第24話
◇
「――いいのかよ? 米って……あの米のことだろ?」
イルメラが衝立の向こうに行ったのを確認してすぐ、パウロは声をひそめながらエドアルドに向かってたずねた。
「……許可なく食べたらバチが当たるってヤツじゃありませんでしたっけ……?」
ルチオは恐るように身を縮めながら眉を下げる。
「――そもそも……そんな簡単に売ってもらえるもんじゃない、ですよね?」
セストの問いかけにエドアルドは眉間にシワを寄せ、どこか呆れたような顔つきで答える。
「――ジーノが居るならば、なんの問題もなく売ってもらえるだろう?」
「あー……――で、あのお嬢様はそれを謝礼代わりに皆に振舞うと……――エド様」
どんな予測を立てても問題が起こる未来しか見えなかったセストは、あらかじめジーノと相談する為、主人に側を離れる許可を求めた。
「――今すぐ行ってこい」
エドアルドはセスト以上に大問題が起こる未来しか予測出来なかった為、すぐさまジーノの元へセストを送ることを決めた。
本来ならば、討伐中に護衛も兼ねた側近がその側を離れるなどあり得ないことではあったが、今までの経験から今回は大した問題もなく終わるだろうと予測がついた為、近い将来の大問題を早めに片付けることにしたようだった。
命じられたセストはすぐさま出発するため立ち上がったが――その時視界に入ったイルメラの差し入れの数々を視線に入れると、エドアルドの小言が飛ぶよりも先に、唐揚げや卵焼きを口に放り込み、サンドイッチを両手に持ってテントを出て行った――
◇
本日の討伐もなんの問題もなく終了し、いつものようにエド様に屋敷の玄関まで送り届けてもらう。
馬車の向かいに座るエド様の顔に色濃い疲れの色が見え、申し訳なくなってしまう。
……こんなにたくさん働いた日くらい、私なんかのエスコートサボったって苦情なんか出さないのに……
伯爵様とはいえ、国境を守る騎士団の統括もしているエド様はいつもとても忙しい。
……通常、こういった現場に出るのはその家の嫡男か、他の適性のある息子たち――当主は家で事務仕事というのが一般的なんだけど……エド様に他の兄弟はおらず、お父様もすでに……
だからエド様はいつも仕事に追われている……
いつものように玄関先まで送り届けてもらい、その顔から疲れの色がかなり薄くなっていることを満足に思っていると、別れの挨拶の代わりに別の言葉をかけられた。
「……米を買いに行くつもりなんだろうか?」
「――えっ? あー……はい。 そのつもりですれど……?」
「……ご一緒しても?」
エド様は私の後ろに視線をずらし、玄関前まで出迎えに来ていたジーノさん向かってたずねる。
……ええ?
この伯爵様、私の買い物の手伝いまでするって言ってるんです……?
――バジーレ家はベラルディ家に大きな借りでもあるの?
それともうちのお父様あたりに弱み握られてる⁇
「――きちんと無事に送り届けてくださるのでしたらば……」
「この名に誓って」
「えっ、本気でご一緒に⁉︎」
“名前に誓う”だなんて大袈裟な言葉が飛び出して、冗談でも社交辞令でもなくエド様が本気で同行しようとしているのだと理解して、ギョッと目を
なんでそんな話になったんです⁉︎
訳がわからずキョトキョトとエド様とジーノさんの二人に交互に視線を走らせる。
「……私も教会に予定があってな」
――え、予定があるから同行するの……?
えっ⁇ だってそんなの……黙ってればなんの問題もないし、万が一教会で偶然会ったって「偶然ですねー」で済む話なのに、わざわざ同行するの⁉︎
――え、そんなの……
「私と一緒では嫌か?」
「とっ、とんでもございません!」
エド様の言葉を反射的に否定していた。
だって、そんなのデートじゃん⁉︎
なんか乙女ゲームみたいな展開になってきていますけれども⁉︎
「――ではまた明日お迎えに上がります」
混乱する私をよそに、そう言ったエド様は貴族としてふさわしい美しい礼を披露する。
しかし今日だけは、顔を上げる前にチロリと私に視線を流し、少しだけフッと小さく微笑んだ。
――見間違いとかじゃない。
一瞬だったけど、絶対私に向かって流し目したもん!
微かにだけど笑ったもんっ‼︎
――え、良くないよ!
イケメンはそういうセクシーなのしちゃダメだよ!
イルメラ結構軽率に推しとか作っちゃうんだからっ!
……格好良かったぁ……――あのファンサはお墓入れに来てたね、間違いない。
「あ、明日……」
大きく飛び跳ね続ける心臓を押さえつけながら、息苦しさと戦いつつ必死に返事を捻り出す。
――だからコルセットは危険なんだっていってるじゃん!
ちゃんとした返事も出来ないまま帰ろうとされてますけど⁉︎
え、いつ⁉︎ いつが当日なの⁉︎
――まさか明日行くの⁉︎ いやでも明日は今日の反省会とか、一晩経ったら出てきた不具合とか治す日で……――いや、エド様が明日行くっていうなら行っちゃうけど……――流石に無いな?
だって反省会だろうがなんだろうが、騎士団の話し合いにエド様不在はありえないもんな……?
「では……」
私の返事が裏返ったことが原因か、ぱくぱくと口を開閉させていることが原因か、はたまたろくな返事も返せなかったことが原因か……エド様は確実に私の姿を眺めててからクスリと笑うと、いつものようにキビキビとした動きで馬車へと戻って行くのだった――
あ、今なら笑われた事実も、笑顔を向けられたってことに変換できそう……
その姿が見えなくなり、馬車すらも小さくなって行った頃、ようやく私の心臓は正常ない動きを見せ始め、玄関先でぶっ倒れるという醜態を晒すことは回避できそうだった――
そしてちゃんと酸素が回った頭だもう一度よく考える。
――いや、何回考えたって、結果はデートだよ⁉︎
だって一緒に買い物だよ?
しかも向こうから誘われたんだよ⁇
会話の中で逃げ道塞いで、圧かけて合わせた言葉じゃなく、自然に向こうから誘ってきたんだし!
……もしかしたらエド様的には、何かしらの思惑や狙いがあるのかも知れないけど……それでもこれは実質デートだと思うんですっ!
――別に良いよね?
だって私、誰かに言いふらしたりしないもん。
黙って二人で行くお出かけを私が勝手に楽しみにしてて……――勝手にデートだって思ってるだけだし!
――そうだよね? 私の中だけならもうデートでよくない⁉︎
だって客観的に見ても実質デートなことは間違い無いと思うし……
それが絶対デート! に変わったってなんの問題も無いよっ‼︎
――これは間違いなく正真正銘のデートッ‼︎
――確かパックのレシピ本とかもがあった気がする。
あ、ちゃんとメイクの練習もしとかなきゃ……
あんなイケメンとデートとか、二度目なんて無いかもしれないんだから、超気合い入れちゃお。
……今夜からダイエットもしちゃおっ!
「……――お嬢様、お戻りくださいませ?」
「あっ⁉︎ ……た、ただいま戻りました……?」
「――お帰りなさいませ」
……今回のことは完全に私に落ち度があるとは思いますが……
――やっぱり、ジーノさんの「お帰りなさい」には含む所がある気がしてなりません……
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