第5話

「えっと……?」


 伯爵は私の実力を勘違いしているんだろうけど、誘われたから了承しただけなのに、まさかそんな反応が帰ってくるとは思わず、頭を上げた私はたずね返すようにゆっくりと首を傾げるた。


 しばらくそのまま無言で見つめ合っていると「では明日からお願いできますかぁ?」と、伯爵の後ろにひっそりとたたずんでいた執事が愛想よくニコニコと笑いながら、私たちの会話に加わった。

 伯爵よりかは小柄で、どことなく猫っぽい雰囲気の茶髪の男性だった。

 ――初めて、まともにこの人を見た気がする……


でも、明日からかぁ……私今日ここに引っ越しできたのに――……いや、そもそも私お嬢様だったわ。

 それにイルメラも、出発前(あんなにたくさんあったドラスやお帽子がこれっぽっちになっちゃった……)って嘆いてたし……

 ――最悪、荷物の片付けやってもらえなくても、それならそれで明日やらなくてもいいし……

 ――やっぱり私、たくさん魔法使ってみたい!


「分かりました――あっ⁉︎」


 答えた瞬間に、肝心なことを聞いていないことに気が付き、淑女らしからぬ声が私の口から飛び出した。


「――何かございましたか?」


 そんな私の態度に、ピクリと少しの反応を見せつつも、ニコニコ顔を崩さずに執事はたずねる。


「あの……」


 私は伯爵や執事をチラチラと見つめつつ、モゴモゴと言葉を濁す。

 ……本当はご令嬢がこういう場で、お金の話持ち出すなんて、大変よろしくないんだけど……今のイルメラには代わりに聞いてくれる侍女も使用人もいない……つまりは自分で聞くしかない。

 ――大前提として、騎士団に所属してご迷惑をかけることになったとしても、タダ働きはイヤ。

 イルメラお嬢様で、多分生活費とか潤沢だと思うけど、だったとしても“やりがい搾取”なんか絶対許さない。

 ――だけど私の中のイルメラの知識が『ここで直接的な発言なんかしたら、非常識で恥知らずだと思われる!』って強く強く訴えてくるので、気がついてほしいなぁ……と、チラチラと執事だけではなく伯爵にも視線を送ってみるが、二人とも首を傾げるばかりで、私の用件について気がついてくれる様子はない。

 ――これ私が聞くしか無いやつだわ……


「その……騎士団に所属、となりますとその……発生すると思うんですけど――」

「発生……守秘義務的な話でしょうか?」


 執事が伺うように答える。


「あー……それも大切だとは思うんですけど、もっとこう身近なものといいますか……」

「――回復魔法の使い手なのだから、当然配置場所は医療班となるが?」


 伯爵は、なにを当たり前のことを……という顔つきで答えるが――こちとら配置場所なんか気にしてねぇんだわ!

 ……ダメだ。 これ直接聞くしかねぇわ。

 私の中のお嬢様としての常識と、やりがい搾取許すまじの精神が戦って、あっけなく許すまじの精神が圧勝した瞬間だった。


「――その……謝礼的な……? もしかして最初は見習いって扱いなんでしょうか? ――そうしますと……減額、ですかね? まさか無給ってことは……?」


 圧勝はしたものの、やはり自分の中にある非常識な振る舞いをしているという感覚に、頬が赤く染まり、目の前の二人をまともに見ることが出来なくなる。

 チラチラと二人に視線を向けながらも、膝の上に置かれた指先が勝手にモゾモゾと動き回る。


「あー……給金――いえ、謝礼金ですかー。 ……いかほどで?」


 ようやく私の言いたいことを理解した執事が、令嬢の口からとんでもない言葉を聞いてしまったと、気まずそうな笑顔を浮かべながら伯爵に話を向ける。

 伯爵はその言葉にふむ……としばらく考えを巡らせてから口を開いた。


「――……では、月50Gでは?」


 その問いかけを受け、私は赤くなっていった頬が革張り少しづつ熱を失っていくのを感じていた。

 ……ヤバい。

 さらなる問題が発覚。


「50G……ですか」


 ――どうしよう。

 その金額が多いのか少ないのかイルメラ分かんない……

 だってイルメラは正真正銘のお嬢様だから!

 お買い物する時にお金出した記憶とか、そういう知識とか! この体の中に全く無いんですけど⁉︎


 え、Gっていうのはゴールドってことでつまりは金貨だよね?

 ……それが50なんだから……――え、貰いすぎ……⁇


「……ご不満、でしょうか?」


 伯爵からの問いかけにに答えず、再びチラチラ、モジモジとしだした私に、今度は執事が首を傾げつつたずねてきた。

 私は観念して、いま感じている困惑をそのまま口にすることにした。

 お金を要求したのは私なのに……

 なんでイルメラはお金の価値を知らないの!

 ……お嬢様だったからなんだろうけどー!


「――……その、ごめんなさいね? そういうものの相場をよく知らなかったもので……」


 訳もわからずお金だけ求めてごめんね⁉︎

 でもやっぱりやりがい搾取は絶許だし、かと言ってイルメラの知識には、誰かの給料の話なんてかけらも無いの!


「あー……兵の中には月25Gという者も……」


 私の答えを聞いた執事はヒクリと動いた顔をごまかすように、ポリポリと人差し指で頬をかきつつそれでも笑顔で答えた。


 ――つまり月25Gでやってけるってことね?

 あれ……それってつまり1Gって1万程度ってことにならない?

 ……それが50枚⁉︎

 私の力ってば弱々よわよわなのに⁉︎


「――えっ、私 そんなに貰えるんです⁉︎」


 あまりの好待遇に驚き、身を乗り出して大声を出すという、淑女としてあるまじき態度をとった私にも動じず「――……働き次第では昇給も認めよう……?」と、さらなる増加の可能性までもを提示してくださる、太っ腹な素敵伯爵様。

 

「――末永くよろしくお願いしますっ‼︎」


 月50万という、あまりの高待遇に思わず立ち上がり、撤回される前に握手とかしてこの口約束に少しでも抑止力を!

 ……とか考えた、浅はかな私が伯爵に突撃すると――

 ギョッと目を見開きつつも咄嗟とっさに己を守ろうと重厚な椅子ごとサッと後ろに身を引いた伯爵と、同じようにギョッと目を見開いた執事が、襲撃者から主人を守ろうと、私たちの間に無理矢理体を割り込ませる姿だった……

 ――あかん。 完全に私が襲撃班。


「――あの……ちがくて……」


 なにをしでかしたか理解した私が、オロオロと視線と彷徨わせつつ、誤解だということを伝えようと伸ばした手を隠すように背中に回すが、二人がその警戒心を解いてくれるには、私が思っている以上の時間が必要なようだった……


 あの、驚かせて本当にごめんなさい……

 ――イルメラ反省。

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