第21話

 テントの中、取り分けられた差し入れの甘い卵焼きに舌鼓したつづみを打っていたエド様が、思い出したように口を開く。


「――そういえばご実家からのがようやく届いたとか?」


 それが実家からの生活費のことだとすぐに理解した私は満面の笑みで頷く。


「そうなんです! 無事に手紙も回収出来て……」


 さっさと回収して来てくれたジーノさんと業者さんたちにガチで感謝!


「――……手紙?」


 その辺りの事情は知らないエド様が、首を傾げつつ視線で詳しい説明を求めてくる。


 ――が……

 本来なら私の立場で、生活費や仕送りなんてお金の話、こんなとこでペラペラ喋るのお上品じゃ無いことこの上ないんだけど……

 ――今更なんだよなぁー。

 私、初対面で給料の話とかしちゃってるし、エド様には馬車の中で「予算が……」だの「お金が……」とか普通に喋っちゃってるからねぇ……?

 先輩たちにも父親たちと侍女たちの不適切な関係から始まった一連のことは、さらっとグチッて宝石で食い繋いでることぐらいは説明してたし……

 ――今更でしょ!


「お爺様たちに……その、おこづかいをいただきたいとお手紙を……」

「――おこづかい、ですかー……」


 エド様の隣に座り、一足早く食べ終えたセストさんが、お茶のカップに口を寄せながら相槌を打つ。。

 ……やはりご令嬢の口からお金の話を聞くのは気まずいのか、その頬はしっかりと引きつっているように見えた。

 困惑させてスマンの! 慣れて欲しい‼︎


「ええ。 その……親が出し渋るなら、強請る先はその上なのかな? って……――どうせどっちもお金持ちですし、屋敷の1つや2つ直すくらいのお金、すぐくれるんじゃないかと……」


 ……エド様も、近くで聞き耳を立ててる爺や先輩がたも、だいぶ気まずそうに私の話聞いてらっしゃいますけど――私、別に恥ずかしいことなんかしてませんからっ!

 人間が快適に生きていこうとしたら、お金なんかいくらだって必要になるんです!

 そもそも、私はまだ親の庇護下にある身なわけで、ここにはするためにやってきてるんだから、両親には私を養う義務があるんです!

 つまりは私の生活費や、私が暮らす屋敷を修繕する費用を払うのなんか、当たり前のことで!

 それを両親がおこたったなら、そのさらに上の祖父母が責任を持って支払うべきだと思うんですっ!


 ――大体、ことの問題は、私にまともな婚約者見つけてこなかったことから始まって、家の得のために私を犠牲にしてこんな田舎まで追いやった挙句、侍女が0人でも強硬に出発させやがって!

 そりゃ目の前でそんなやりとり見せられた御者は私のことナメくさった態度で仕事するってなもんよっ!

 ――あいつちゃんとクビになったかなぁ……? 

 それは置いといて――

 私にここまでの仕打ちをしておいて、生活費すら出し渋るとか、絶対納得してやらない!

 ……あちらの言い分では手違いだったらしいけど。

 ――今回だけは信じてあげるけど、次に滞ったら問答無用でお爺様たちに言い付けてやるんだから……あ、お婆様たち宛てのほうが、たくさん同情してくれそうかも?

 ――次があったら、どっちもお婆様宛にしよーっと。


「――確か近所の者たちが手を貸したので、ベラルディ家が別邸は順調に修復されている、と聞いていたが……?」


 エド様はそう言いながら顎に手を当て首を傾げる。

 座りながらのため、私から見た角度では下から見上げる――つまりは上目遣いのような角度になり――……いやぁどの角度で見たってイケメンだからこそ、イケメンは国宝なのよ……――眼福だわあ……


「……イルメラ嬢?」


 あっ、思いっきり鑑賞してたら変な顔されちゃった……ちゃんと答えなきゃ!


