第12話

 なにをどうたずねてものらりくらりと答えをかわされてしまうことに不貞腐れ窓の外を眺めてていると、やがて見慣れた建物ばかりになり、我がお屋敷に近づいてきたことに気がつく。

 内心ではいまだに不貞腐れていたが、気持ちを切り替えるように少し息をつき、エド様に向かって声をかけた。


「そろそろお手を……」


 いつものようにエド様に向かい、手を差し伸べると、あちらも「いつもすまない」と返しながら、こちらに向けて手を伸ばした。


「いえいえ」と答えながら、その手をそっと握りしめると、そこからゆっくりと回復魔法をかけていく。



  まずは簡単な回復魔法……うん。 体にたいしたダメージは無さそう。

 じゃ次は疲労回復。 血液が身体の隅々まで循環するように……手があったかくなってきたところで次は筋肉。

 緩めて骨からは剥がすイメージで……老廃物はリンパまで流して体の外に……――うん、もう良さそう。

 次は肌! シワもシミもくすみも無いプルプルお肌。 目指せ湯上がり卵肌!

 ……特に眉間のシワとクマ。

 無くなれー、消え去れー……よし!

 それでは最後に毛根! ずっと元気で活発なあなたでいてねっ‼︎


「――……楽になった」


 一通りのメンテナンスを終え手を離と、うっすらと微笑みを浮かべたエド様がどことなく嬉しそうに言う。


「良かったです」


 その言葉に充実感と達成感を感じつつ笑顔で返す。

 よしっ! 今日もまたエド様のイケメン度を高めてしまったゼ……!


 気を遣って毎日送り迎えしてくれるエド様へ、なにかお礼ができれば……と、申し出たこの回復だけど……――イケメンと毎日握手とか……ただ単に私のご褒美だったわ。




「――ではまた」


 屋敷に着くと、いつものようにエド様も馬車から降りて、きちんと玄関先までエスコートしてくれる。

 そして出迎えてくれたジーノさんたちに向かい一礼すると、綺麗や所作で私に向かい礼の姿勢をとる。

 ――いくらそれがマナーだっていったって、現役貴族でしかもここの領主様なんだから、こんな落ちぶれ令嬢にいちいちご丁寧な礼なんてすること無いのに……とも思うけど――これはエスコートした女性に対する敬意なわけで、やってないことが周りにバレると、エド様の悪評に繋がってしまう。

 ――貴族って本当にめんどくさい。


「送っていただき感謝いたします」


 私のほうもイルメラ仕込みの完璧な所作で礼を返す。

 そんないつものやり取りを終えて、一度は振り返り帰りかけていたエド様に、私も屋敷に入ろうとしたのだが、ふとなにかに気がついたように疑問を投げかけてきた。


「……――これからも討伐のたびに料理を?」


「……おそらくは? 私も皆が美味しいって食べてくれると嬉しいですし」

「――ならば後日で構わないので、それにかかった材料費や手間賃など、経理に精算を申し出てくれ」

「えっ⁉︎ でもあれは……――元々が私のお弁当だったもので。 それが好評だったから……職場にてるだけで……」


 そもそも治癒師たちに至っちゃ、自分から師匠や先輩のために用意しろとか言ってきたんだぜ……?

 それなのにその分まで経費で落としていいの……?

 ――日本ではそういうのを“不正の温床”と言いますが……?


「――最近ではパウロおきなたちだけでなく、一部の騎士たちも処置室に足繁く通っていると耳にしているが?」

「あー…… まあ、味見程度は⁇」


 来る理由は様々だけど……確かに味見して帰るのは本当だし……?


「そうなれば、もはや個人の差し入れをの域を超えている。 きちんとすべきだ」


 ――はっはーん?

 これは……完全に私のせいだな?

 私がさっき『生活がカツカツで……』的なことを言っちゃったからでしょ?

