第66話


 いぶりーが選んだクエストは、レベルにして187。

 第一ロビーの一線級のプレイヤーが命懸けで挑む難関クエスト。


「今度こそサクっと終わらせますわよ!」


 いぶりーの魂が熱く震える。


「レベル180台……工場地帯……対妖魔戦……エンドコンテンツ……」


 端末でクエスト情報を確認するナフルの顔から表情が抜け落ちる。


「はぁ、今日が初ロストかぁ……一年と半年、私らよく頑張ったよ」


 ラシーヌは目元を濡らす涙をハンカチで拭う。


「ってゆーか逃げ回れば時間切れで生還、ワンチャンあるハズ」


 ナフルは端末の画面を切り替えて、作戦エリアの範囲を表示して逃走ルートを確認し始める。

 横から覗き込んだいぶりーは感嘆の溜息を漏らし、


「ナフルさん、さすがやる気ですわね! このエリア、索敵をお願いしますわ」


 ナフル、思わずジト目になるがいぶりーは気にした様子もない。


「……コジョちゃんたちお願いね」


 不満そうに言うと、足元に十五匹のオコジョに似た小動物が現れる。

 そのうち一匹はナフルの肩に飛び乗って、それ以外がそれぞれ四方に散ってゆく。

 群体型サーチャーの腕の見せ所である。


 そんな三人は心を一つに作戦エリアである工場地帯を駆け抜ける。

 そして……


「ばかばかばーか! 何であんな頭おかしいのと正面から戦わなきゃなんないのよ!」


 ラシーヌの視線の先には巨大な倉庫を超す体高を誇る巨大な腐肉の塊が見える。


「さすがにくっせーですわ!」


 鼻をつまんで叫ぶもののいぶりーの声は明るい。

 いぶりー自身は、リトラからレベル200を越えなければソロでも問題ないというお墨付きをもらっているから気楽なのだ。

 野良パーティ―なのにこういうクエストチョイスをするあたり、随分とクランのメンバーに毒されているが本人に自覚がなく質が悪い。


 ナフルはせり上がってくる吐き気を堪え て恨みがましくいぶりーを睨むが一向に気付く気配はない。

 むしろそんなナフルの表情をやる気あり、とテンションを上げている。


 そんな三人に相対するは、崩れ落ちた人間を粘土のように練り固めたような不気味な多腕多足の腐肉塊。

 複数の手足が動くたびにグズグズに腐った組織が地面に落ちて飛び散り、臭気を撒き散らす。

 その昔、豪華客船が沈没し、犠牲となった人々の肉を肉体として取り込んだ妖魔である。

 そういう設定である。

 ドブの底に溜まったヘドロに腐った生肉が混じったような臭いに満たされる。


「うぅ……鼻がおかひい……涙とまらない…………イブ、絶対に迷惑プレイヤーとして晒すから。覚悟しといてよね」


 鼻をつまみながらしゃべっているせいかナフルの声は酷く震えてくぐもっている。

 ナフルが異能像エイリアスによってあの巨大な腐肉を発見した際も、五感をリンクさせたせいで悪臭をもろに嗅いでしまい涙と吐き気が止まらないのだ。


「さぁ、後は倒すだけ、さっさと終わらせますわよ!」


 悪臭の中、飛び出すいぶりー。


「マジで馬鹿なの!? あんなの暴れたら巻き込まれちゃう。止めるよナフル!」


 走り始めるいぶりーの背中を慌てて二人が追いかける。





 そして次に気が付いたのは、


「はっ、ここはリザルトエリア? 一体何が……もしかして死んだときもここに来るってこと?」


「でも待って、ライフが減ってない。バグ?」


 二人の最後の記憶はいぶりーを追いかけたところで途切れているが、ボスの気配に耐えられず気絶しただけである。


「ボスを倒したからに決まってますわよ」


 巨大な奇形フレッシュゴーレムともいえる腐肉の塊は、いぶりーの能力によって溶断され、燃え上がり、溶解し、後に残るのは再凝固した黒い塊が地面にこびり付いているだけだった。


 リザルトエリアの空中モニターに映し出される工場地帯では、都市軍と衛生局の職員達が炭化し、再凝固した組織片を回収している光景が映し出されている。

 クリア時の評価はS。

 よくよく見ればクリアレコードを大きく更新してトップである。


「三等分しても報酬はそれなりですわね」


 いぶりーがメニューを操作し、報酬を当分で配布し終えるとリザルトエリアは役目を終えたとばかりに徐々に消えてゆく。


 三人は、再びプレイヤーの行きかう雑踏の中へと帰還する。


「それでは、いい時間ですので私そろそろ帰りますわ。レオとジョゼによろしくお伝えくださいませー!」


 いぶりーは言うだけ言うと雑踏の中に消えてゆく。


「いぶりーってあんな強かったっけ」


 ラシーヌが呟けば、


「まぁ、ラシーヌよりは強かったよ……」


「え?」


 かつてない衝撃がラシーヌを襲った。




 いつになくご機嫌で、足取り軽くクランハウスへつながるポータルを潜るいぶりー。

 妙な連中に絡まれて一日が台無しになるかと思いきや、思わぬ再開もあって気分が妙に高揚していた。


「ただいま帰りましたわー!」


 玄関の引き戸を押し開ければ妙に静かで、冷えた空気が流れてくる。


「誰もいませんのー?」


 返事はないが、玄関には確かに仲間の靴が並んでいる。


「っているならお帰りくらい言って欲しいですわね!」


 どたどたと玄関を上がって居間へと向かう。

 そして目にしたのは、


「ん゛~! ん゛ご~! ぅう゛~お゛――――!」


 ロープで簀巻きにされてのたうち回るシスコの姿。よく見たら口はガムテープで塞がれている。

 立ち上がろうとするたびに、


「しすこ、め!」


 ロープの端を掴んでいるごろーが引っ張って転ばせている。


「なんですの、これは……」


「ん、おかえり」


 初めて気が付いたのかごろーはいぶりーに小さく手を上げる。


「た、ただいまですわ……」


 何だこの状況は……思案しようとしたら今度は部屋の隅に目が囚われる。


 壁に向かって体育座りをするのは、見間違いでなければキヨカである。


「すまぬ、この通り。我の考えが足らなかったのだ……」


 そんなキヨカに向かって土下座するのはリトラである。


「え? え? え? 一体何があったんですの!?」


 

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フルダイブ地獄(仮) ジョージ・ドランカー @-hrwu-g

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