第6話

「――どういうつもりだ……?」


 イルメラが退出してすぐ、エドアルドは執事であるセストを睨みつけた。


「先に誘いをかけたのはエド様ですよ?」


 睨みつけられた執事――セスト――は肩をすくめながらヘラリと笑って答えた。


「あれは……」


(ほぼほぼ嫌味のようなものだろう……?)と、口には出さずに視線だけで語りかける。

 的確にエドアルドの意図を読み取ったセストだったが、わざと気が付かなかったふりをして「まぁまぁ……」とエドアルドをなだめながら言葉を続けた。


「いいじゃないですかー。 たとえ本当に力が弱くても、回復魔法持ちが月50Gで雇えたんですよ?」

「――相手が悪すぎる……万が一にも侯爵家の不興を買ったらどうするつもりだ……?」

「……それは怖いですが――あの方はもう社交界には戻れないでしょう? ……家が切り捨てることを決めたんです。 もっと金銭的に余裕がない家ならば、不祥事をでっち立ち上げて、修道院送りになっているとこですよ」


 セストは自分でそう言いながらも、そんな非道な行為に嫌悪感から顔をしかめた。


「あの方には何の非も無いだろうにな……」

「……へぇ?」


 エドアルドの言葉を聞いたセストは、大きく目を見開きながらマジマジと主人を見つめ返した。


「……なんだ?」

「――いいえー? ……ただ、エド様がご令嬢に気を使うなんて、珍しい事もあるものだなぁーと?」


 セストはからかうように意地の悪い笑みを貼り付けながら、おどけるように言った。

 しかし本心から(珍しいこともあるものだ……)と、感心していた。


 先代に急死されてしまったエドアルドは、婚約すらまとまっていない状況だった。

 その為、結婚すればすぐに伯爵夫人の座につけると、数多くのご令嬢や周辺の貴族たちに狙われた結果、軽い人間不信――その中でも特に、若い未婚の女性に対し絶大なる不信感を持つようになっていたのだ。


「……笑っていたからな……」

「あー……? たしかに能天気そうな方ではありましたね? 自殺防止の為にと、わざわざ金まで払って屋敷に使用人を多くを配置してもらったんですが……――あれじゃ無駄になりそうです」

「――……その時までは当然のように信じてきた未来が突然奪われる……そんな中、あんな風に笑える方は珍しいと思っただけだ」


エドアルドは窓の外を見つめ、急に逝ってしまった、今は亡き父親の姿を思い出していた。


「エド様……」

「――さて。 明日からはお前のお手並み拝見だな」


 少し湿っぽくなってしまった空気をかき消すように、エドアルドはわざと明るい口調で話しかける。

 そして、ニヤリと人の悪い笑顔を浮かべると、キョトンとしているセストを見つめ言葉を続けた。


「お前が雇ったようなものだ。 しっかり様子を見ておくことだな」

「――……いやいやいや⁉︎ 初めにお声掛けをしたのはエド様なんですから、そこはエド様でしょう?」

「私に押し付けるな」

「冷静に考えてくださいって! 相手は侯爵令嬢ですよ?  俺なんかじゃとても……格が違いすぎますって! ――あー……すぐに不興を買っちゃうんじゃないかなぁー⁇」

「お前……」


 わざとらしい態度ではあったが、セストの言い分には、それなりの説得力があった。

 納得してしまったエドアルドはそれ以上の文句を引っ込めるしかなかった。

 だが、だからといってすぐに納得出来るわけもなく、そのまましばらくヘラヘラと笑う幼なじみ兼、執事のセストを無言で睨みつけるのだった――

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