第49話


「……本当のこと、ですか? あいにくと今は自分の身分を証明できるものを持っていなくて……――ああ! けれどこの屋敷ならば証明が出来ますわ!」


 女の言葉にわざとらしいほど明るい声で答える。

 怪訝そうに顔を顰めた女に笑ってしまわないよう気をつけながら言葉を続ける。


「――あそこにかかげられた旗が見えまして? この屋敷の門にもあったはずですけれど……見えなかったのかしら? ……でも今日はちょうど祝いのパーティだったので、ほらあそこの窓から大きな旗も掲げていますのよ? あれなら描かれている紋章もよく見えるでしょう? ……――あれはうちの……ベラルディ侯爵家の紋章。 つまりここはベラルディ侯爵家が所有する屋敷、ということの証明だとは思いませんか?」

「ベラルディ……侯爵家……?」


 私の説明に大きく目を見開き、呆然と呟く女。 そして騎士たち。

 ……本当に無知だこと。

 ――へぇ? 無知は罪だと? ……面白い意見だわ。


 体の内側から聞こえて来た言葉に感心しながらさらに言葉を続ける。

 いい加減に自分たちのしでかしたことを理解するがいいわ。




「――ここはベラルディ侯爵家の別邸。 たとえ仮にわたくしが平民だったとしても、貴女が土足で踏み込んだのはベラルディ侯爵家の別邸。 そしてそこに招待された客人を害し、使用人に攻撃をした」


 私の言葉に女の身体が大きく震え、騎士たちもゆるゆると腕を下げ、武器を下ろしていく。


 ……流石に侯爵家の名前くらいは知っていたのかしら?

 ――それすらご存じ無かったらどうしようかと……

 


「――……さて、どう落とし前つけられるのかしら? インザーギ男爵令嬢――レベッカ殿?」


 私の言葉に女――レベッカの肩がビクリと大きく跳ね、ガタガタと震え始める。

 そして彼女は恐怖と驚愕に歪む顔で私を見つめていた。


 ――ね? お勉強は大切でしょう?

 紋章と家の名前を一致させること。 

 そしてその家族構成を把握する――こんなの貴族としては基本中の基本。


 貴女のように……『知らなかった』なんて言葉じゃ許されないことなんて世の中にははいて捨てるほどありますの。


「なんで……名前……」

「……わたくし教育を受けましたので?」

「はぁ……?」

「……貴女の疑問にこれ以上答える義理はございませんわね。 さっさと家に帰って、ご自身がしでかした一部始終をご両親にご説明して差し上げたら? これから大変だと思うわ……貴女の尻拭い。 ……ああ、一応“お優しいエドアルド様”とやらにも伝えておくのがいいんじゃない? ――だって、こんなことを引き起こすことを“許可”なさったんですものね……?」


 私が紡いでいく言葉に顔色を悪くしながらすっかり身を縮め、涙を浮かべているレベッカにイヤミたっぷりに微笑みかける。


 ――……こういうことするの――攻撃的で怖いことだと思ってたけど……――ちょっとだけ胸がスッとする。

 ……だからって許さないけど。



 ――そんな会話をしている時だった。

 一台の馬車がうちの庭に猛スピードで入ってきた。

 これ以上の追加が来たのかと眉をひそめて馬車を睨みつけると――その馬車は見慣れたもので……

 ――こんな暴挙に許可を出したと噂の、お優しいバジーレ伯爵、エドアルド様が使うものだった。



 勢いよく入ってきた馬車。

 それがまだ止まりきってもいないうちにエドアルド様が転げ落ちるように飛び出てきて言い放つ。


「――無事かっ! イルメラ嬢‼︎」


 そう叫びながら、こちらに走り寄るエドアルド様。


「――エドアルド様‼︎」


 ええ……?

 貴女が反応するんです……?


 走りくるエドアルド様の登場に、安心したように満面の笑顔を浮かべ、嬉しそうに振り返るレベッカ。


 ちゃんと聞こえていました?

