第47話


 ――今さらこちらの素性に疑問を持たれましても……

 せめて乗り込んで来る前に出来ていたならねぇ……?

 考え無しに騎士を動かす前に、少しでも情報を集めようとしていたなら、未来は変わっていたでしょうに……


 ……今となってはなにをしたって結果は変わりませんけど。

 それに、あなたを許すつもりなんてこれっぽっちもございませんし。

 ――あなたはここでおしまい。

 だってわたくしがそう決めたから。


「――よくもまぁ……その程度の浅知恵でこんな大それたことが出来ましたわね? ……よくもわたくしの客人に土を付けてくれましたわね…… よくも……っ! 我が家の使用人を傷つけてっ! 我が屋敷の祝いの席を血で汚してくれたわねっ‼︎」


 ――ダメよイルメラ。

 喚き散らしてはダメ。

 あくまでも正当な主張を。

 感情に任せて喚き散らすなんて、まるで目の前の愚か者のようじゃない。

 ――背筋を伸ばすの。

 笑顔は鎧。 笑えずとも笑って。

 ――貴女わたくしはイメルラ・ベラルディなのだから。


 背筋を伸ばして真っ直ぐに立っていたいのに……――なんだかさっきから、くわんくわんと耳鳴りがして頭が揺れる。

 それに足がふらついて……

 立っている地面がふわふわのなにかに変わってしまったかのよう。


 ――ああ、そうか。

 私が怒ってるから……

 だから怒りで魔力の制御が甘くなって暴走しかけてる……


 本来なら――こんなの許されないことね……

 国が認める名門校で勉強し、魔力や魔法の扱いだって学んで来たのよ?

 そんな学園を優秀と言われる成績で卒業しておいて、怒りに任せて魔力暴走だなんて……

 絶対に許されない行為――


 でも……

 ――それがなによ?


 家から切り捨てられて、ここまでコケにされて……まだ怒り狂っちゃいけないの?

 また私だけが我慢させられるの?


 ……このバカ女のようになるのはイヤ。

 あくまでも美しい淑女の私でありたい。

 ……でも、他人からの評価なんてもう気にしない。

 ――#私__わたくし__#だって、好きに生きるの。

 やりたいことをやりたいようにやってやる。



 今日のパーティは何日も前から準備してきた。

 お花もリボンも私が決めて、準備してもらったの。

 料理だって手伝った! これは感謝の気持ちを表すパーティだから‼︎


 ――それをめちゃくちゃにされて、怒った#私__わたくし__#が魔力暴走したからなによ?

 そんなことぐらいで私が非難されるの?

 私は被害者なのに⁇

 ――そんなこと絶対に納得してやらない。


 私が魔力暴走したとしても、それの原因になったお前は絶対悪者!

 ――全部ひっくるめて責任を取りなさい!


「アンタ……平民でしょ……?」


 すがるような目で確認されるが……全てが遅すぎる。


「――あら? 今さら私の素性を確認していますの? ……お粗末なこと」


 そう言葉にすると、顔は自然に微笑みを作ってくれた。

 どうせ美しくは立っていられないのだからと、カーラを手で制して下がらせると、愚か者に近づいていった。


 その途端、周りの騎士たちが私に向かい武器を構える。

 ――やれるものならやってごらんなさい?

 全力でやり返す。

 最低でもその女の髪ぐらいは道連れにしてやるんだから!


「は……ハッタリよ――そうなんでしょ⁉︎ 騙されないわよっ!」


 女は必死に虚勢を張っているのか、泣きそうな表情で扇子を握りしめながら言い返す。

 しかし魔力の放出を抑えようともしない私に、恐怖を感じているのか近づくたびに気圧されるようにジリジリとあとずさる。

 周りを囲む騎士たちもそれに続くように後ずさっていく――


「――あら? どうしましたの⁇ ……わたくしを平民の犯罪者だと信じていらっしゃるんでしょう? なら……どうしてそんなに怯えていらっしゃるのかしら⁇」


 ビクビクと怯えられるのが……少しだけ楽しくなってしまい、自然と笑顔が浮かぶ。

 そのままさらに近づいていくと、さらに後ずさった女がなにかに蹴躓けつまずきぐらりと身体が傾いた。

 周りにいた騎士たちが、慌てて支えに入る。

 そんな騎士たちも、私をチラチラと見つめながら、忙しなく仲間内で視線を交わし合っている。

 顔色もずいぶん悪くなっているので、自分たちが最悪の行動をとっている可能性について、ようやく考えが至ったようだ。


「どんな大義名分を振り翳してこんなことをしでかしたのから知りませんけれど……――この責任はきっちりと取っていただきますからそのおつもりで。 ……――貴女程度の身代でどうにかできるといいわね? 無理なら――当然男爵にも責任をおっていただくから……ご伝言を頼める?」

「あ……」


 私の言葉にサッと顔色を変える女。

 カタカタと小刻みに震えながら騎士たちの腕に縋り付いている。


 ……いままであれだけ横柄な態度を取っておいて、旗色が悪くなったらそれ?

 ここまで考えが足らないなんて……

 ――この女、本当に本当に貴族の一員なのかしら……?


 そんな姿を見て、私は急に目の前の女のことがどうでもよくなった。


 思い出したの。

 ――ジーノがケガをしていること。

 それにお客様も全員無事とは言い難い――早急にどうにかしなくちゃ。


 ……少し威嚇されたぐらいで喋れなくなるような小娘に用はない。

 どうせ後は家に帰って親に泣きつくぐらいしか出来ることはないんだから。

 

 私はいまだに怯えたようにこちらを伺っている女に、フンッと鼻を鳴らすと、くるりと背を向け、ルーナたちにもたれかかりながらも、騎士たちを威嚇するように睨みつけているジーノに駆け寄った。

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