第19話

「でも……誰かとちゃんとした家族になりたいです……」


 家のために不幸になるのが丸わかりの結婚は論外だけど、一人寂しくおばあちゃんになるのも怖い。

 ……そしてきっとすごく恥ずかしい。

 ――自分でも忘れかけてるけど私、現在“お嬢様”やってんの。

 これでこのまま結婚しないでずっと独身を貫いていた場合ね?

 たとえ五十を超えたとしてもって呼ばれんの!

 だってずっと結婚しないならずっと侯爵家のお嬢様だから!

 ……流石にキツすぎる。

 ――前イルメラがこの世からの卒業を視野に入れていた気持ちも少しは分かるよ……絶対やらないけどー。


 そんなことを考えつつ、不本意であることを全面に押し出すように唇を尖らせながらパウロ爺に訴える。

 その様子が子供っぽかったのか、唐揚げを頬張っていた兵士さんたちが、クツクツと肩を揺らした。


 ――……確かにご令嬢がするには不適切な表情だったようにも感じますわね……?


 気を取りなおすように背筋を伸ばしながら表情も引き締める。


「――……ほれおぇら、あんまりゆっくりしすぎて上司らと鉢合わせしても知らねーぞ」


 私と顔を合わせながら私の結婚話について話し合っていたはずの師匠は、露骨に身体ごと逸らすとその若い騎士さんたちに向かって苦言を呈した。


 ……え、イルメラの結婚って、そんな露骨にスルーしたくなる話題なんです⁉︎

 ものすごい無理やり、話題変えたじゃん……


「えっ、もうそんな時間?」

「今日は多いぞー」

「はー? ここ前線から遠くて穴場なのにー」


 不満を言いながら立ち上がり準備を始めた騎士たちに、私は肩をすくめながら理由を説明する。


「私が作ってくる差し入れ、今回から予算が降りることになってさ、騎士団の人なら誰でも食べられることになったんだよ」


 ――って言っても売り切れじまいだけどね。

 うちの料理長は優秀だけど、そこまでヒマでもないしー。


「――誰でも⁉︎」

「やべぇ、サボりがバレちまうっ!」


 あ、やっぱりサボってたんだ……?

 騎士たちはそう叫ぶように言うと、すぐさま剣を腰に差しテントの出入り口に向かおうとして――

 ほぼ同時に差し入れが並べられたテーブルを振り返ると、素早い動きで唐揚げを口の中に放り込み、両手にサンドイッチを持ってから、足早にテントを出て行った。


「――……もしかして騎士たちが貰っているお給料はとんでもなく少ない……?」


 討伐なんか肉体労働でしょ?

 ……ちゃんとしっかり食べられるぐらいのお給料は貰わないと……


 私の言葉にパウロ爺は肩をすくめると、ため息混じりに答えを口にする。


「――騎士は高級取りの部類だ。 だが……あの街で買えるパンやチーズなんぞより、お嬢の差し入れのほうが百倍はうめぇって話だろ」

「あらやだ……爺ってばお上手ぅー!」


 私は爺からの褒め言葉に、機嫌を良くすると、クネクネと身体をくねらせると、爺の腕を「このこのー」と言いながらつつきまくる。

 ――私は全然作ってないけど、作り方やレシピを教えたのは私だし、そもそも毎回「作ってくださいね」ってお願いしてるんだから、ものすごく大きくくくったら私が作った料理と言っても過言じゃ無いからねっ!

 料理上手だなんてそんなそんなー!


「――おべっかってわけじゃ無かったんだがな……?」


 ついでに困ったような師匠の呟きまで、バッチリ聞こえて、私のお鼻はさらに高くなったのだった。



 お昼もとっくに過ぎ去り、そろそろ慢心や油断からのケガ人が増え出す時間に差し掛かった頃――

 サッとテントの入り口が開けられて、1人の強面の騎士がテントの中に入ってきた。


「お嬢、その……治癒をしてもらえんだろうか?」


 そう声をかけられ、私はサッとその騎士を観察する。

 ――1人でここまで歩いて来られて、転んだような汚れも無く、調子が悪そうにも見れない……――加えて、どこかいたたまれないような雰囲気で私をご指名ってことは――ほぼ間違いなくの治療かなー?


