第16話

「よし決めた! 息子の不始末の蹴りつけようじゃないか! ――そうと決まれば、サクッと明日のメニュー決めて、お爺様たちに手紙書いちゃお!」


 私は中央の机に向かうと、引き出しからメモがわりの小さく切られた羊皮紙を取り出し羽ペンをインクに浸した。

 本当は料理長と材料の在庫とか含めて話し合って決めたかったけど、卵焼きと唐揚げはいつもリクエストしてるからきっと準備してあると思うし、メインをサンドイッチとかにして具材はお任せにしたら料理長にあんまり迷惑かけなくて済むなぁ?

 ――本当はサンドイッチよりハンバーガーのほうが好きなんだけど……――うちの料理長……というか、料理人たち小麦粉こねるところからパン作っててさ……

 そんなこだわり職人たちばっかのとこに『職場の人たちに良い顔しときたいから、明日はハンバーガー大量に作ってもらえる?』とか、間違いなく舌打ちされるレベル。

 ――料理長の料理はどれも美味しいからね!

 サンドイッチでも十分満足です‼︎

 ――予算が出るお弁当第一回目なのに、ちょっと手抜きで申し訳ないけど……次回から本気出すってことで。

 予算出たら料理長たちに少しだけでも手当て出せるかなぁ?

 

 ――で、やっぱり野菜もないとバランス悪いから、味噌ベースの肉野菜炒めとかも欲しい。

 これも野菜はお任せで……――味噌の在庫がヤバげなら塩コショウでも十分!

 あとは……スープだけはいつも現地で当日は作ってるし……まぁお腹はいっぱいになるかな?


 ――あ……なんか久々にコーンスープ飲みたくなってきた。

 ……でも流石に森の中でとうもろこし潰すとか絶対有り得ないかー……

 きっといつも通りの野菜とお芋とウインナーのスープなんだろうなー。


 ――でもコーンスープは本当に食べたくなっちゃったから、料理長にお願いして今夜はコーンスープにしてもらおっ‼︎




「――また討伐にご参加を……」


 料理長が少し立て込んでいるということを伝えにきてくれたジーノさんに、ならばこれで……と、さっき決めたメニューを書いたメモを手渡すと、それに視線を落としながら微かに眉間に皺を寄せ小さく呟く。


 ジーノさんは、私が森に出向くこと自体に反対の立場だ。

 私の身の安全を心配してくれていて「安全が確保されている場所で治癒するだけですから……」と、なんど説明しても「それでも危険です」と言って私が討伐隊に加わることにいい顔をしない。


「はい……なので、食材の在庫と相談しつつ作ってもらえればと……あと、今回の差し入れから騎士団の予算が出ることになったので料理長にはその提出もお願いしたいです」


 私は渋い顔をしているジーノさんに苦笑いしつつ、料理長への伝言を伝える。


「わざわざお嬢様が出向かずとも……」

「……本当に危険なところには絶対派遣されませんから」


 伯爵だって侯爵家の令嬢を森まで連れ出して怪我させましたー――なんて事態は絶対に望まない。

 私程度の治癒師を一人雇うメリットと侯爵家とのトラブルっていうデメリットが釣り合って無さ過ぎる。


 森っていっても、騎士団が定期的に間引いている安全地帯同然の場所だ。

 周りの木々も伐採されて見通しも聞くし……――ジーノさんも一度見てみれば分かるのに――とかは絶対言わない。

 確実についてきちゃうから……


 ――ここバジーレ伯爵領は国境。

 領の隣に隣接しているのは、ソラナス大森林と呼ばれる大きな森。

 そして――国境を守護している貴族たちの主な仕事は国境の警備や警護。

 ソラナス大森林に住まう、魔物と呼ばれる凶暴な獣たちから国境を――この国を守るのが最重要かつ重大任務なのだ。

 つまり――

 明日の討伐日で討伐するのは森に住む魔物たち。

 

 言葉の通じない凶暴な隣人たちへの――警告だ。

 ここまでが自分たちの領土だ。 ここから先には入ってくるなという。

 ――もうずっと長い間、魔物と人間は縄張り争いをしている、というわけだ。

 あとは、定期的に森に住む魔物を間引いていないと、繁殖力の強い魔物なんかが大量発生してしまう危険があるんだそうだ。

 ――魔物と一括りにいっても、その種類は多種多様で個体差もある。

 つまり魔物にも生態系や食物連鎖は存在するわけで……

 大繁殖した魔物をエサとする魔物がいれば、その豊富な食料につられて――と魔物がどんどん増えていく計算になってしまうんだとか。

 ……餌にならないほど強い魔物が大量発生なんて単純に笑えないし。


 だからこの討伐日はこの領土や領民を守るとても重要な任務だったりもするんだけど――


「十分にお気をつけを……」


 やはり渋い顔のまま面白くなさそうに頭を下げるジーノさん。

 

(絶対に納得しないよねー……)


 これだけ心配してもらって申し訳なく思うと同時に、どこか嬉しさも感じる。

 そのことに少しだけ罪悪感を感じ、本気で心配してくれているジーノさんが少しだけでも安心してくれるように……と、明るい声で答える。


「もちろんです! 今回だって特別に護衛騎士が付くんですよ? だから本当に心配いりませんって」


 治癒師に護衛の騎士が付くなんて、特例もいいところだけど……

 イルメラってば、再起不能とはいえ未だに侯爵令嬢だからねー。

 ケガなんてしちゃうと、めんどくさい事態にしか発展しないからねー。


「そのようなことは、当然でございます! ――多くの令嬢は自分の預かり知らぬことと、知らぬ存ぜぬを決め込むと言うのに……」


 あぁ……またジーノさんのぼやきが始まってしまった……

 ジーノさんは魔法を使うことにとても肯定的な人みたいで、私が騎士団で治癒師をすることには反対するどころか大賛成してくれてて、ことあるごとに他の貴族やご令嬢たちが魔法を使わないようにしていることへの不平不満をぶちまけている。


「どう……なんですかね? もしかしたら私みたいに大っぴらに――とかじゃなくても、こっそり力を貸している方もいたりして……?」


 人前で魔法を使うと周りから白い目で見られちゃうから使わないって人も……

 どこかには私みたいに魔法使ってみたい勢がいるんじゃない?


 ――大体、私だってマネーが発生しなかったら騎士団の仕事なんかしてないし、討伐にも同行してないよ?

 ……それに討伐に毎回参加しているのだって『あなたの力を貸して欲しい!』っていうよりは『美味しいご飯が食べたい!』ってのが本音だと思うし……

 ――これから先、私以外に美味しい差し入れ持ってくる新人が入ってきたら『お前連れてくと色々めんどいから留守番で』とか言われるような予感は感じているよ……?


「――なんと……なんと謙虚なっ ご立派でございます、お嬢様っ!」

「えええ……?」


 今の答えのどこに謙虚さが……?

 私は同志がいたら嬉しいのにな、ってつもりで言っていましたが……謙遜そうに聞こえましたか……?


 ――……まぁ?

 正直なところ……こうやって定期的に持ち上げてもらえることに、悪い気とかはしないんですけどね……?

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