第20話

 だいぶ日も傾き、そろそろ討伐終了の時間を知らせる鐘の音がなる頃。

 治癒師たちの詰めているテントには、運ばれてくるケガ人も居なければ、治癒師を呼びにくる者たちも居なくなったことで、のんびりとした空気がただよい始めていた。


「おっ邪魔しまーす!」


 唐突に元気な声が聞こえ、振り返った先にはエド様。

 そして声の主であるセストさんが居た。

 少し呆れているエド様と、すでに差し入れの料理を視界に入れ、ニコニコと嬉しそうに笑っているセストさん。

 そんな二人に私は笑顔で話しかけた。


「エド様、セストさん、お待ちしていましたよ! ――……ご飯ですか? 回復ですか⁇」


 なんて、元の世界じゃ新婚めいた言葉を言って、勝手に“イケメンの新妻な私”気分を味わいつつ、二人に駆け寄った。

 ――こっちの世界じゃ伝わらないって分かってるからこそ、安心して言える軽口なんだけどねー。


「えーっと……じゃあ、回復もお願いしまーす」


 私の言葉に少し首をかしげたセストさんは、そう言いながらスッと手を差し出した。


「おいセスト……」


 座ることもせずに私に手を差し出したことに、エド様がたしなめるような声を上げ、顔をしかめる。


「いやいや、聞かれたんですって! ねぇ?」

「ですね? ここは処置室ですし構いませんよ。 ……それでどこがお辛いですか?」

「あー……最近肩こりがひどくて……」


 そんな芝居めいた会話を続けていると、エド様は首を振りながらパウロ爺が座る席の近くの椅子を引く。

 その途端他の新人たちがエド様のお茶の用意をし始める。

 それを横目で見ながら「では失礼しますね?」と声をかけながらセストさんの手を取った。

 肩と言われたけど全身に回復をかけてしまおう。

 この仕事始めてから知ったけど、肩に痛みや違和感があるからって、その原因が肩にあるとは限らない。

 首や顎の不具合が肩にくることもあれば足や腰のケガや痛みが肩にでることもある――

 ……要はいつもの通り丸っと治せば解決って話なんだけどねー。


 立ったまま回復魔法をかけていると背後のほうから大きなため息が聞こえてくる。

 それと同時にパウロ爺の楽しそうな笑い声も聞こえてきたので、ため息を吐いたのはエド様なんだろう。


 この二人って乳兄弟らしく、お互いのへの接し方がだいぶフランク。

 ……いやー、系統は全然違うけど二人ともイケメン同士。

 それが仲良くしてるじゃれ合ってるんだから――眺めているだけで肌ツヤが良くなりますね!

 ……私ってば回復使えちゃうけどー。

 でもこの二人のやり取りからしか摂取できない栄養素があると思っています……!



「本当にイルメラ嬢は回復魔法の達人ですね?」


 こんなもんかなー? と、手を離した瞬間聞こえてきたお褒めの言葉に、私は再びセストさんの手を掴んでニコリと笑いかける。


「――褒めてくださったので、おかわり入りまーす」


 その言葉に先輩や同僚からの、クスクスと笑う声や呆れたようなため息が聞こえてくる。

 目の前のセストさんからは「えっ?」という驚きの声が上がるが、そんなセストさんに追加の回復魔法をかけた。


 ――毛根元気! お肌つるぴか、クマも全てなくなーれっ‼︎


「……そんなシステムが?」


 二度目の回復魔法を受け、呆気に取られているセストさんに「そうなんですよぉ」と笑顔で答える。


 回復魔法っていったって、疲労回復や血行促進程度のことならば、そこまで魔力は必要ない。

 それに加えて頭皮や顔の肌と、場所を限定するなら使う魔力なんて本当に少しの魔力で済む。

 だから私のほうに大きな負担は無いと言っていい。

 ――それに……


「こうするとチヤチヤ度が跳ね上がるんで、クセみたいなものなんです」

「……だろうな?」


 私の答えを聞いて、呆れたように肩をすくめたのはエド様だった。


「……ったく、良いか? これは真似するなよ? これは力が豊富な嬢にしか出来ん芸当だ。 いざって時に力が使えねえんじゃ話にならねぇんだからな?」


 師匠も呆れたように、見習い仲間たちに釘を刺すように声をかける。


 ……相変わらず、私以外の見習いには厳しいよねー。

 魔力なんか結構使ったって、次の日には元通りだし、そもそもその程度なら誤差みたいな魔力しか使わないのに……

 ――ま、臨時で特例採用の私と違って、彼らは騎士団の正式な治癒師なわけだから……こう、いざって時の心構え――的なことも師匠である爺が教えなきゃなんだろうなー。


 ……確かに『健康な人の疲労回復ばっりしてたら魔力無くなっちゃったんで、その人のケガは治せません!』とか、絶対に許されないし、口が裂けたって言っちゃいけない言葉だわ。

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