの言葉すらっ‼︎」
土下座せんばかりの勢いで、頭を下げ続けるインザーギ家の使者。
その男がようやく席につき、やはり深々と頭を下げる姿を、私は冷めた気持ちで見つめていた。
理由は簡単――その隣に座っていたはずのレベッカ嬢が、急遽体調不良になったとかでご欠席なさっているから!
――あのクソ女……あれだけ好き勝手しておいて下げる頭すら持ってないとか、私舐められすぎじゃない……?
「――……そうですか」
ため息混じりに投げやりな返事を返す。
そんな私を気づかうように、隣りに座っていたエド様がこちらを見つめている視線に気がつき、そちらには少しだけ笑って肩をすくめておいた。
……怒ってないですよー。 エド様には。
本日のエド様は立会人という立場だ。
だって本当なら今日は謝罪の場になるはずだったからねー!
謝った謝ってない、言った言ってない、なんて
それをあのクソ女……!
――え、まさかあの女、このまま体調不良でゴリ押ししたら私への謝罪なんかうやむやに出来るとか考えてたり……?
「っ――どうかっ! どうかお許しをっ‼︎ も、もちろん正式な謝罪は後日改めて! 当然本人を同行させますっ! この通り……この通りでございますっ‼︎」
私の不機嫌を察知してテーブルに頭が付きそうになるほど頭を下げる使者。
謝罪を受ける日だと思ってたのに、謝罪に来られなかったことに対する謝罪を受けるハメになるとは思ってなかったわー……
必死に謝り続ける使者から視線を外しコッソリため息をつくと、お茶のカップに手を伸ばした。
私好みにカスタマイズされたハチミツたっぷりの甘い紅茶。 紅茶の匂いがうんぬん……と、実家にいた頃はほとんど飲んでいなかったけど、最近はずっとこれだ。
紅茶とハチミツのいい匂いが合わさって、ささくれ立った私の心を少しだけ癒してくれる。
唇を湿らせる程度に少しずつお茶を楽しんでいると、その視界に顔色を悪くしながら壁際で縮こまっているモンティー商会のご夫婦が映った。
……この使者は別に放置でもいいけど、あのご夫妻には恩もあるし、ずっと立たせておくのも忍びない……
「えっと、まぁ……きちんと謝ってもらえるならば今日でなくても、その――せっかくご足労いただいた伯爵には申し訳ございませんが……」
「お気になさらず……」
私の言葉にエド様が答えると、使者はハッとしたようにエド様にも謝罪の言葉を繰り返し、頭を下げ始める。
あの女絶対に許さん、マジぶっ潰す! と心に誓っていたわけですが……
――フタを開けてみれば、私に出来ることなんてたかが知れていた……
うすうすは勘づいてたけどー。
家と家の話し合いになるなら、当然我が家とインザーギ家の交渉になる。
私に出来ることといえば、せいぜい――お母様やお婆様にグチることと相談することぐらい?
――いくら被害者が私であろうとも、私はあくまでも
――あの野郎、当然のように私抜きで話まとめやがって……!
面の皮がお厚い上に本当がめつくていらっしゃるっ……‼︎
インザーギ領はバジーレ領同様、森に面した領土を持っている。
つまり定期的に森の魔獣たちを間引く役目を担っていて――
父の目当ては、その魔獣から取れる素材たちだった。
ものによっては莫大な利益を産むらしい。
――その素材たちの定期的な売買契約と引き換えに、娘が暮らす屋敷に騎士を突撃させた事実を娘の実家が不問にふした――
……めっちゃ金になるんだな魔獣って……
ただ、当事者である貴女の娘はとても怖い思いをしましたけれどねー⁉︎
本当! うちの
――お父様の独断により、危うくそのまま終わらせられそうになった今回の一件だったが、その程度で終わらせてたまるかっ! という怨嗟の心一心で、お母様やお婆様たちに手紙を出した。
「悲しくて苦しくて、このままじゃ新しい化粧品の開発もままならない……どうすれば……?」という、脅し――……嘆きの手紙に、お母様たちはすぐにお父様の説得に動いてくれた。
それと同時に、やはりお父様の決定に思うところのあったジーノさんがアルバ枢機卿に働きかけてくれ『家と家のやりとりは当主のお役目として、しかしそれとは別に当人同士の決着も必要であろう――』というアルバ枢機卿のご助言などが父の心を動かしたようだった。
だからこそあのバカ女が私や使用人たちの前で頭を下げ続けるってことで手を打ってやったってのに……――舐め腐りやがって!
とりあえずお母様たちには『あの女来なかったんだけど⁉︎』っていう手紙を書いて――……お父様宛には出さなくてもいいかな。 下手に書いて、また勝手に男爵だけとの話し合いで終わらせられても困る。
――『使者は最もらしいこと言ってたけど、言葉の端々からベラルディ家をバカにしてる感じがしました』とか付け加えておけば、お母様たちがお父様を焚き付けてくれるだろ。
――バジーレ家とインザーギ家との関係に考慮して、今回だけはあの女の謝罪だけで手を打ってやるってことにしたのに!
元々軍事同盟を結んでいる伯爵家と男爵家は、私が考えているよりも家同士のつながりが強かった。
このまま何事も無くあの女が学校を卒業していたら本当に結婚していた可能性が限りなく高かったであろうほどには繋がりが強かったようだ……――そんな家が取り潰されるとバジーレ家としても都合が悪くなる。
貴族はこういった同盟や派閥など、仲間とみなされる関係の家を蔑ろにする者を嫌う。
しかも今回のケース、同盟関係を解消するに値するかどうかは……正直微妙なライン。
……武装集団を領内に勝手に入れちゃってるけど、これは緊急事態ならば聞かない話じゃない。
すぐに助けが、増援が欲しい時に一々許可など取っている暇がない――しかも今回の場合、襲撃を受けたベラルディ家がすで男爵家と話を付けてしまっているから余計に、だ。
そして……バジーレ家としては、当然同盟を解消した後のリスクも考慮しなくてはいけない。
仮に今回の件でインザーギ家と同盟を解消、その結果孤立した男爵家がベラルディ家に食い荒らされ爵位を返上する――もしくは、領地経営が困難だと爵位を売りに出してしまった場合、その後に入る家とすんなり協力関係が築けるとは限らない。
ましてや同盟などそう簡単に結ぶようなものではない。
それどころか、どこかの有力貴族の紐付きだった場合、扱いが厄介になりすぎてしまう。
……そして今回の襲撃――あくまでもレベッカ嬢の独断だったとして処理されてしまった以上、バジーレ家が同盟関係にあるインザーギ家と争うのは好ましくない――
どれだけ疑惑に塗れていようと、ハッキリとした証拠がないなら不満は押し殺すしか無いのだ。
――って言っても、世間はエド様に同情的だし、周辺の貴族だってそんな暴走娘を抱える家と仲良くするわけもない。
……多分、ある程度お父様が搾り取ったら、バジーレ伯爵家が様々な援助を名目に男爵家の領土を切り取っていって……伯爵領を大きくしていくんだろうなー……
――男爵家としては取り潰されなかっただけマシ、程度の結果になりそう。
……じゃなきゃこっちだって腹の虫は治らないけどー!
おそらく、エド様としては今後のリスクも
……体調不良になったバカ女のせいでそんな配慮を見せたエド様の顔にもドロ塗っちゃってるわけだけどー!
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