第28話

「――こちらの中身……梅干しなどは、どちらでお買い求めなんですか?」


 せめて所作だけは……と、出来るう限りお上品におにぎりを食べ終えた私は、どうか教えてもらえますように! と願いを込めながら司祭にたずねる。


 多分、うちの本の中に作り方は書いてあると思うんだけど……うちでやろうとすると作る手間どころか、材料を探すところから始めなきゃいけないからなぁ……

 せめて梅の状態であって欲しい……いや、ワガママを言っても許されるならネット通販がしたいです……


「――梅干し……――ご入用ですか?」


 それまでは人当たりの良さそうな優しい笑顔を絶やさない司祭様だったが、私のその言葉を聞いた途端、顔をこわばらせどこか探るような眼差しでたずね返された。


 ……え、なに?

 私、なんか失礼な態度とったの……?

 ――はっ⁉︎ まさか梅干しをたかろうとしているとか勘違いされてる⁉︎

 いや、実はこの梅干し、お米以上の超高級食材だったり⁉︎

 え……? イルメラ、傷だらけではあるけど、まだ侯爵家ご令嬢の看板背負しょってるけど、それでも心配になるほどお高いの⁉︎


「――欲しい、んですけれど……その……――お布施の問題もありますかしら……?」


 イルメラとなって数ヶ月……お金の話をボカすのも手馴れてきたわー。

 ――令嬢としては、慣れるとかありえないスキルなんだけどー。


「お布施……? ――ああ、なるほど……」


 キョトンとした表情になった司祭は、しばらくして私の意図を理解し、ふむ……と顎に手を当ててなにかを考え込み始める。

 ……ここで検討が入るってことは、強請り集りの類を疑われたっぽい……?

 ――教会の人間を侮る貴族は少ないけど、貴族階級じゃない人間をあからさまに侮って無理難題ふっかける貴族も少なくはないからなぁ……

 ――これはちょっとした自慢ですが、今の私は金払いだけは良いですよっ⁉︎


「――時にイルメラお嬢様は、名医として名高いパウロ殿のお弟子様だとか……?」

「え……? はい……そう、なりますかね……?」


 かなり気を使われてる、お荷物な弟子ではありますが……

 私に治癒師としてのあれこれを教えてくれてるのは爺なんだから、ここは胸を張ってもいいトコ……だよね?

 でもなんでいきなり爺の話……?


「ああやはり! ……そういえば、最近では新しいお弟子様の意見を取り入れ、画期的な治療法を発見されたとウワサの的ですが……イルメラお嬢様もその治療法を……?」

「――そう、なんですか……?」


 えっなにその話⁉︎ 私聞かされてないんだけど⁉︎

 画期的な治療ってなに⁉︎ ……えっ、どうしよう。 これっぽっちも心当たりが無い……

 い、いや! だって仕事内容はみんなと一緒に教わったし! だから私にだけ内緒にしてるとか無いし……!

 ……――私だけ残業免除だけど。


 ――いやいやいや! きっとこれはあれだね!

「この治療、画期的なヤツな!」とか言われないで普通に教わっちゃったからピンと来てないだけだし……‼︎


「はははっ さすがに口は硬いですな」


 ――あ、そう取ります?

 いや、普通に質問に質問を返しただけだったわけですが……ワンチャン私もちゃんと知っている可能性もあるわけで……――ここは司祭の勘違いに乗っておくってのはどうだろう……?


 まいったなぁ……というように、頭に手をやりつつ笑う司祭に、合わせるように曖昧な微笑みを浮かべて口元を押さえる。

 これはご令嬢的“笑ってごまかす”のポーズだ。

 合わせるように微笑みつつ、これで許されるだろうか……? と、周囲をチラリと確認する。

 すると間近で私たちのやり取りを見聞きしていたエド様が、どこか疲れた様子で静かに息を吐き出しながら額を押さえている姿だった。


 ……それはなんのため息なんです?

『おいおいバラすんじゃねぇよ司祭』のため息です?

 それとも『画期的な治療法なんて俺も知らねぇが?』のほうです⁇

 ……いや、エド様が知らないとかないでしょ?

 だって爺、治癒師だけどバジーレ伯爵家の騎士団に所属してるんだよ?

 伯爵家お抱えだよ⁇ 知らないとか……

 ――これはあれか? 本気でこの司祭様がなにか勘違いしてて、カマかけしてきた系……⁇


「――ああ! ではこういたしましょう! ……こちらはお嬢様のご入用のしなをご用意いたします。 その代わり……――治療をお願いしたい患者がおります。 もちろん方法はお嬢様の自由でございます。 パウロ殿の新しい治療法であろうとなかろうと、こちらの要求はその患者の回復です」


 ……どうあっても画期的な治療法とやらがあることにしたいみたいだけど――その理由は、治療して欲しい人がいるから……?


 わずかに顔をこわばらせながらも、どこか懇願するような目つきで提案する司祭。

 ……いや、治療するぐらいなら別に構わないけど……――


「その……私でお力になれるのでしたら、協力するのもやぶさかではございませんが……その――本当に“画期的な治療法”とやらには心当たりがなく――本当に私のやり方で治療して構わないんですね?」


 その方法とやらが見てみたいからって提案だとしたら、本当に私出来ないからね⁇

 いや、知ってる可能性もあるけど、私にとって爺から教わった治療法なんて『どこが患部か分からなかったら全部治せば結局完治』とかいう力技ですからね?

 魔法の力の強い弱いはあっても、かけてる魔法は回復魔法だけ。

 病気だろうか怪我だろうがそれ一つで治療にあたってますんで!


 ……私も一応はバジーレ伯爵家騎士団に所属する治癒師の一人だったりするけど……別に勝手に治療しても良いよね?

 隣にいるんだし許可ぐらい貰っとく……?

 なんて考えながら、チラリとエド様に視線向けるが、エド様は感情を隠すかのような薄い微笑みを張り付けたお貴族様の顔を司祭に向け続けるだけだった。

 ――司祭を……警戒してる?


「――どんなことも口外しないと神々に誓いましょう。 あなた様にぜひ治ていただきたい方がいらっしゃるのです」


 エド様に疑問を投げかける前に、司祭が真剣な面持ちで言葉を重ねる。

 ……もしかしたらなにか考えがあるのかもしれないけど――治して欲しい人がいるのは本当そう。

 なら治療ぐらいしちゃうけど……――それが騎士団的にマズいことだって、エド様も見なかったことにしてくれると思うし……

 ――あれ? でも……


「あの……ここの教会には治癒士が居なかったりするんですか……?」


 ――おかしいよね?

 だって、そもそも教会って数多くの治癒士を抱えてるトコでしょ?

 それで、その人たちが無償でケガや病気を各地を治して回っているはずで……――思ったよりも厳しい条件があるらしいけど……そこは教会の関係者なわけだから融通だってたしょうは効くだろうし、こっそり治療院に行くことだって出来る……

 まさか全員出払ってるなんてことないだろうし……


「――教会にも……色々とございますれば……」


 私の疑問に、司祭は自嘲気味な笑みを浮かべ、大きく肩を落とす。


「あー……?」


 この感じは……――権力争い的な話……かな?


 おいおいあなた方、聖職者じゃん? とかも思っちゃうけど……階級が存在する組織で、その席に限りがあるなら……聖職者だろうとなんだろうと競争や争いは起こってしまうんだろう……


 正しいことするはずの政治家や警察だって派閥争いや出世争いしてたもんなー……

 そりゃ聖職者だって綺麗事じゃありませんよねー。

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