「……ええと――確かに緊急的な修復は終わったんですけど、快適に暮らす上ではもう少し手を入れる必要が……それに以前までの予算では修復する為の材料を買うのに精一杯で、せっかく手伝って下さっている皆さまに大した報酬もお支払いできず……――正直なところ、大変長い時間を拘束してしまっているので、いつまでも皆さまのご好意に甘えるわけには……」

「……あれ? でも食事は侯爵家の料理人たちが腕をふるってるって話がでは?」


 私の言葉に、セストさんが不思議そうに首を傾げる。

 ……だからそこが問題なんですけど?


「それはそうですが……――屋敷の修理をあさから夕方まで手伝って、貰える物がちょっとした昼食のみとか……――今後のご近所付き合いを考えるレベルだと思いません……?」


 貴族と平民とか関係ない。

 そりゃエド様に少しぐらいは顔がきくけど、無理なお願いなんか出来る関係性じゃないし……

 その程度のお嬢様に同じ対応されたら……

 私がみんなだったら、間違いなく距離を置く選択を取るよ……

 田舎特有の“お互い様”思考なら我慢もするけど……侯爵家のお嬢様に向かって「明日、うちの壁修理したいから手伝ってー」とか声をかけれるご近所さんがいるとは思えない……


「その力を使って、全ての者たちを治療しているはずでは……?」


 そうたずねるエド様の視線は『違うのか? 』と言っているが……

 ――そもそも治療したからなんだ? って話じゃね……?

 いや、全員が結構なケガしてるとか、病気してたならともかく……――幸いなことにみんな、1回目の治療の時から、ほんのちょっとの病気ぐらいしか持って無かったし、2回目からは全員元気な健康体でしたよ……


「治療というか、回復魔法はかけてますけど……――だってその前にうちの修理で散々コキ使われてるんですよ? その後に疲労を取ってあげることが、果たして報酬と言えるのか……」

「むぅ……?」


 私の答えにエド様も疑問を感じたのか、首を傾げつつ考え込むように唸り声をあげる。

 ――こう聞くと、疲れた分は回復しててプラマイゼロな気もするけど、働いた時間は返ってこないんだから、やっぱりマイナスなんだと思うわー。


「――いやいやいや、エド様やイルメラ様はケガや病気を患えば治癒師に治してもらうのが当たり前なんでしょうけど、普通に暮らしてる平民が回復魔法で治療してもらえる機会なんてそうそう無いですよ? それも目的が疲労回復って!」

「……でも教会の方々は、いつもどこかで無償で治療を施してますよね?」


 この国の教会の人々は、その名に相応しく慈善活動に余念がない。

 回復魔法が使える“聖者”と呼ばれる人たちを各地に派遣しては重病人や重症患者を治して回るって活動を積極的に行っている。

 その他にも貧しい地域に住む人々に炊き出しを行ったり、孤児たちも多く保護する、まさに聖職者の名に恥じない団体だ。

 ……辺境の聖女目指して魔法を使ってる私なんかとは格が違う……


「いやー……だってあの治療受けるのだって審査があるんですよ?」

「えっ⁉︎ そんなのがあるんですか⁉︎」

「どんな治癒師の力にだって限りはあります。 寝てれば治るような病気やほっとけば治るようなケガは取り合ってもらえませんよ」

「……結構シビアな団体なんですね?」

「一人でも多く救いたいと思ったら、一刻を争う人を優先させる形になるんじゃ無いですかね? それが嫌なら金を出して個人で治癒師を雇うしかない」

「……個人の治癒師はとても儲かるって先輩たちに教わりました」


 お嬢様な限り私には絶対になれないんだけどー。

 

「あはは……個人病院開業を検討するときは言ってください――もう一回、賃金の相談をしましょう」


 ……セストさんってば開こうと思ったら結構大きく開けるんですね、その目。

 こわ……本気マジじゃん……


「しばらくその予定は無いです……?」

「そうですか? 良かったー――イルメラ様のような人材は貴重ですから……――だからそんなイルメラ様の回復魔法には……特別感、みたいなものがあるんじゃないかと思うんです」

「――特別感、ですか……?」


 まぁ……ご近所さんたちの最初の反応から、セストさんの言いたいことは分からなくもない。

 結構本気で喜んでくれてた。

 んだけど……――今現在、私自身がその回復魔法を大安売りしちゃってる状態なのですが……それでもそのプレミア感は残っているのでしょうか……?

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