第9話

「だいぶ馴染んだようだな?」


 屋敷への帰り道、いつものように馬車に揺られていると、向かい側に座っていたエド様にそう話をかけられる。


 その顔には、薄っすらとではあったが優しい笑みが浮かんでいて(ああ、私本当に騎士団に馴染めたんだなぁ……)と、実感しつつその喜びを噛み締める。


「皆さんが良くしてくれますから……」


 ニンマリと緩む頬を誤魔化すように、手で口元を隠しつつ、当たり障りのない言葉で答える。


「――貴女も、良くやっていると聞く」

「……――それは、私が稼がないとお屋敷がいつまで経ってもあのままなので……」


 急に現実を突きつけられた私は、癒しのイケメンタイムを強制終了させ、馬車の窓の外に視線を送る。

 そしてさらに遠くを見つめながら、そっとため息を漏らした。


 ――私の今の家。

 強制的に収容された屋敷だったが、一人で住むには十分――いや一人では掃除もままならないほどに大き過ぎる立派な屋敷だった。

 建物も庭も十分広く、真っ白な壁に赤茶色の屋根、そして広大な庭には大きな噴水に石像が立ち並び、色とりどりの草花が植えてある。

 それはそれは、とっても素敵なお屋敷だったのだが――


 ……その中身がねー。

 外見はまだマシなのよ。

 遠くから見る分には十分に豪邸。

 ……でも一歩、中に入ると……廊下の絨毯は擦り切れてぼろぼろ。

 壁紙は限界を迎え、誰も触ってないのにポロポロと落ちてくる。

 ……数人のメイドさんたちがずっと掃き掃除をしているのは、絶対にこの劣化壁紙のせいだと思ってる。


 それに加え、壁や天井に使っている板材が経年劣化により縮んでしまったからなのか、屋敷のそこかしこで隙間風や雨漏りが発生中。

 家令としてこの屋敷を切り盛りするはずだったジーノさんなんか、仕事内容だけでいったら屋敷の修理係になってしまう……


 ――しっかりお金貯めて、応急処置ではない修理をしないと、うちの使用人さんたちが過労死しちゃう!


「……侯爵家は未だに?」


 私の様子にエド様は少し気まずげに視線を揺らし、言葉を濁しつつたずねた。


「その……わたくし――こちらに来てすぐ、父と兄弟のプライベートなことを暴露――公開してしまったようで……まだ怒られてるみたいです……」


 ――まったく! 金払いが悪いったらないよねっ⁉︎

 女遊びをバラされた程度で、私の生活費全然送ってこないとかある⁉︎

 私が町娘であったとしても無一文でなんか、生きていけねぇからなっ!


「……でもその代わり、母におねだりしたら古くなった宝石やドレスを送ってくれたので、それを売って食いつないでます!」


 お母様はお父様に新しいのをたくさん買ってもらったみたいだからねっ‼︎

 でも欲を言うなら現金が良かったです、お母様!


「食い……」


 私の答えを聞いたエド様が、ヒクリ……と頬をひきつらせながらも、無理矢理な愛想笑いを貼り付ける。


 おっと、またやっちゃったよ……気を抜くとすぐお言葉がおみだれに……


「――日々をつつがなく過ごしておりますの」


うふふーっと、大袈裟なほどこ笑顔を浮かべて、ごまかすように首をかしげてみせる。

 ――本当、動きだけは相変わらず完璧な対応のご令嬢なんだよなぁ。


「……そうか。 しかし屋敷の修復作業も、イルメラ嬢自ら手を貸してしていると聞いたが?」

「それは、まぁ……?」


 私だってめんどくさいけど……――だって、みんなせっせとお屋敷を掃除して修理してくれてるのに、生活費すら実家から引っ張ってこられない私が手伝わないとか……

 そのせいで誰かが過労で倒れでもしたら、どうすればいいのかと……――いや、回復魔法ぐらいはかけさせていただきますけれど……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る