第40話

みな様のおかげで、あのお屋敷もここまで修復することが出来ました。 全て皆様のお力をお借りできたからだと思っています。 本日はささやかではございますが、これまでの感謝の気持ちを込め、そして修復完了を祝しまして、このような会を開かせていただきました! ――今日の日を迎えられたのは皆さまのお陰です! いくら感謝しても足りないぐらいです。 本当にありがとうございました‼︎ カンパーイッ‼︎」


 私は大きな声で言いながらグラスを高く掲げる。

 それに合わせるように、そこかしこで「カンパーイ!」という声が聞こえ、すぐさま楽しそうな話し声でザワザワと騒がしくなった。


 そんな挨拶から始まった本日の祝賀会。

 ベラルディ侯爵家別邸の修繕完了を祝う、立食式のガーデンパーティーです。

 キッチンのタイルも貼り終え、玄関ホールの絨毯も真新しいものに変わり、ようやくこのお屋敷の修繕が完了したことを祝したパーティでもあるんだけど……――実際のところはご近所さんたちへのお礼やお披露目も兼ねている。

 みんなのおかげですここまで綺麗になりました! ありがとうございますっ! っていうね。


 ――侯爵家主催とはいえ、招待したのは全員が平民階級のご近所さんたち。

 ドレスコードもほとんど無いような立食メインのパーティで……正直、貴族が主催しているとは思えないほどのユルさだと思う。


 ――今回はこれで正解だと思うけどー。

 この会の一番の目的は、手伝ってくれたすべての人たちへの“お礼”と“#ねぎらい”なんだから、そんな相手にマナーを押し付けるほうがマナー違反だよ。


 それにみんなだって、こっちに気を使ってないわけじゃない。

 多くの人たちが普段は着てないようなちょっと小洒落た服を着てるし、男の人の中には髪を油で撫で付けている人もいる。

 みんななりに「パーティに招待されたんだから……」って、考えてくれた結果なんだろう。

 だからうちのパーティではそれが正解。

 豪華なドレスも高級なアクセサリーも洗練されたカテーシーもいらない。

 ――私が主催なんでね! 私が決めますとも!


 ……――たださ……?

 私はこう――白い布やリボンにパステルカラーなお花で彩られた、おっしゃれーなガーデンパーティーにしたかったんだけど……

 どうしてそうならなかったんだろう……?

 ――いや、料理が乗ってるテーブルや、私が座るために確保されてる席はイメージ通りなんだけど……

 納得がいかない表情で会場となっている庭全体を見回す――……これはあれよ。 小学校とかでやる、豚汁とかを地域の方々と大鍋で作る行事的ななにか。

 ガーデンパーティ……にはなってない気がしてる。

 ……用意したメイン料理が豚汁とおにぎりだからダメだったのかな?

 それとも立ちっぱなしは辛いだろうと、数席テーブルや椅子を用意したら、みんな座って食べるもんだと芝生の上に座りながら飲み食いしているのが原因……?

 でも足が悪い人もいるから椅子は必須だったし……――うん。 次があるなら立食パーティはやめよう。

 いや……いっそ、おしゃれのほうを捨てる?

 焼きそばやお好み焼き、フルーツ飴の屋台をズラッと出したほうが好評だったような気がしてきた……

――残されてた資料の中に、夏祭りに関する本もあったし。

 チョコバナナとベビーカステラ食べたい!


「お嬢様!」

「おかみさん?」


 スピーチを無事に終え、席でパーティの様子を眺めていた私に、ニコニコと駆け寄ってきたのはご近所さんが一人。

 モンティー商会という店のおかみさんで、最近ビジネスパートナーになった人だ。


 私が作った化粧水や乳液、それからクリームなんかをひっくるめて、このおかみさんのお店モンティー商会で取り扱ってもらうことが決まったのだ。


「今回は私どもの店を推薦頂きまして、誠にありがとうございます!」

「いえいえ。 私も代理で売ってくれるお店が無事に決まりホッとしています」


 ……正直なところ、代理取り扱ってくれるならどこでも良かったんだけど――ここのおかみさんもご主人も、初期も初期からお屋敷の修理を手伝ってくれてた人たちで、朗らかで気持ちのいい人たちだ。

 ジーノさんもあの商会ならば……と、太鼓判を推してくれたし!


 ……――それになにより、ここから近い所のほうが買いに行くのも楽だし。


 ――実は、お婆様たちやお母様に渡した化粧水や乳液、今、社交界でちょっとした流行りゅうこうになっているらしいのだ。


 社交界から一歩も十歩も離れてしまっている私にはどの程度の流行なのか知ることは出来ないけど、未来の義姉妹たちからの情報によると、派閥争いのエサの一つとして十分に役目を果たす程度には人気があるらしい。

 

 つまり……お母様たちはあの化粧水を使って、自分たちの派閥を拡大したり他派閥の切り崩しをしているらしい。


 贈ったものだから好きにすればいいと思うけど……――

 そんなことに使っておいて、いざというとき『もう使い切った』『今は手元にない』は通用しない。

 そんなことしたら自分たちの立場まで危なくなる――つまり……必要となる化粧水たちの量が格段に跳ね上がってしまったというわけで……

 いや、帰ってくるおこずかいも大きかったんだけどさ……


 ただ……うちで作るのにも限界があって……

 だって私を含めて、みんな本業を持ってる。

 それが終わってから要求される量をこなすのはちょっと難しくなってきてて……

 ――しかもさ? 作って送ってる間に他の人からも追加発注の手紙は溜まっていくわけで……――そうなってしまうと、今度は優先順位を付けなくてはいけなくなる。

 ……一番難しいのがお婆様たち。

 どちらを優先させるのか問題。

 でもお母様だって疎かに出来ないし、義姉妹にも優劣をつけるのは難しい……

 ――公爵家の長女と侯爵家の跡取り娘ってどっちが優先されるべきだと思う?

 きっとどこにも正解なんかないんだよ……


 そして一番の問題は、その要求に終わりが見えなかったこと。

 作った端から送ってるのに、要求は途切れないし、なんなら自分たちの化粧水すら確保できないんじゃ……? って不安になるぐらいには生産が追いついていなかった。

 

 ――こりゃ、うちの中だけでどうにかするのはムリだと悟るのに、時間はかからなかった。

 そしてすぐさまジーノさんに「代わりに作ってくれそうな職人や店に心当たりはないですか?」と相談した。

 帰ってきた答えは意外な場所。

 ――教会だった。

 ジーノさんは「宗教文字で書かれていた資料から作ったものなので、その製法を教会に売り、教会から買うのがいいのでは?」との助言をくれ、私はなるほど⁉︎ と、大きな納得したのだった――


 ……あの時はナイスなアイデアだと思ったんだけどなぁ……

 引き受けてもらえると、なんの疑いもなく教会にその打診をしたところ、思いもよらない反応が返ってきた……

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