 ……完全にわたくしの名前を呼んでましたけど……?


「――きゃっ⁉︎」


 近づいてくるエドアルド様に駆け寄ろうとして、当然のようエドアルド様の護衛に阻まれ、レベッカはうちの庭に盛大に転がることになった。

 慌ててインザーギの騎士たちが駆け寄り助け起こしている。


「イルメラ嬢――っ! ……貴女の怒りは当然だ。 だが、どうかその怒りを鎮めてはくれないだろうか……?」


 庭に転がるレベッカなど見えてもいないのか、エドアルド様は私の元に真っ直ぐ駆け寄り、ギョッと目を剥いた。

 その言葉に怒りがぶり返すが、でもその言葉で気がつけた。

 ――自分自身から漏れ出る魔力に。

 ……私ったらまだこんなに怒っていたのね?

 

 けれど……まだ収められない――

 レベッカのさっきの戯言……

 デタラメだとは思っているけれど……――ちゃんと確認するまでは鎮めたくなんてない。


 私にとってはそのぐらい重要なことだ。


「……あら、今回の件にご許可を出されたらしいエドアルド様ではございませんか。 ――遅いご到着ですが……ご招待なんてしておりましたかしら……?」

「許可……?」


 私の言葉を聞いたエドアルド様は訝しげに眉をひそめる。

 ――その反応で、やはり戯れ事だったのだと安堵することは出来たが……その言葉は私が欲しかった返事ではない。

 それを怠惰で表すようにツンとそっぽを向きジーノに視線を流した。

 その仕草だけで、私のことを理解してからはジーノは私に向かって了承するかのように頭を下げ、エドアルド様たちに向かい説明の言葉をかける。


「――そちらの者の言い分では、自分たちが武装集団を領地に入れても許される。 エドアルド様が許可を与えてくれるはずだ、と……」


 そう言いながらジーノは、ドレスを土で汚し、兵士に助け起こされながらも、顔を真っ赤にしながら激怒しているレベッカに視線を向けた。


「まさか⁉︎ そのようなことを私が許すわけが無いでしょう⁉︎ ――この件はバジーレ家からも正式に抗議するつもりです」

「そんな⁉︎ だ、だってその女はっ!」


 エドアルド様の言葉にレベッカは目を見開きながらて驚き声を上げる。

 そして取り縋るようにエドアルド様へと手を伸ばすが――その手を阻んだのはバジーレ家の騎士たちのだけではなくインザーギ家の騎士たちも顔を青くしながらレベッカを止めていた。


 ……そうよね? 攻撃だと判断されたらバッサリやられてもおかしくはない状況ですものね?

 ――私だって絶対に治療なんかしたくないから、ケガするようなこと軽率にしないでほしいわ。


「そのお言葉……信用してもよろしいのかしら?」


 念を押すように、もう一度確認を取る。

 ウソはないと思ってはいるが……――本当に言っているような男だった場合、ここでの答えは絶対にそうなるのよねぇ……


 ――けれど今の私の立場で、滞在している領の領主とやり合うだけの力はない……

 これ以上痛い目を見たくないのなら、言質程度は取っておかないと安心できない。


「――もちろんだ」


 右手でトントンと左胸――心臓を叩きながら力強くうなずくエドアルド様。


 これは騎士の誓いの合図だ。

 エドアルド様は伯爵なのだから貴族的な誓いでもよかったような気もするけれど――…見事なまでにさまになっていましたし……些細な違いですわ。

 ――イケメンであることは国宝にもなり得るらしいので……なら、しかたがありませんわよね?


「そう、ですか。 ――伯爵を疑って、ひどい態度を取ってしまい失礼いたしました」

「……とんでもございません」


 そのやりとりになんの違和感もなく、その答えが真実であると信じることが出来た。

 そう自覚した途端、身体の中で渦巻いていた怒りが、しゅるしゅると解けて消えていく。

 正確には魔力の暴走が治ったようで……ふわふわとした浮遊感もおさまっていったのだった――

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