第26話
◇
「――お嬢様、先触れの使者が」
準備万端の状態でリビングで唇を湿らせる程度にお茶を飲んでいると、ジーノさんがやってきて、もうすぐエド様が到着することを伝えてくれる。
……貴族のこの“先触れ”システム、便利だとは思うけど……本当にめんどくさいんだよー。
来てもらう分には「あ、もうすぐ来るんだー。 お出迎えの準備しよーっと!」ってなるけど、送るほうだったら馬車2台体制で動くことになるのよ……
しかも今回みたいな場合、出すのは迎えに来るほうだからね。
絶対この制度作ったやつ自己中だと思うわ……
自分だけ絶対に待たされたくない! って思いだけでやってるって。
――早急に誰か電話とか開発してくれればいいのに……
「……わかりました」
先触れシステムに対する不満を飲み込みつつ、お上品に返事を返しながら立ち上がる。
――大きく息を吸い込もうとしてコルセットに邪魔をされ、思わず苦笑を浮かべる。
そのことに少し恥ずかしくなりながらも、気を取り直して、みんながわざわざ用意してくれた大きな鏡の前に立つ。
その途端、両わきや背後にカーラさんたちがスタンバイし、撮影前のメイクさんや衣装さんばりにほんの少しの髪の乱れやドレスのシワを直してくれる。
――……いや、我ながらよく化けたもんだよ。
鏡の中の自分を見て、その出来栄えに感心する。
回復魔法を駆使して、うるうるとぅやとぅやに仕上げた金髪は、その美しさを存分に見せつけるためにハーフアップ。
上げた髪は三つ編のカチューシャのようになっているが、実は複雑に編み込まれているルーナちゃんの自信作だ。
一切の装飾品を使わず、髪の輝きだけで勝負するのが彼女なりのこだわりらしい。
メイクに力を入れてくれたのはニコレちゃん。
彼女のおかげでソバカスは綺麗サッパリ姿を隠してくれたし、瞳は当社比1.5倍ぐらいになってる。
……アイライナーはいわずもながな、ポイント付けとはいえ、つけまつ毛が滑り込みで完成してくれたのが大きく貢献してると思うわー。
ニコレちゃん、ちまちま増毛してくれてありがとうね!
そして出来立てほやほやのドレス!
クリーム色のチュール素材でふわふわなベースに黄色いリボンやレース……そしてふんだんに散りばめられた黄色い小花の刺繍!
なんとカーラさんが着替える直前まで刺繍を足してくれてたんだそうな!
だよね⁉︎ ドレスはこれ! って決めた時、ここまで刺繍なかったもんね⁉︎ すそのほうにだけについてただけだったのが、袖口や襟元、スカート部分にも大幅に増量されて……
申し訳ねぇけど、ありがてぇ。
おかげさまでめっちゃ可愛いくて、めっちゃ豪華なドレスになったよ!
――今日のイルメラが過去一で可愛いと断言できるほどには、今の自分の姿に満足している。
もう一度鏡で自分の出来栄えを確認して、自信満々になった私はグッと胸を張りながら、エド様を出迎えるため、玄関ホールへと向かったのだった――
「――――なんと」
準備万端で出迎えたエド様。
エド様もお出かけ仕様になっていて、艶やかな黒髪をベルベットのリボンでまとめ、いつもの貴族という騎士のようなカチッとはしているが動きやすそうなシンプルなデザインの服ではなく、刺繍や装飾が判断にあしらわれた服を着ている。
――フリフリの襟じゃなくシンプルなスタンドカラーで、上着がロングなところがポイント高いと思います!
……なのですがー。
「なんと」って言ったきり、硬直したまま続けるべき言葉をなかなか言ってはくれなかった。
「…………」
「…………」
そのまま無言で見つめ合う。
――えっ? 感想が「なんと」だけってのもありえないけど、挨拶すらしないとかあります⁇
言葉でやり合う貴族にとって挨拶は基本だし「見間違えました」や「いつもよりもお美しい」なんてお世辞「おはようございます」くらい挨拶がわりにスルッと言えるもんなんじゃないんですかねぇ⁉︎
――…… やっぱり色々、力入れすぎちゃったのかなぁ?
それでドン引きして挨拶すら口に出せない状況だったりする……?
「――……エドアルド様?」
あり得ないと言っても過言ではない事態に、ジーノさんが動く。
どことなくたしなめるような声色その名前を呼ぶ。
領主と領民、貴族と平民……本来ならば許される行為ではなかったが――
誰が許さなかったって私が許す!
これでエド様が怒ってきたら、全力で守りますからねっ!
「‼︎ っそのっ、見違えました……!」
ジーノさんの言葉でハッとしたエド様は、慌てたように声を絞り出す。
「……あー、そうですか……?」
私はそのとってつけたような感想に、おざなりな返事で応える。
……このきっついコルセット
そんな不貞腐れた態度の私に、エド様は弱ったように眉を下げ、申し訳なさそうに口を開く。
「その……――本当にお綺麗です」
大きな体のエド様がシュン……と小さくなっているのが、ほんの少しだけ気の毒になり「……ありがとうございます」とだけ一応の礼を返した。
――まぁ? 私の化粧が濃過ぎることが原因だっていうなら、エド様だけが責められるべきことじゃ無いしな……
その場合は……ちょっと気合を入れすぎちゃった私のせいでもある。
……えー? 結構、薄づきな仕上がりになってると思うんだけど……
いや、実際は色々ちょっとずつ塗りたくってはいるけれども……
「――本心だ。 世辞ではなく……今日の貴女は一段と美しい」
エド様はそう言いながらそっと私の手を取ると、真正面から真っ直ぐ見つめてくる。
「あ……ありがとう、ございまぷ……」
答えながら自分の顔が赤くなっていくのを感じ、自分の頬が緩んでいくのを自覚する。
――うん。 分かってる。
我ながらチョロい……
――でもさ? イケメンが手を握ってくれて真っ直ぐな瞳で「美しい」ですよ⁉︎
その瞳の中に私しか写って無くて!
しかも言い終わった後には、照れたようなハニカミ笑顔っておまけ付き!
世が世なら有料だってやってもらえないよ……
そりゃ――私の機嫌だってチョロくも回復しちゃいますわー。
「――では……改めてお手を」
エド様は握っていた手を一度離すと
「……ええ!」
私も礼を返しながらその手を取った。
……返事がちょっとだけ元気よくなってしまったのは多めに見ていただきたい。
――だって今日のために頑張って来たんだもん!
不機嫌で終わるより楽しんで終わったほうがいいに決まってるし!
ちょっとぐらいチョロくても楽しんだもん勝ち‼︎
「いってらっしゃいませ」
ジーノさんの見送りの声を背中に聞きつつ、私は自分でも驚くほどに上機嫌で馬車に乗り込んだのだった。
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