第30話

 ――だけど、ここで今すぐ治療となると……大きく障害となるものがある。


「そのー、今すぐに治療したいのは山々なのですが……」


 そこで私は言葉を切り、言葉にしなくても伝わらないかと自分のドレス――特にウエスト辺りに視線を落とす。

 ――いくらなんでもこの息苦しさの中治療行為に当たったら私が患者に早変わりよ……


「――そう、ですか……いえ、急なことを言っているのはこちらです……」


 私の言葉に、司祭はがっかりしたように大きく肩を落とし、その顔に無理やり笑顔を貼り付ける。

 ……ん? これ私の意図はちゃんと伝わってますか……?


「えっと……なのでその――せめて女性の方を呼んでいただければと……」


 希望としてはコルセットの仕組みを理解してる人希望。

 これ、下手なとこ引っ張ったら本当に血の流れが止まっちゃうから……


「は……? ――女性……? その、確かにアルバ枢機卿は男性ですが……」


 困惑したような司祭の言葉に、私の意図が全く伝わっていないことを悟る。

 ――これ私が『男性の身体に触れるなんて……』とか『ここには異性だけ……いくら治療とはいえ……』みたいなことを考えてる……とか思われてそー。

 ――こりゃはっきり言わなきゃダメだな……お着替えのこととかあんまり口にしたく無いけど――……この人を治すのは一秒だって早い方がいいでしょ……――どう見たって回復魔法でギリギリ生かされてるだけの状況だよ……


 私は心を決めると司祭を見据え、一息に言い放った。

 

「長期戦にると思いますので、着替えとそれを手伝ってくれる女性を用意して貰っても良いですか?」

「……はい?」


 私からの要求を聞いた司祭は、まるで奇妙な生物せいぶつを見つけたかのような顔になり私の顔をまじまじと見つめ続ける。


 ――これは……絶対に伝わってねぇな……?

 このコルセットがキツすぎるがゆえ、お着替えを要求しておりますが⁉︎

 急募! コルセット緩めてくれる人っ!


「……ええと――おそらくですが……この方の治療には時間がかかると思うんです」

「そう、ですね……? そうなると思われますが……?」


 戸惑いつつ答える司祭だが――違うんだ! 私の言葉をそのままに受け取らないでくれ! 言葉の裏を読んで、着替え……時間……ドレス……コルセット……はっ⁉︎ ってなれし!

 もしくはなんの疑問も持たずに着替えを用意して‼︎


「……ええと……?」


 いまだに首を傾げている司祭だからなぁ……無理そう。

 ――そりゃあなぁ……普通のご婦人たちなら『コルセット緩めたいんだけど?』とか言わないもんな……察しも悪くなるじゃろうて……


「――治療のためにはこの服装ですと、少々不具合がございまして……」

「不具合……?」

「――少々を見栄みえ張りすぎてしまったので、長い間集中し続けることが難しくてですね……?」


 そう言いながらそっとウエストに手を添える。


「――あっ……」


 そこで司祭様はようやく私の言いたいことが理解できたようで、大きく頷きながら私のお腹あたりを凝視していた。


 ――デリカシー! 司祭といえども紳士であるべきでしょう⁉︎

 ここはグッと我慢するトコ!

 腹凝視とか普通に見るのよくないっ‼︎


「ええと……――そう、なのですね、あの……――とてもそうとは……」


 取ってつけたようなお世辞だけど……――甘んじて受け入れてやろうじゃないか。


「……この地に越してきて、殿方とのお出かけでしたもので……ちょっとだけちからが入り過ぎてしまいまして……」

「……なる、ほど?」


 うふふーと、ごまかすように笑えば、司祭は困惑したように視線を揺らしながらも、チラリと入り口にいるエド様を見やる。

 ……合わせて笑うところですよ司祭様!


「――なので……出来れば手助けしてくれる方と動きやすい服装を貸していただければと……」

「――なるほど……! かしこまりました、すぐにご用意致しますっ!」


 ようやく私の意図が理解出来たのか、司祭は顔を輝かせながら満面の笑みで答え、素早く指示を飛ばし始める。

 ……満面の笑みでいらっしゃいますが――それは喜び100パーセントの笑顔ですよね?

 ――私のことで笑ってる気持ちが1%でもあるなら……あなたの生え際が後退していく呪いをかけ続けてやるんだから……


 

 準備のためなのか、司祭までもがバタバタと部屋から出ていってしまった。

 その姿を目を丸めながら見送ったエド様は、説明を求めるように訝しげな表情をこちらに向ける。

 私はアルバ枢機卿のことや教会の治癒師たちの事情を簡単に説明し、治療を引き受けたことや着替えを頼んだことを説明していく。

 ……もちろん見栄を張って締め上げた――あたりのことはぼやかしつつだ。


「くれぐれも無理はしないで下さい。 ……貴女を無事に家に帰す義務が俺にはある」


 ――あ。 今キュンッってした。

 ……このご褒美だけでも頑張る理由になる!


 ――それに……科学や医療なんてものが全く発達していないこの世界で、治癒師が治療を拒んだら待っているのは死だけなんだ。


「――知ってました? 治癒師は無茶してなんぼなんですよ? 私たちは人を治す時、無理を通して不可能を可能にしなきゃいけないんです!」


 パウロ爺がいつも言っていることをそのまま披露する。

 それを理解したであろうエド様が、ニヤリと顔を歪めるように笑う。

 伝わったことが嬉しくなった私は冗談めかして言葉を続けた。


「――じゃないとあのおっかない爺にベシコンってされちゃうんですよ?」

「――あの方は……」


 呆れたようにため息をつき頭を抑えるエド様。

 ……あれ? もしかして私にまで木の棒を使ったのかと勘違いさせちゃった……?

 まぁ……治療してる時、後ろでペシペシされてた時はめっちゃ怖かったけどー。




 あの後すぐに司祭様は数人のシスターを引き連れ帰ってきた。

 そして私はその人たちに案内され着替えるための部屋に移動した。


 ――いやぁ……見栄なんて必要以上に張るもんじゃないよねー……コルセットすげぇ……おにぎりが胃に到達したの今でやんの……

 

 着替えた後もシスターさんたちは変には見えないようハーフアップの髪をまとめてくれた。

 ……この時律儀に私の髪が綺麗だって褒めてくれたんで、この人たちにはいつかどこかでお礼の回復魔法をかけて差し上げることを心に誓いました。


 あれだけ練習したお化粧だけはなんだか勿体無くて、口紅だけ拭き取っとるだけにしてあとは軽くテカリを押さえて終わりにした。

 ――アイラインとか拭き取りきれる自信ないし、部分ツケマは出来るだけ回収しておきたいしー。

 数が少ないんだから使い捨てになんかしてらんないよ!


 着替えを手伝い終わった後、その部屋の中に備え付けてあった鏡で簡単に身だしなみを確認する。

 ――こんな時になんだけど……シスター服って一回着てみたかったんだよねー!

 結構似合ってるんじゃない?

 ……え、この姿で回復魔法とか聞けちゃったら……まんまお話の中の聖女様みたいじゃん!

 ――この服、もらえたりとかするかな?

 ……これがあればコッソリやってる聖女様ごっこも一段と本格的になるし……――治療の後、あのコルセット閉め直すとか、断固拒否なんですけど……

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