第33話

「……まだ私の治療を?」


 エド様に連れられアルバ枢機卿に近づいていくと、だいぶ血の気が戻った顔色の枢機卿が目を丸くする。


 ――肌ツヤより毛根だな……

 白髪なのであまり目立ってはないけど、少々寂しくなりつつある生え際にチラリと視線を送りつつ、ニコリと笑いかける。


 ……魔力、平気だと思うけど……もし無理そうなら途中で中断させてもらお。

 重ねなくても回復はされてる状態だと思うし。


 不機嫌だということを隠そうともしないエド様に支えられながら、枢機卿の手に自分の手を重ねる。

 ――センシティブな場所だからね。

 配慮は大切。 おでこに直接触るなんて分かりやすいことはしないよ!


 さて……――頑張れ毛根! 負けるな頭皮‼︎ 目指せっフッサフサーっ‼︎


 いつもはなにも感じない程度の魔法だけど、今回ばかりは限界が近いのか、またどっと疲れが襲ってくる。

 手に力を込めていないと再び微かな震えがくるほどにはまた魔力を減らしてしまったようだ。

 ……それでもいつもと同じぐらいの治療を施して枢機卿から手を離す。


「……一体、どのような?」


 枢機卿は戸惑いながら、私が手を重ねていた方の手を顔の前にかざし不思議そうに見つめる。


「あー……冬でも暖かくなる魔法、ですかね?」


 まさか枢機卿に向かって「薄くなってたんで毛根とか回復させときました!」とは言えないので、騎士団ではお馴染みの言い回しで答える。


「冬でも……?」


 当然、アルバ枢機卿には伝わらなかったが、私を支えてくれているエド様の手がピクリと震えたので、エド様には正しく伝わったようだ……――ってわけなので、いざとなったらエド様からアルバ枢機卿に説明してもらいたい。

 異性の私より同性のエド様だと思う!


「はて……?」


 戸惑った表情の枢機卿は、苦笑を浮かべながら首を傾げ、視線で詳しい説明を求める。

 しかしそれに私が反応する前に、エド様が口を開く。


「……ジーノに聞けば分かるでしょう」

「ジーノに?」


 その返しから、ジーノさんに対する“親しみ”のようなものを感じ取り、今度は私が首を傾げる。


「アルバ枢機卿はジーノさんを知ってるんですか?」


 そんな私の質問に答えたのはエド様だった。


「――ジーノはジャポネ教の敬虔な信者だからな」


 あ、ジャポネ教ってのが、この国の人々が信仰してる宗教の名前ね。

 ……進行するようなもんでもない気もするけど――宗教なんか信じた結果、その人の生活が楽になったり、苦しみが減るならそれでいい、みたいなトコあるからな……

 人の信じてる神様に口出しなんてしない。


 ってか……え⁉︎ ジーノさんってば枢機卿とも知り合えるほどの敬虔な信者だったの⁉︎


「――じゃあ、おにぎり作ったら、絶対喜んでくれますね⁉︎」

「……それは喜ぶだろうな」


 ジーノさんには特にたくさん苦労をかけちゃってるし……お米たくさん買って帰って、たくさんおにぎり振る舞おうっ!

 ついでにお米料理も布教して、たまに食卓に出してもらっちゃお‼︎




 少しの間部屋で休ませてもらい、一人で歩ける程度には回復した頃、エド様が馬車の準備が出来たと呼びに来た。

 ……まだお米も梅干しも買ってませんが……?

 不安に思いつつも案内されるがままにエド様について行く。


 ――司祭様⁉︎ 治したら梅干し売ってくれるみたいなお話はどこに行ったんです⁉︎

 っていうかあなたは今どこにいらっしゃるのかしら⁉︎

 

 エド様に小声で「お米を……」「お買い物が……」と、それとなく伝えては見るが「ああ」「平気だ」と短く返すばかりで、どんどん教会の玄関へと歩いて行く。


 ……エド様? さっきの話覚えてる⁇ 私ジーノさんにおにぎり作ってあげたいんだけど?

