第32話

「アルバ枢機卿! 目が……お目覚めなのですか⁉︎」


 エド様の手を借りつつ、ゆっくりと身体をを起こしていると、司祭がアルバ枢機卿に向かい、熱心に話しかけ始める。

 身体の機能が正常に戻って、意識が戻ったかな?

 回復速度も問題なさそう。


「――こんなに清々しい目覚めはいつぶりか……」

「枢機卿……よか、良かった……」

「……――すまないが、水を」

「っはい……はいっ!」


 何度も頷く司祭は涙を堪え、真っ赤な目をしたままグズグズと鼻を鳴らしつつ枢機卿の世話を焼き始める。


 そんな会話を聞きながら、私はエド様に抱えられるようにしてなんとか立ち上がる。

 個人的には床に転がしておいてもらった方が楽なんだけど、ご令嬢的には絶対アウトだから立ち上がるしか無い。

 ……人前でつまずくのですら、所作もままならない無作法者認定される貴族社会で、いくら体調不良でも床に寝っ転がり続けるご令嬢はいない。


 ――しかもエド様、だいぶ気を使ってくれてるみたいで、私はほぼエド様に立たされてる状態だし……

 これ……体制的には抱きしめらていると言っても過言ではない体制だけど……――流石にトキメけないなぁー……確実に介護のだもんなぁー……


 しかし……魔力が切れるとこんなことになるんだ……――イルメラの力、元々弱弱なんだからさぁ……ちゃんと教えといてもらわないと……

 それに……治癒師たちが魔力温存する理由分かったなぁー……

 魔力切れた治癒師なんて役立たずでしかないし……それが森の中や戦場での話になるなら足手まとい確定だもん。



 立ち上がった後もフラフラな私を支え続けてくれるエド様に甘え、そっとその身体にもたれかかった。


 ……あ、手足の痺れは弱くなってきたかも……?

 もう少し時間が経てば一人で立てるようになら……かも?

 ……――いや……?

 でも――バランス崩したら危険だよねー……?

 それにご令嬢としては2回も倒れるとか外聞が悪いし!

 うん。 念のためしばらくこうしていよう。

 ねんのためだからしょうがない!

 イルメラ貴族だから2回も倒れたら恥ずかしいし!


 ――……相手が介護認識だって構わない場合だってあると思います。

 だってファンサは思い込みも大切だと思うからっ!

 多少目線がズレていても私! 恥ずかしがって視線がズレることだってあるんですっ!

 ――ファンサはみんなのものっ‼︎

 

 それに……マジな話、今回の件は原因を作った教会や私をエスコート中のエド様にも責任があるといえばある。

 もちろん私が教会やエド様を責めるなんてことはしないけど、エド様からしたら“ちゃんとエスコートしてましたから”って主張は絶対にしておきたいはす。

 倒れた私を放置した――なんて悪評を受けるのはイヤだろうから。


 ――だからこの状況はwin-winなんです!

 どのようなハラスメントにも該当しませんっ!



「あっ……イルメラ様――その……ご気分は?」


 アルバ枢機卿に水を飲ませ終わり、笑顔で会話をしていた司祭が、ようやく治療の果てにぶっ倒れた私の存在を認識したのか、気まずそうな顔で声をかけられる。


「大丈夫ですよー」


 ……ま、このひとにとっちゃ今日初めて会った私なんかより、数十倍アルバ枢機卿が大切なんだろう。

 そんな大切な人の病気がようやく治って、意識まで取り戻したんだもん、そりゃそののことなんて忘れちゃうよねー……


 ――大丈夫イルメラちゃんと分かってるよ?

 気になんてしてないから。

 本当、全然してないから。



「――そちらは?」


 まだ寝たままのアルバ枢機卿がゆっくりとした動作で顔をこちらに向け、司祭にたずねる。


「こちらはベラルディ侯爵家ご令嬢、イルメラ様です」

「侯爵家の……?」


 その紹介にアルバ枢機卿は、だいぶ困惑を含んだ顔つきで司祭様にたずね返した。


「――……私、まだかろうじてその括りに入ってますよね……?」


 え、もはや社交界ではイルメラは亡き者として扱われている……?