 あーあ……完全に気を使われるじゃん……

 これは――……悪いことしちゃったなぁ……


「あー……ええと……――だったら、次からはエド様のお好きな物、たくさん作って行きますね⁉︎」

「……私の?」

「はいっ! エド様が予算を割いて下さるなら、心置きなく沢山作ります! どれを作るかは私に任されていて、エド様はスポンサーになったわけですから……少しぐらいワガママ言っても許されるでしょう?」

「……かもな?」

「だからエド様も絶対食べに来てくださいね? ……セストさんがこの間ぼやいてましたよ? 「エド様は忙しいと、すーぐご飯を抜いちゃうんですよー」って」


 そんな私の軽口に、さっき念入りに伸ばしたはずの眉間にシワが寄る。

 その様子に、気分を損ねてしまったのかと慌てて言葉を重ねる。


「えっと……私が持っていく料理、この辺りじゃ見慣れない料理で最初はびっくりしちゃうかもしれないけど、食べてみたら気に入ったった人多いですよ? 騙されたと思って、一回食べてみませんか⁉︎」

「う、うむ……」


 慌てる私に気まずそうに答えるエド様。

 ……うん? いや、気まずそうにというより……恥ずかしそう⁇

 そういえば、師匠がだし巻き卵の話出した時も、変な反応見せてたけど……――これはまさか……?


「――もしかして」

「な、なんだ……?」


 私の言葉にギクリと顔がこわばる。

 ……はっはーん?

 これはやっぱり――


「エド様、好き嫌いが激しいんですね?」

「――違う」


 えー……そんな、一気にスン……って表情を消さなくったって……


「違うなら食べに来てくださいませんか? エド様に一口も食べていただけないのに騎士団の予算を使うのは……それに――自分で言うのもお恥ずかしいですが……結構好評なんですよ?」

「その話は私も耳にしている――そこまでいうのならば……その……甘めの卵焼きとやらを……リクエストしてもいいだろうか……?」

「甘めの……?」


 だし巻き卵ではなく? ……あれ? 私そんな話ししたことあったっけ⁇


「――ダメだろうか?」


 たずね返した私に、どこかしょんぼりしているような空気を漂わせつつたずねられ、思わず「まさか! 明日は甘い卵焼き作っていきますねっ」と、答えていた。

 ――おかしいな。 ほんの一瞬、エド様の頭にふるふると伏せられた、真っ黒な犬の耳が見えた気がしたよ……

 ――いやでも、最近は爺のリクエストでだし巻き卵ばっかりだったし、卵焼きは甘い派のためにも今回は二種類持っていこう! いいじゃん別に! だし巻き卵と甘い卵焼き持ってったって‼︎

 私はどっちも好き!


「そ、そうか……?」


 ツンと澄まし顔をしつつも、私の答えにどこか嬉しそうに頬を緩めたエド様に、私の頬がそれ以上の緩みを見せる。


「たくさん準備しますからね!」

「――楽しみにしてる」


 そう言ったエド様は嬉しそうにふんわりと優しく笑う。

 その微笑みはほんの一瞬ですぐにキュッと表情は引き締められてしまったが、軽く一礼して踵を返すその背中を見つめながら、私はその笑顔を頭の中で何度も思い返し幸せを噛み締める。


 ――くうぅぅっ‼︎

 イケメンのふんわり笑顔っ‼︎ ごちそうさまですっ‼︎

 いいもん見たわー。 寿命伸びるぅー。

 エド様ってば、綺麗属性にクール属性だけじゃなく、可愛い属性まで持ってるとか……最高かよ。


「――イルメラお嬢様……?」


 エド様がなった馬車が我が家の敷地を出ていってもしばらく見送り続けていた私にジーノさんが困惑気味に声をかけた。


「はっ⁉︎ ――……いっ今、入ります! あの……ただいま戻りました……?」


 完全に自分の世界に浸っていた私は、色々取り繕いつつ、引きつる顔に笑顔を浮かべるが……ジーノさんはニコリともせずにいつものように深々と頭を下げた。


「……お帰りなさいませ」


 いつも優しいはジーノさん。

 でもその日のその言葉には何やら含むところがあったような気がしてなりませんでした…… 

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