 ――そもそもお買い物が平気ってのはどういった意味合いで行ってらっしゃいますの⁇

 え――着払い⁉︎ 当日持ち帰りじゃなくて、まさかの着払いシステムなの⁉︎


 困惑しつつもエド様にエスコートされるがまま歩いて行くと、やはりなにも買えないまま玄関に辿り着いてしまう。

 訴えかけるようにエド様の顔を見上げるが、やはり「なにも問題ない」と短く返され、買い物の時間は取ってもらえないようだった。



 玄関を出た私は、そこにあった光景に大きく目を見開く。


 そこは馬車のロータリーのような中庭があり、私たちが乗り込むべき馬車が用意されている――はずだった。

 しかしそこに馬車は無く――そのかわりに数多くの司祭やシスター、そして教会の関係者と思われる人たちがズラリと並んでこちらに向かって頭を下げている光景があった――


 ――は? いったい何事⁉︎


「――謝礼の品々は、後日お屋敷へと届けさせて頂きます」


 気がつくと、私に枢機卿の治療を依頼した司祭が側に立っていて、やはりこの人も深々と頭を下げながらそう言った。


「――謝礼……?」


 いや……私はお買い物に来たはずですが……?


 困惑し首を傾げる私に、司祭はゆっくりと頭を上げると、嬉しそうに顔を綻ばせながら話しかけてくる。

 ……いや、私に感謝しているというなら、私を置いてけぼりにしないでくれ!


「――今回のこと、どれだけの言葉を重ねようと感謝の気持ちには足りず、どれほど頭を下げようともあのような事態のお詫びには足りず……」


 しかもいきなり解読が必要なお貴族様な言葉使いするしー……

 ――えーと……


「治してくれて、マジ感謝。 この気持ちはは言い表せねぇよ! でも倒れるほど治療させてマジメンゴ」

 ……ってトコかな?

 なら私の答えとしては……


「お気になさらないで下さい。 私もれっきとした治癒師の端くれ。 当然のことをしたまでです」

「ご入用だとおっしゃっていた米と梅干しはすでにご自宅へと送り届けさせていただきました」

「えっ⁉︎」


 まさかのウーバーシステム……いや、お金払ってないからちょっと違うけど……


 ――タダでくれるっていうなら全然貰っちゃうけど……でも、そうなると――……今さら『まだ追加で買いたいものがあるんですけど』って言いにくいな……

 でも教会で買えるって聞いたし……さっき梅干しと一緒に名前出しとけば良かったなぁ……


「ええと……追加で焼酎も買いたかったりするんですけど……売ってもらえますか?」

「焼酎……お嬢様がおたしなみに?」

「いえ、飲むわけでは……――それを使って肌を綺麗にするものが作れるんです。 私はそれが作りたくて……」

「なる……ほど……?」


 回復魔法もいいけど、水分や油分は直接塗り込む必要だってあるんですよ。

 保湿大切。 慢心いくない。


 私の答えに、司祭はあごに手を当て、なにやら考え込む。


 ……あれ? もしかして私、無茶ブリしてますか⁇

 ダメならダメで良いんだけどな……


「――それはジーノも知っているのか?」


 なにやら悩み始めてしまった司祭をチラリと見ながら、エド様がたずねてくる。


「……ジーノさんですか? ……焼酎のことは今朝ルーナちゃんたち教わったんで……もしかしたらその話がジーノさんに伝わっている、かも……?」

「今朝の話か……」


 私の答えに今度はエド様が考え込み始めてしまう。

 なんなの⁉︎  無理なら無理って言ってよ! ちゃんと諦めるし!


 ――あれ待って? もしかして焼酎買うのに年齢制限が存在してたりする⁇

 だってお酒だし……日本人が作ったもんだもんね……?

 あっだからジーノさんの話?

 ジーノさんがの代理購入ならセーフ的な⁉︎

 おつかいならビール買えます的な……最近そういう店も少なくなったけど。


 この状況下でそんなものもついでに書きたいとか……

 私かなりの無理難題押し付けちゃってる……?


「――どの程度でしょう?」


 私が「焼酎はまた今度で……」と口にする直前、頭を悩ませていた司祭がパッと顔を上げ、真剣な顔つきでたずねてくる。


 ……なにか一大決心してるような顔付きですけれど……

 え、大丈夫⁇ 責任は自分が取ります! みたいな覚悟決めてるんじゃ無いよね……?

 

「あー……保存が効かないって聞いたので……えーとその……ご迷惑で無ければ一ビンいただいても……? あの本当、ご迷惑で無ければ、で構いませんので……!」


 司祭の負担にならないように提案したつもりだったけど……ここは断るべきだったかも……?


「少々お待ちを……ご用意を」


 少しだけ緊張を含んだ司祭の言葉で、直ぐ近くに控えていた一人の男性がスススッと、静かに素早く教会の中へ入っていった。


 ――帰ったらジーノさんにしっかり伝えなきゃ……!

 ちゃんと話して、この司祭様に絶対迷惑がかからないようにしないと!

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