第50話
魔力の暴走が収まっていくのと同時に、イルメラの意識もシュルシュルと萎んでいき、奥のほうへ沈み込んでいく。
それを少しだけ寂しく感じていると、屋敷のほう――玄関前が急に騒がしくなった。
「――モナ⁉︎ モナしっかりしてっ⁉︎」
「モナ……?」
聞き覚えのある名前に、嫌な予感を感じつつもフラフラと屋敷のほうに足を進める。
『危ないから、建物の中に入っていなさいね?』私がそう声をかけた女の子――あの子の名前がモナだった……
私が言ったからあの子は向こうに行って……それで……?
嫌な予感がどんどん強くなり、私の足もどんどん早くなっていく。
そしてたどり着いた喧騒の中心、心配そうにみんなが見つめる先、人々の隙間から小さなかわいらしい手が見え――
その瞬間、私は弾かれたかのように人混みを掻き分け始めた。
「どいてっ! お願い道を開けて‼︎」
叫びながら人々をかき分けて、女の人の腕の中でぐったりしているモナに縋り付くように座り込む。
何があったのかは分からないが、モナの身体はガタガタと
――小さな子にいったい誰がなにしたのよっ⁉︎
怒りに震えながら、モナの身体に回復魔法を流す。
が――ハッキリした原因が分からない。
……多分、頭を打ったんじゃないかと思うけど、痙攣する原因はそればっかりじゃない。 今回みたいなケースだと、恐怖心とかが原因の場合だってあって……それだと魔法じゃ治してあげられない……
こんなに苦しそうなのに……――うだうだしない! 分かんないなら全身治す! 同情してる時間があったらさっさと治す!
それが患者にとって一番なんだから。
自分に喝を入れるように、グッと手を握り締め、気合を入れ直すとモナの胸に手を置いて素早く魔法をかけていく。
大丈夫だよモナ。
私が治してあげるからね? もう怖くない。 痛いの全部治して、怖いのもどっかにやっちゃうからね⁇
モナは安心して健康になるだけで良いんだよ……
「――ぁ……」
回復魔法をかけ始めると、すぐにモナの痙攣は止まり、さらに
顔色の血色もよく――魔力の押し返しもやってきた。
……治った。 ――治せた……
「ねぇ……ちゃま……」
目を開け、まだ少し虚な瞳に私を写したモナに、大きく頷きながら答える。
「――もう大丈夫だよ。 もうどこも痛くないでしょう?」
そう言って、安心させるように優しく髪をすいていく。
私の言葉に周りから喜びの歓声が上がり、モナを抱きしめていた女の人は大きな吐息と共にモナを強く抱きしめた。
「う……うぁ、あああっ!」
そして――元気になったモナは安心して気が緩んだからか、ケガをした時のことを思い出してしまったの、火がついたように大きな声で泣き始め、女の人にしがみついた。
――ちょっと可哀想だけど……でも、これだけ大きな声が出せるならもう平気、かな?
心のほうは……トラウマとかにならなきゃ良いけど……
「……――あのね、姉様。 オレもここ痛い……」
もうモナは平気なのだと判断したのか、モナを取り囲んでいた中から、一緒に遊んでいた男の子の一人が、甘えるように自分の手のひらを見せながら近寄ってくる。
ズボンの膝あたりも汚れているので、どこかで転んでしまったのかもしれない。
「ありゃま……」
男の子の少しだけ血が滲んだ手を握り回復魔法をかける。
かけた瞬間に元気のいい押し戻しがやってきたので、この子はいたって健康なようだ。
男の子を治したのをきっかけに、モナを心配していた子供たちがわらわらと寄ってきて、その子たちに治療をしていると、次はそこに大人も混じり始める。
「――はいはーい。 ちゃんと全員治しますからねー。 ……子供や酷いケガの人優先でお願いしまーす」
……さっき初めて魔力暴走とかさせちゃったから
……次からは魔力無駄にしないように気をつけなきゃなー。
そんなことで魔力足りなくなくて治療出来なかった……なんてことになったら、パウロ爺にベシコンされても文句言えないよ……
「――ほら! 見てください! エドアルド様っ! あの女、あんなに
……遠くの方でクソ女が腹たつこと言ってる気がするんだけど……?
――今が治療中で幸運だったな!
じゃなかったらベシコン案件だからな! ベシコンは暴力じゃ無く教育的指導なんだからなっ!
「――黙れ」
そんなレベッカを黙らせたのはエド様だった。
その声にチラリとそちらを見ると、憤怒の形相をしているエド様がレベッカを睨みつけていた。
……まぁ、そうなるだろうなぁ……
「……エド、アルド様……?」
レベッカはなぜ睨まれているのか理解できないのか、戸惑いながら首を傾げている。
「――誰のせいでっ‼︎ っ……君が傷つけた者たちのほとんどが、我が領の民であることを忘れるなよ……?」
「あ……――あの、それはっ!」
バツが悪そうに言葉を濁すレベッカだったが、なんとか言い訳しようと再びエド様に近寄る。
――いや、近寄ろうとしてエド様の護衛騎士に止められていた。
……え、止められたレベッカが騎士を睨みつけてるけど……正気かあの女?
――だってあんた、他領に騎士たち連れ込んだ挙句、それを領主が「許すわけがない」って明言しちゃったんだから……もうあんたの出来ることなんか、身を小さくして存在感を殺すか、平謝りぐらいなんじゃないの……?
――どっちにしたって絶対に許さないけど。
――でも、レベッカがヘタを打ってくれたおかげで、エド様が怒ってくれて……ちょっとだけスカッとはしたかな……?
私はザマアミロと仄暗い優越感を感じながらみんなに回復魔法をかけていく。
「エドアルド様! 違うんです! これには事情がっ!」
「……そうか。 では全て話していただこう」
「――はいっ!」
嬉しそうなレベッカの声が聞こえてきたけど……それ、絶対嬉しがるような言葉じゃねぇぜ……?
「――連れて行け」
「……え?」
「――あなた方にも同行していただく……よろしいな?」
「……はい」
エド様の言葉に答えたのはおそらくあの指揮官さんかな。
……こっちのほうは自分たちがどんなことをしでかしたのか理解してるっぽい。
抵抗することなくバジーレ家の騎士たちの指示に従っている。
「ちょっ! なぜこんなことを⁉︎ エドアルド様⁉︎」
「……連れて行け」
ギャンギャンと喚きながら連行されるレベッカ。
……あいつバカそうだし、ちょっとの揺さぶりで黒幕ぺろっと喋ったりしないかな?
――ま、もう私の管轄じゃないか。
……今はみんなの治療に集中しよう。
「皆さん大丈夫ですかー? 周りに歩けないほどの重傷者や気分が悪そうにしている人はいませんかー⁇ 絶対遠慮しないでどんどん声かけてくださいねー」
玄関前の人たちの治療を終え、そう声をかけながらジーノさんたちと一緒に庭の中を練り歩く。
――私の……我が家の大切なお客さまたちだ。
ちゃんと守りきれず怖い思いさせちゃったけど……――せめて健康な状態でお帰りいただきたい……
――だから今日は褒めても追加は無しだってば!
……え、さっきは本物のお嬢様みたいだったって?
えっ、カッコよかった⁇ 憧れちゃう⁉︎
……んもぉー、しょうがないなぁー。
――ちょっとだけだよぉー⁇ おかわり入りまーす♪
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