第18話
「――えっ 実家から⁉︎」
私はジーノさんからもたらされた言葉に、喜びと驚きの声をあげた。
「はい。 どうやら王都とバジーレ領でのやり取りの際、少しの手違いがあったらしく今になってしまったとのことで……」
――それ本当に手違い?
あわよくばイルメラ餓死計画とか進められてたんじゃない……⁇
だってお父様の器はお小さくていらっしゃるから――……
なんてグチを考えていた私の脳裏に、昨日書き終えてすでに出してしまった二通の手紙の存在がチラついた
「――え、待って……?」
本当だったら?
もし、本当にただの手違いが原因だったら……?
いや、本当だったとしても、私の生活費は潤沢に払われ始めた現状でだよ……?
それをぶち壊すような父や兄弟を詰るような手紙が爺婆に……?
いや――嫁に出した娘の旦那の浮気を告発する手紙を孫娘が……⁇
「なにぶん距離がございますゆえ……」
ジーノさんが申し訳なさそうに眉を下げて言っているが、今解決すべき問題は絶対にそこじゃない。
「違くて……え、どうしよう……」
「お嬢様……?」
明らかに挙動不審になった私を心配そうに見ているジーノさん。
しかし、安心とかさせてあげられないんだ……
むしろ安心させてほしいのは私のほうっ!
――私はすでに、手紙を出してしまっていますがっ⁉︎
「――どうしよう、ジーノさん」
自分でもわかるほどに血の気がひき、グラリと身体が揺れる。
「ど、どうなさいました⁉︎」
すかさずジーノさんが私を支えてくれるが、多分どうかしてしまうのはこれからなわけで……
だって……! だって私‼︎
「――お父様たちの、ちっちゃな器のせいだと思って、お爺様たちにおこづかいを無心してしまいましたぁっ⁉︎」
「――昨日の手紙でございますか⁉︎」
「その手紙ですぅぅぅぅ」
「た、直ちに開始させていただきますっ!」
「お願いしますううぅぅぅ⁉︎」
少しだけ動揺を見せたジーノさんだったが、それでもしっかりと頷いて「急ぎますので!」と立ち去る、とても頼もしいその背中に、私はほんの少しの希望を見出していた――
――拝啓、お父様、お兄様、弟様。
勝手に器がちっちゃいって決めつけてごめんね?
そこは悪いと思うけど……私を侍女0人でここに送り出した事はまだ許してないから。
それとこれとは話が別。
そこは……イルメラ、絶対に忘れたりしない。
◇
朝早くから簡単な修羅場を潜り抜けてからの討伐日当日――
風魔法を扱って迅速に配達を行なっている業者に手紙の回収を頼むことが出来たと言わら、ジーノさんから「これで絶対に回収することが出来ます」との太鼓判を押された私は、安心して当初の予定通り、たくさんの差し入れと共に討伐に参加していた。
(魔法使ってブーストかけてる業者より馬が早いなんてことない……よね? 馬だって休憩するんだから、お金払って急いでくれてる業者が絶対追いつくって説明……信じるからね⁉︎)
ほんの少しの不安を感じつつも、私は他の治癒師たちと一緒に、安全な場所に設置されたテントの中で……――
まだ森に到着したばっかりだし、今回はどうも魔物が少ないようで、まだそこまでケガ人が出てないんだよねー。
「うんめえぇぇぇ! お嬢、料理上手だなぁ⁉︎ 良い嫁さんになれるぞ!」
こんな時間に、医療班のテントに顔を出す人は、この騎士のように差し入れ目当ての人が多い。
「――随時募集中です!」
入れたばかりのお茶を手渡しながら、半分以上本気で冗談ぽく答えてみる。
しかし案の定、冗談だと取られてあはははーと笑われて会話が終了してしまった。
……――そこはさー? せめて「独身の奴に声かけといてやるわー」ぐらい言ってくれたっていいのに……
「――つってもなぁー……侯爵家のお嬢様だしなぁ……」
お茶をすすりながら、ボヤくように別の騎士が口を開く。
「ダメでしょうか……?」
確かにこれはうちの料理長のお手製だけど、私だって卵焼きと唐揚げくらいな出来るんだからねっ⁉︎
――完璧なフォルムのコゲ無しだし巻き卵と、冷めてもサクッと美味しい唐揚げとかはちょっとムリかもしれないけどっ……!
「――うちの領主様よりも、嫁の実家が格上ってのは……なぁ?」
「確かに……」
騎士たちはヘラヘラと冗談めかしつつ笑いっていたが、少し揺れるその瞳が「扱いにくすぎるだろ……」との本音を雄弁に語っていた。
「――結婚するためには家を捨てなければいけない……?」
え、でもさ? 私が侯爵家の人間じゃなくなったら、仕送りは完全に無くなっちゃって、あの屋敷からも出て行かなきゃでしょ……?
――そうなると……無一文の上、あの日本語の本も読めなくなっちゃって、美味しいご飯も作れなくなって……
あれ? 私の売りがほぼ消える……?
「んな事、お嬢んトコの執事様が許すわけねーだろー」
執事様っていうのはジーノさんのこと。
家令ってのは“主人不在の屋敷の管理を代行する人”のことだから、私が引っ越して来てしまった以上家令ではいられないとかなんとか……
――でもあの屋敷はお父様のものだし……そもそも、あの屋敷のお金関係だって未だにジーノさん任せじゃん……?
だから今も正真正銘“家令”なんだけど……
それでも侯爵家の私が住んでる以上、表面上は“私に実権を譲り、私の執事になった”って公言してくれてるのだ。
それとなく「家令に戻っていただいても……」と打診しても「
――誰がなんと言おうとあなたは私の執事でうちの家令ですっ!
「……許してくれません、かね?」
あそこまで優しいんだから、割と許してくれそうな気もするけど……?
「くれないだろー? あの人ことあるごとに“うちのお嬢様自慢”してくるからなぁ? お嬢が家を出る縁談なんか、破談にするに決まってる」
「ははっ おっかないねぇー」
「――
もうすでに貴族的な“幸せな結婚生活”なんて送れない事が決定しているこの私の縁談をぶち壊すとか……
いやあの優しいジーノさんがそんなことするとか……――え、ないよね?
「敵って……」
「……だって私、親がとんでもない婚約者連れてくる前に、とっととお嫁行っちゃいたいのに……」
なんたって、前の婚約者が当たりだと認識してたイルメラちゃんのご両親だよ⁉︎
――私だって、すぐさま嫁ぎたいわけじゃ無いけど、うかうかしてたら、どっかのお爺ちゃんの介護要員で後妻に行けとか、訳ありすぎて嫁の来てがない奴とか!
完全に家の幸せだけ考えた縁談持って来られる可能性は十分に考えられるんですっ!
だったら、貴族の身分捨ててでもちゃんと大切にしてくれる人の所に行きたい!
――イルメラ、幸せじゃなくてもいいから、不幸にはならない花嫁さんになりたいっ‼︎
「あー……」
私の言葉に、言葉を濁す兵士たち。
「――今は執事とはいえ、実質は侯爵家から家の管理を任された家令なんだろ? だったら、そこの令嬢が庶民に嫁ぐとあっちゃ、口も出すだろうよ」
今まで無言でだし巻き卵を摘んでいたパウロ爺が、鼻を鳴らしながら呆れた様子で肩をすくめる。
「それは……確かに?」
――下手したらジーノさんがクビにさせられちゃう案件だわ。
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