第34話
「こちらでよろしいでしょうか?」
すぐさま用意された焼酎は、思った以上に大きな瓶に入れられていた。
一升瓶ってやつより大きそう……
化粧水の元にするならこれで十分……だよね?
細かいレシピは覚えてないけど、焼酎に色々混ぜて作る的なこと書いてあったのは覚えてる。
全然うまく行かなくて何回か失敗しちゃったとしても――足りると思う。
だし……――今の状況で『足りなそうなんでおかわりください!』とか絶対言えない。
「――本当にいただいても大丈夫ですか?」
「もちろんでございますとも。 足りなければご用意させます」
「いえいえ! それで十分です!」
なにか覚悟を決めたのか、動揺すらしなくなった司祭の態度に、私もしっかりジーノさんに根回ししておくことを再度強く心に誓う。
「では、こちらはこれからお届けにあがらせていただきます」
絶対持って帰らせねぇじゃん……――ジーノさんに直接届けて話つけたい……とかかな?
「――……こちらのお支払いは当日ですか?」
「支払いなどとんでもございません! これはこちらの感謝の気持ち、そしてお詫びの気持ちでございますれば」
そう言ってまた深々と頭を下げる司祭、そしてそれに
「あー……ここまで言っているのだ、貰っておきなさい」
「いや、でも……」
エド様が少し肩をすくめながら、私に提案するが……――私の中のイルメラちゃんがものすごい拒否感を感じているのを感じてるから……個人的にはこのまますんなり受け取りたくはない。
――イルメラちゃんの知識と照らし合わせると……
ただでさえご令嬢が大っぴらに力を使うことがタブー視されてるのに、力を使ったお礼に物やお金をもらうなんて非常識すぎる!
――とのことらしい。
さらに最悪の場合を考えるなら、今回治したのか教会の人間ということで、私やベラルディ家に悪意を持った人に伝わってしまえば『そのご令嬢がわざわざ回復魔法なんかかける必要があったのか……?』なんて、私が礼金や品物欲しさに勝手に治療したと悪意あるウワサを撒き散らされる可能性だってある。
これ以上悪評が立ったら、本気で捨てられてしまうかもしれない……
と、私の中のイルメラちゃんが半泣きになっているのが分かる……
――まぁ……イルメラの立場、この世界じゃ普通に崖っぷちだもんなぁ……
「……――今回の件、大っぴらに出来ないのは貴女もだろうが、教会としても大っぴらにできるものではあるまい? 外部の人間に治癒を頼んだ途端回復して――とは言えないだろうからな」
どうやってこの申し出を断ろうかと考えていた私に、声をひそめながら話しかけてきたのはエド様だった。
……教会も大っぴらにはしたくない?
「……つまり?」
「教会は沈黙を守る――もしくは、これまで治癒をかけた多くの者たちの祈りが天に届き、奇跡が起こったのだ――なんて具合に落ち着くんだろう」
あー……つまり、今回の礼品には口止め料的な意味合い……いや、お互いのためにお互い黙ってましょうね? って意味も込められてるのか。
――教会が、この司祭やアルバ枢機卿がその事実を否定するっていうなら……
どれだけ疑われても平気、かな?
ベラルディ家の令嬢が回復魔法で枢機卿を治したなんて話はデマ。
枢機卿は教会の治癒師たちの尽力で回復したらしい。
ベラルディ家の令嬢は、その騒動に関係なく品物を買いに行ったらだけ――
疑う人もいるだろうけど、常識で考えたら教会の治癒師が治せなかった病人をご令嬢が治すだなんてムリだし……そもそも教会の治癒師は病人を前に匙を投げたりしないだろう。
――普通どんな治癒師だって匙投げたりしないんですけどね……!
……貰ってもなんとかなりそう?
帰ったらジーノさんとも相談して、それでも不安が残るってことになったら“寄付金”って名目でお金届けよう。
品物のお金はもらってないけど、私は教会に金を届けたって事実を残そう。
そうしよう!
「――では、ありがたく……?」
エド様の説得や寄付金の提案にイルメラも納得したところで、私はふと梅干しの材料が梅の実であることを思い出していた。
――あれ? ……梅の実に焼酎……――あ、梅酒が作れるね⁉︎
え、飲みたい。 梅酒好き!
梅そのものも教会で買えたりするのかな⁉︎
思いがけない出会いに、ソワソワと司祭に梅の話を聞こうと、フラフラッと近づく――
すると数歩も歩かないうちに「――イルメラ様におかれましては、本日は大変お疲れのご様子」という言葉と共に、エスコートしてくれていたエド様にグッと腕を引かれた。
思わずそちらに視線を向けると、そちらに視線を向けると
「――あっ……」
……イルメラ察し。
――今エド様が言いたい言葉は「すでに魔力使いすぎてフラフラしてるんだから、とっとと帰んぞ?」って事ですね、分かります。
……いいもん。 またルーナちゃんたちに聞くもん……
――別に今チラッと言ったら、梅の代金までタダになるんじゃ……? とかセコイこと考えてたわけじゃ無いし……
――本当だし。
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