第29話

 治療することに了承した私は、司祭に案内され、教会の奥――

 司祭たちが暮らす居住区の一室にやってきていた。

 その部屋は、日当たりも良く広々としているものの、家具らしい家具はベッドとベッドサイドテーブル。

 その上にシンプルなランプと、イスが一つだけ――という……よく言えばシンプル、本音を言うなら殺風景さっぷうけいな部屋だった。

 そして寒々しいほどに白い。

 真っ白な壁に床、そして真っ白な家具。

 真っ白なベッドからは、やはり真っ白な天蓋が垂れ下がっていた。


「こちらへどうぞ……」

「……はい」


 勧められるがままにベッドへ近付く。

 同行を申し出てくれたエド様はどうするんだろうとチラリと後ろを振り返ると、部屋の入り口を守る騎士のように佇む姿が。

 部屋の中ではあったが、ベッドには近づかない――いや、この場合……ベッドに寝ている姿を見ないようにしている、のかな……?

 つまりは……この中にいる人、結構なおエラさんだな……?

 

 ――天蓋が避けられ、中に横たわっていたのは一人の男性だった。

 パウロ爺よりも年上だろうか?

 白髪の男性が静かにそこに横たわっていた。

 ――呼吸により胸が上下していなければ、死んでいるのかと見間違っていたかもしれないというほどには顔色が悪く、生気も感じられない。


「……ご病気ですか?」

「――おそらくは……」

「どの辺りがお悪いんでしょう?」


 男性を観察しながらの質問だったが、しばらく返事が返ってこないことを疑問に思い、司祭を振り返る。

 目があった司祭は悲しそうに顔を歪ませながら視線を伏せた。


「……分からないのです」

「……えっ?」


 ……いや、いくらなんでも“分からない”なんてことある?

 

「その……この方を治療した人からなにか聞いていらっしゃいませんか? 治療の様子を伺えれば患部が特定できるかもしれませんし……」


 完治しないにしたって、どの辺りを治した時にごっそり魔力持ってかれたなーとか、お腹辺りを回復させると顔色がよくなるから、きっと内臓だなーとか、なんかしらのヒントは貰えるはずなんですけど?


「それが、その……」


 私の質問に、答えにくそうに言葉を濁し始める司祭様。

 ……え? まさかとは思うけど……具合が悪くなってから今まで、こんな寝たきり状態になるまで、一回も治癒師に見せてないなんてこと無いよね……?

 ――教会が老人虐待とかしないでしょ……?

 ……本当だったら出るトコ出るけど。


「――どんな治癒師に見せても……原因が分からないと……」

「ええ……?」

「手を中心に回復させれば手の辺りが回復するのです……ですがそれは頭でも足でも腹でもそうなって……」

「……つまり全身がくまなくお悪い?」


 ――それは……全身に回復魔法を掛ければ解決する案件なのでは……?

 そんな私の考えが透けて見えたのか、司祭はゆるゆると首を振りながら言葉を重ねる。


「今でも定期的に、数人がかりで全身に回復魔法をかけています……しかしその時一時的は見せてもに患部の特定には至らず――……」

「数人がかりでも……⁉︎」

「……――今、この教会に常駐している治癒師たちは、不慣れな者が多く……腕利の者たちは各地を巡る役目を与えられることが常ですので……」

「あー……」


 そうだよねぇ……? 私が知る限りでも教会の人たちって、至る所で精力的に治療して回ってるもんね……?

 そりゃあ一人前になった人たちからそういう仕事につくもんですよね……?

 ――あれ? でもそれなら……


「……そんな役目を与えられた方々が治療しに来てもダメだった……?」


 そうなってくると……私じゃ無理ゲーなんじゃ無い?

 だって教会には聖人や聖女って呼ばれる腕利の治癒師たちを何人も抱えていらっしゃいますよね……?


