第43話

「あー……疲れた……」


 遊び疲れ「のど乾いたー」と、言い始めたのを合図に子供たちと別れ、私は再び席に戻って来ていた。


「――何もあそこまでされませんでも……」


 ジーノさんが苦笑まじりにそう言って、冷たい果実水を差し出してくれる。

 私はそれを受け取り、グビグビッと少々乱暴に喉を潤しながら肩をすくめる。

 そして小声でそっと答えた。


「実は――こうやって庭遊びするのが、夢と言いますか……」

「……そうなのですか?」

「……貴族でも男の子なら多少は許されるんです。 でも私は……――だからこうやって、思いっきり遊ぶの……憧れだったんです」


 この言葉にウソはない。

 私の中にあるイルメラが、侯爵家の庭で大声をあげながら笑い転げている兄弟たちを、お屋敷の中から眺め、羨ましがっている。

 イルメラは大声を出すのも、転げ回るのも“はしたない”と許されなかったし……なんなら天気がいい日は日傘や帽子があってもあまり許されなかった。

 これは白い肌がよしとされている貴族社会で当然のように求められることだった。

 ……イルメラのためではあると思うんだけど……――ことあるごとに『お嬢様はそばかすが目立つのですから……』っていちいち嫌味言って来たあの侍女ども……――今になって腹立って来たな……全員屋敷追い出されたって聞いたけど……――どうか不幸になっていますように……


「お嬢様……?」

 私の怒りの波動が伝わってしまったのか、ジーノさんが戸惑ったように呼びかけてくる。


「あっ……――だから今日はとても楽しいです」


 ヘラリ……と笑いながら庭を駆け回っている子供たちを眺める。

 教会の子たちとご近所さんの子供たち、すぐに打ち解けて今では一緒に遊んでいるようだ。


 私の言葉にへにょり……と眉を下げてしまったジーノさんにクスリと笑いながら言葉を続けた。


「こんな大人になってからやろうと思ったら、子供たちに手伝ってもらわなきゃじゃないですか。 ――それどころか“子供の面倒を良くみてるいい娘さん”って好評価ももらえるかもしれません……!」

「――お嬢様は皆に愛されておりますとも」

「ふふ……そしたら――お母様にバレて叱られたら一緒に謝ってくれます?」


 少しだけしんみりしてしまった空気に居心地が悪く、それを吹き飛ばすように冗談めかしてたずねた。


「――もちろんでございますとも」


 スーパー執事であるジーノさんには、そんな思いすらきちんと伝わったのか、胸を張って答えたその表情は、どこか楽しそうに微笑んでいた。


「やったぁー! これで心置きなく遊べますね! あ、一緒に謝るからって、お母様にバラしてもいいよってことじゃありませんからね? 絶対に秘密ですよ⁇」


 人差し指を口元に当てて「シィー」っと音を立てる。

 ――これはフリでもなんでもないからね?

 冗談抜きで本当にやめてね?

 お金に困らなくなったからって、生活費止められるのは精神的に辛いですからね⁇


「――かしこまりました」


 私の心配をよそに、ジーノさんはクスクスと笑いながらもうやうやしく頭を下げる。




「姉ちゃま、また怪獣やってぇー?」


 遅れてやって来たご近所さんたちへの挨拶回りの途中、再び子供たちに襲撃される。

 ……今回はだいぶ多いな……?


「……さっきやったよー?」

「もういっかい!」

「ええー⁇」

「えええー⁇」


 子供たちの多さにビビり、なんとかごまかそうとするが、抱きついて来た女の子の仕草が可愛らしくて、その動きに合わせるように首を左右に傾け合う。


 ――なんだこの愛くるしい生き物は⁉︎

 ……やってやろうじゃねぇか。

 まだ挨拶し終わってない人もいるけど……――でも遅れて来たのが悪いと思います!


 私――この子たちと遊ぶ‼︎



が起こったのはそんな時だった。

 私が、そんなしょうもないことを心に固く誓った、そんな時――



 ガーデンパーティーという事で、ずっと開いていた正門から――

 みんなとペンキまみれになりながら塗り直した正門から、武装した集団がなだれ込んで来たのだった――

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