第7話
あの暴漢魔未遂事件から数日後。
引越しのあれやこれも、お屋敷の使用人さんたちのお陰ですっかり終わり、そしてそれに加え、私は無事にバジーレ家の騎士団の医療班、そこの治癒師見習いとなっていた。
多少のご迷惑をかけつつ、周りの方々に多大に気を使わせながらも、毎日治療師としてたくさんの魔法が使えて、とても充実した日々を過ごしている。
「へぇー腰が痛いのに、背中も治すんだ?」
今日は怪我は怪我でも、体の中の怪我、いわゆる内科的治療のお勉強だ。
ここはバジーレ伯爵家の敷地内にある訓練所。
その片隅に治療兼治癒師たちの仕事場として真っ白で立派なテントが建てられていて、実際の患者を治療しながら見習いたちに治療のやり方を教えていくのだ。
――つまり今日の怪我人が落馬で腰を強打した騎士だったわけだ。
落馬とかで背骨を強打したり、打撃などで内臓を痛めてるような、治すべき傷が直接は見えない患者の治療法かぁ……患部が見えないのはちょっと不安だなぁ……
――まぁ、怪我が見えてるやつはそこを治せばはい終わりーだから、訓練もなにもないんだけどー。
「そうだ。 腰や背中、そこに大きなダメージを受けたやつはひと通り治してやれ。 そうじゃねぇと、怪我は治ってるはずなのに、足が動かなかったりマヒが残る奴が出てくる」
パウロ
――さすがは責任者。 つえー。
このちょっと小柄ではあるが眼力鋭い頑固そうな白髪混じりの短髪ツンツンお爺ちゃんが、この度私の私の師匠となったパウロ
師匠とか、先生って呼ばれ方を嫌い、爺呼びを好む、ちょっと気難しく変わった人だけど、教え方も治療方法も単純明快で分かりやすく、不安になりにくい治癒師だと思う。
パウロ爺の説明を少々手こずりながらメモしつつ、その様子をジッと見つめる――が、少し長く見つめてしまったのか、羽ペンから垂れたインクが羊皮紙に大きなシミを作っていた。
――あーもう……――この羊皮紙に羽ペンがさぁ……
最初はえっこの世界の筆記用具羽ペンと羊皮紙なんですか⁉︎ カッコイイ! なにこの携帯用のちっちゃい羽ペンとちっちゃいインク瓶内蔵の羽ペンケース! かわよっ! ……とか思ったけど……――正直、すでにボールペンが恋しい。
そうだよねぇ……? 快適に使えるものだったら、現代社会だって使ってる人がいたっておかしく無いもんね……?
しかし腰や背中かぁ……――ん? そこに強い衝撃でマヒ……ってことは……
「あっこれ、脊髄やっちゃってる系の怪我?」
「……せきずい?」
私の返事に、パウロ爺が眉をひそめながら少し首を傾げる。
……あれ? 脊髄って名前だと思ってたんだけど……違ったっけ⁇
「えっと……背骨の中を通ってる、大きな神経がある……じゃん? 損傷してると手足にマヒが残るやつ」
「マヒ……」
「だから動かなくなったりするって話なのかなって……――ごめん、名称とかはちゃんと覚えて無いかも……?」
元の私にもイルメラの知識の中にも医学の知識なんてものが無いもので……
こんな風に困惑させるの何度目なのかと……――不出来な弟子ですまねぇ……
「――背骨の中の神経、な?」
「……あれ違った? 周り……だっけ⁇」
え、まさかそこから違ってる⁉︎
「……――まぁとにかく、腰や背中打ったやつは全部だ」
フン……と鼻を鳴らしつつ、出来の悪い弟子でもすぐに理解出来る説明を、ごくごく簡潔に披露する爺。
――だよね? 全部治せば健康よね⁇
なんて分かりやすい説明――教師の鏡やで……
「りょうかーい。 全力で全部治せば問題無し……っと。 ――あ、首とか頭も入る?」
脊髄なら繋がってるし、マヒは脳が損傷受けてもなっちゃったはず……だよね?
新しい説明を羊皮紙にガリガリと書き込みながら、パウロ爺に確認を取る。
「首?」
治療を進めながら、こちらにチラリと視線を返しながら聞き返してくる爺。
「あれ? 首は大丈夫なの? ……でも背骨って、頭の付け根から腰まで繋がってるでしょ⁇」
……あれ? 私またトンチンカンなこと言ってる⁇
――でも合ってるよね? 首の骨が背中に続いてて……――あれ? 厳密には別物扱いだったりするのか……⁇
「……まぁ、全部直しときゃ問題ねぇんだよ」
私以外の見習いたちからもチラチラと物言いたげな視線を向けられ始め、不安に襲われ始めていた私に、爺のなんともありがたくも分かりやすいお言葉がかけられた。
「――なる。 了解!」
――私この師匠大好き。
こう……どこか適当というか、でもこちらのレベルに合わせて分かりやすく話してくれるから!
「極論、どこをどんなやり方で治療しようとも、最終的に健康になっていれば問題ない!」という、少々強引な自論を持つ自慢のお師匠様――おっと。 爺なのだ。
説明を一通り受けた後は、師匠や先輩たちの監視付きで、実際に治療をしてみる。
今日は新人騎士たち初めての、騎乗しての戦闘訓練の日だそうで、落馬で運び込まれる患者が後をたたない。
練習にはもってこいの日だねっ!
――大丈夫! 確かに私は新人だけと、そんなに不安そうにしないで⁉︎
私の後ろには師匠やベテラン勢が控えている!
だから、結果的には
「――おい、声かけとけ?」
気合を入れて頭から腰まで念入りに回復魔法をかけていると、背後でベテラン勢が何やら話合いを初めていた。
「……?」
なんの話なのか気になり、治療の合間に後ろを振り返り、首をかしげる仕草で、なんの話なのかをたずねる。
「――残業の話だ」
「私もします?」
しっかりと治療は続けつつも、後ろとの会話に加わる。
個人的事情により、残業するとなると、すぐにでも連絡を入れなければならない相手がいるのだ。
「させられるかよ。 嫁入り前のご令嬢はとっとと帰んな」
ベテラン勢の一人に冗談めかしてそう言われるが……その話題って、割と笑い事ではないのよ……?
思い出したくない現実を少しだけ思い出してしまった私は、少しだけ肩を落として見習いたちの治療を見回っていた師匠に視線向ける。
「……爺――私ちゃんと嫁に行けるかなぁ……?」
もしかしたらこのままずっと独身だったり……
「――今はそんな心配してねぇで、とっとと終わらせろ」
「うぃ……」
呆れたような師匠のため息に背中を押されるように、患者に向き直る。
すると少しだけ不安そうに視線を揺らしている、患者である騎士の人と目が合い、ヘラリ……と愛想笑いを浮かべ、ごまかすように回復魔法を再度かけ始めたのだった――
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