 そんな疑問が顔に出ていたのだろう、司祭は鎮痛な面持ちで答えを口にした。


「――……腕利と言われる治癒師たちはこの方の治療には当たりません」

「――はい?」

「――寝たきりになった当初こそ、我こそはと多くの者たちが治療を申し出てくれましたが……原因も分からず、いくら回復しても次の日には体調を崩すこの方に……関わること自体を拒むようになってしまったのです……」


 そう説明する司祭様は悲しそうな瞳でじっと横たわる男性の顔を見つめていた。


「……関わることって――治療を拒んだってことですか……⁉︎」


 治癒師がこの状態の患者を前にして、関わることを拒んだ……?

 だって治癒師なんでしょ? そんなことが許されるの⁇

 ――教会の治癒師たちは、そんな勝手をしても許されるぐらい甘やかされてる……ってこと……?

 人の命を預かってるのに⁉︎


「……――この方はアルバ枢機卿」

「枢機卿……」


 わぁ……教会の中でも、上の方から数えた方が早いくらいにはガチのエラい人だぁ……

 貴族ですらきちんとした敬意を払う身分の人……――え、教会の治癒師たちがそんなエラい人の治療を拒否して、見殺しにしようとしてるって話してる⁇


「――……手を尽くして治療を施したにもかかわらず、枢機卿をお救い出来なかったとなればその者の評価に傷がつきますゆえ……」


 続けられた説明を私の脳はすぐには処理出来ず、ポカンと口を開け司祭の顔を凝視してしまった。


 ――評価に傷が付くから……?


 私の反応にほんの少しだけ口角を引き上げた司祭は、再び男性――アルバ枢機卿に視線を戻すとキツく手を握りしめ、湧き上がる怒りをやり過ごそうとしているようだった。

 

「だって……治療しなきゃ絶対に治らないのに……」

「――秘密裏に教会外から治癒師を招き、治療を試みてはいるのですが……――芳しい結果は得られず……」

「秘密裏に、ですか?」


 なんでわざわざそんなこと?


「……教会には数多くの治癒師が在籍しています。 にもかかわらず外部の治癒師を呼ぶことは――教会に在籍する多くの治癒師を刺激してしまいますゆえ……」


 ――本格的に教会の治癒師たちがクソ過ぎる……

 大体、私たちが騎士たちの治療を拒否なんてしたら、爺におケツ叩かれちゃうよ?

 ……まぁ、流石に私は叩かれた事ないけど。

 でも他の見習い仲間や、まだまだヒヨッ子ってくくりの先輩たちは「気合い入れろ!」とか「泣き言いってるヒマがあったら治せ!」とか言われてベシコンされてるよ。

 ……あの爺ってば、いつでも叩けるように、木の棒後ろ手に持ってペチペチさせてんだから……

 ――あれ、めっちゃ怖いんだよな……

 ――でも本当に怖いのは私たちじゃ無い。


 病気が治らなかったら死ぬかもしれない。

 ケガの痕が残ってしまったら?

 後遺症が残ってしまったら仕事を辞めなくては行けないのか⁇


 本当に怖いのは患者だ。

 ――だからこそ。

 私たち治癒師は弱音なんて吐いちゃいけないんだ。

 だって私たちが治せなかったら、その人の人生はそこで大きく狂ってしまうから。

 だから「治せない」なんて言葉、治癒師たる者たとえ死んでしまうことになったとしても、言ってはいけない……

 ――っていう、真っ先に叩き込まれるであろう治癒師の精神を忘れたのか⁉︎

 今からでも私がベシコンしながら再教育してやろうか⁉︎

 この枢機卿を治したら、家族が殺されちゃうとかならともかく、治せなかったら評価が悪くなるからって治療拒否した挙句、他の治癒師に頼まれるのは面白く無いとか! それが嫌なら自分で治せよ!

 原因なんか不明だって、全身治したら病気は完治すんの!

 うちの師匠が言うんだから間違いないんだからっ‼︎


 ――やってやる。

 この人は絶対に私が私が治してやんよっ!

 ……ってか、これでこの人治せずにスゴスゴ帰ったら、確実に師匠にベシコンされちゃう案件だよっ‼︎

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