「……その確認では無い。 今の君の格好はシスターにしか見えない。 ……それに貴族のご令嬢が本当に、見ず知らずの他人のために力を使ったのか? という確認も含まれているんだろう」

「あ、そういう……?」

「……――べラルディ侯爵家がご長女、イルメラ様でございます」


 私たちの会話をスルーした司祭は、ニコリと笑いかけながら気を取りなおすようにもう一度私の紹介をした。


 ……勘違いさせるような発言をするアルバ枢機卿にだって多少の責任は……――あ、この人しばらく寝たきりだったって話だったな……?


「――貴女が治療を……?」


 そう言いながら起きあがろうとする枢機卿をジェスチャーで止めつつ、エド様の手を借りながら簡単な挨拶を返す。

 会釈程度でごめんよ!

 そっちも寝たまんまなんだから、お互い様ってことにしようねっ!


「イメルラ・ベラルディと申します。 微力ながらお力になれたこと、嬉しく思います」

「――なんという……――貴女のようなお優しく慈悲深い方を私は他に知りません」


 うっすらと涙を浮かべつつ大袈裟なお礼の言葉をくれる枢機卿に、嬉しい反面、なんだか気恥ずかしくなってしまい、頬を染めながら慌てて答える。


「そんな、やめてください……私はその、おにぎりが食べたくて……!」

「――おに……?」


 困惑したようなアルバ枢機卿の呟きと、エド様の「はあぁー……」というため息が聞こえてきたのは同時だった。


 ――どうして私の口はこうもお嬢様でいさせてくれないのかと……

 その辺のご令嬢は咄嗟とっさにおにぎりの話なんて出しませんよね!

 私もそのぐらいは分かりますっ!

 ……分かってたはずなのにっ‼︎


「――……私も治癒師の端くれ。 患者を前にしたのであれば治すのが道理でございますわ」


 今からでもどうにかならないかと、すまし顔で取り繕ってみる。

 ――治癒師であることを全面に押し出せば、ご令嬢である事実が薄れたりしないだろうか……?


「……なかなかに個性的なお嬢様のようで……?」


 ――許されなかった……


 困惑したようなアルバ枢機卿の言葉に、貼り付けた笑顔が引きつるのを感じつつも、うふふふふーっと笑顔を貼り付ける。


「――まぁ個性的だなんて! 枢機卿様ったらお上手!」


 ……分かってるよ。

 正解じゃ無いことぐらい!

 それだけは分かってるけど、でも正解は今も分からないままだよっ!


「……天真爛漫でもいらっしゃる」

「わぁ! また褒められた!」


 ノープランで始めてしまったこのキャラを今さらどうすることも出来ず、枢機卿の言葉にきゃるきゃるして見せる。


 ……エド様がため息すらついてくれない事実に胸が痛い……


「――あっそうだ。 褒めてくれた人には追加があるんですよ?」


(もう、どうにでもなってしまえ……)


 ヤケになり、大した深く考えることもなくそう言うと、アルバ枢機卿に手を伸ばしながら足を踏み出した。

 ゆっくりならきっと歩ける……はず!


 しかし私を支え続けてくれていたエド様だけはその場を動くことなく、支えてくれている手にグッと力を込めた。


「――まだ治療する気か?」


 咎めるような声色にキュッと身を固めるが、伺うような視線を向けて言い訳を口にする。


「……ほんのちょっとだけですし……お礼ですし……」


 ですよねー? 治療で疲れて倒れといて、まださらに治療とか絶対不正解ですよねー?

 ……そんな気はしてだんだー。


 でも意識してるしてないの違いはあるけど、回復魔法はすでにアルバ枢機卿の全身に行き渡っている。

 それもじっくり念入りに。

 だからこれ以上どこを治療するも無いわけで……

 一回分の挨拶がわりの回復魔法ぐらい、今の状況でも使えると思うんだよね……


「全く……」


 ヘラリ……と眉を下げつつ愛想笑いを浮かべた私に、再び呆れたようにため息をついたエド様は、それでもアルバ枢機卿の側までエスコートしてくれた。


 ――ゆっくりでも一人では歩くことが困難になっていて、魔力を消費しすぎることに初めて恐怖を感じた……

 こりゃ、人前で魔法使うの禁止されるわけだわ……――男女関係なく貴族なんか歩く宝石箱だし、知らないやつにドレス剥ぎ取られたご令嬢の末路なんか……ケガが無かろうが地獄だろ。

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