「――こちらへどうぞー」


 私はニコリと笑いながら声をかけると、テントの中、施術所として衝立と布で区切られた場所へと誘導する。


 ……多分これ、厳密にいうと貴族令嬢にはご法度の“殿方と2人きり”に引っかかるっぽくって、毎回毎回私の中のイルメラちゃんがとっても嫌がってるんだけど……――大丈夫だよ。

 ここにはそんなイジワル言って足を引っ張るような人、一人も居ないし……――そもそも私の外聞なんかすでにボロッボロですから!


「それで……本日ほんじつはどうされました?」


 向かい合って椅子に座り合い、お決まりの質問を口にする。

 明らかケガしてる人には言わないけど、デリケートな問題だからそこ確認は大切だ。

 私の勘違いで、本当に腹痛とか我慢してるとかだったらすぐに治さなきゃだし。


「……疲労回復と、その……」


 私の質問にキョドキョドと、せわしなく視線を泳がせつつ口ごもる騎士。

 そんな様子に確信を得つつ、そっと言葉をかける。

 ――デリケートな問題だからね。

 表現とかも慎重に。


「――冬でも暖かく?」


 言葉は濁しつつも、ハッキリと伝わらなければ意味がないので自分のおでこ辺りをしきりに触る。


「う、む――そちらを頼みたい……」


 私の言葉が理解できたのか、強面の騎士は少し頬を赤らめながら鼻の辺りを擦り視線を逸らす。

 しかしそれでもしっかりと頷いてくれたので、私も笑顔で頷く。


「了解です。 ではさっそく始めますね」


 そう言いながら兵士の手を取ると、素早く回復魔法をかけていく。


 を入念に回復させることはもちろんのこと、疲労回復も頼まれていたので、全身に回復魔法が広がっていくようイメージしながら魔法をかけていく。


 ……後ろに人も待ってないし、念のためもう一回頭皮の回復入れとこ。

 ――頑張れ毛根! 負けるな頭皮‼︎ 目指せーフッサフサーッ‼︎



「――すまんな」


 手を離すと、騎士は申し訳なさそうに頭をかきながら謝罪の言葉を口にする。


「こんなのどうってことありませよ! ――お名前は言えませんけど、他にもたくさん来ていらっしゃいますし……」


 そこで言葉を切ると、内緒話をするように騎士に身体を近づけ口元に手を添えながら声をひそめた。


「――パウロ翁なんか「練習台になってやろう」とか言って、毎日回復魔法かけさせるんですよ? 絶対マッサージ代わりにしてると思います……」


 その言葉を聞いた騎士はフフと小さな笑いを漏らすと、どこかホッとしたような顔つきになり背筋を伸ばす。


「そうか――そう言ってもらえると心が軽くなる」

「治療しに来たんですから元気に帰っていただかないと! あ、それと今日の差し入れから騎士団の予算が下りることになったんで、しっかり食べて帰ってくださいね!」

「ほう! それはいいことを聞いた」


 強面の騎士は、明るくにこやかに答えるが……にこやかにしてても強面は強面……――悪い人じゃ無いってことだけは分かるけどー。


 いやー元気になってくれて良かったよ。

 爺には許可を得てるけどエド様には内緒でやってることだし……

 これで騎士の人が気に病んじゃったら元も子もないっていうか……


 ――騎士団のみんなが私たちの安全を守ってくれてるんだから、私が騎士団のみんなの笑顔を守るからねっ!

 ……主に毛根周辺に問題を抱えてる人たちの!

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