第65話


 いぶりーが向かった先は第一ロビー。

 かつてのホーム、懐かしの故郷である。

 相も変わらず第一線でデスゲーム解放を目指すプレイヤー達が集まる場所だ。

 そうした者達の周りには良くも悪くも人が集まるもので、以前にも増して賑わいを見せている。

 そんな場所に態々出向くのは、流石に一年以上も経過していれば自分の事を覚えている奴も減っているだろう、という理知的な分析と高度な予測があってのことだ。


「はぁ、碌なパーティー募集がありませんわね……」


 クソみたいな低レベルの募集ばかりですわ、ちょっと前までの自分の立ち位置を忘れたかのような愚痴をこぼしつつも最上位のチェックボックスをタップしてからランダムマッチングを行った。


 いぶりーとしては、今すぐクランハウスに帰ったとしてもまだ誰かいるかもしれない、かといって何もせずに時間だけ潰して帰るのも据わりが悪い、ということで適当に野良パーティーに混じってひと汗かいてから帰る腹積もりである。


 そしてマッチング。

 いぶりーを出迎えたのは、


「げ、イブ」


「うわぁ……」


 野良パーティーのメンバーの中にはデスゲーム開始以前に苦楽を共にしたかつての仲間、ナフルとラシーヌの姿があった。


「くっそ失礼ですわね!」


 そんなかつての戦友と旧交を温めつつもクエストに出発。


「はぁ!? 何でコンビニがありませんの!? 大きな公園の近くなら普通ありますわよねぇえ!?」


 白神山地もかくやの国立公園でキャンプを挟みつつも大自然を満喫。


「バカなの? 自然保護区だからないよ。概要欄読もうよ」


「あと、そこら辺燃やさないで。報酬減らしたくないから」


 かつての仲間、ナフルとラシーヌから有難くも懇切丁寧に注意点を教えられつつ、他のパーティーのメンバーとも交流を深める。


「はぁあ!? 交代で見張りぃ? そんなのやりたい人がやればいいのですわ! 私はもうお眠なので寝させていただきますわね。そもそもホテルの予約もまともに出来ないのが悪いのですわ! 反省して出直してきなさいですわ!」


「やめなよ、イブ」


「無茶言わないで」


 ナフルとラシーヌ、諭そうとするも聞く耳を持っていない。頭を抱える二人を見守るパーティーメンバーの目は冷ややかである。


「い……いや、それじゃ困るんだって、ローテーションってものがあって……ホテルだってそもそもないし……」


「言い訳なんて見苦しいですわよ!」


 PTLは泣いていた。

 そして翌朝には目的の魔獣を発見。

 仲間と共に力を合わせて立ち向かう。


「ちんたら狩ってんじゃありませんわよ!」


 最近気に入り始めた腕組み後方待機おじさんポジだったいぶりーだが、仲間の奮闘に心を打たれて援護射撃。

 熱線をぶち込みワンショットワンキルを果たす。

 勢いあまって魔獣の後ろに聳え立つ樹齢千年越えの巨木を燃やしてしまったがこういったトラブルは思い出のスパイス。


 燃え盛る巨木を(呆然と)見上げる仲間たちと共に記念撮影、旅の記録だ。

 それからリザルトエリアで報酬確認。


「さーて、魔獣の初期位置把握しましたし、サクッと周回ですわ!」


 なんて気炎を上げたものの、


「はぁ!? どうなってますの!?」


 無事にパーティーから追放キックされていた。

 ロビーに取り残されたいぶりー。その隣には、


「何で私たちまで……」


「完全にとばっちりだわ」


 ナフルとラシーヌの姿があった。

 何だかんだでいぶりーに助言をしていたからワンセットで見られていたのだ。


「おかしい、私たち二人組って伝えてたのに」


 眉間に皺を作って苛立ちを隠そうともしないのはラシーヌで、


「ヤツにかまいすぎたか……」


 自省するのはナフルだ。


「連中、害悪プレイヤーですわね。取りあえずブラックリスト(※)入りですわ!」


 いぶりーは忙しく端末操作に勤しむ。


「ブラックリスト入りはアンタだよ……」


 ナフルのツッコミがロビーを行きかうプレイヤー達の雑踏に紛れて虚しくもかき消された。


「というか、イブってこんなアレな感じだっけ?」


「覚えてる限りあざとく男にすり寄る感じだった」


「どっちにしろアレな感じだね」


 ラシーヌはため息を漏らす。


「取り敢えずどうする? 晩御飯は手に入れたけど……」


 一年経った現在でも、第一線を除いた大抵のプレイヤーはその日暮らしが殆どだ。

 全体のプレイヤーの質は時間経過によって底上げされたとはいえ、やはり上澄みとそれ以外では差がある。

 上澄みでもない彼女らのようなプレイヤーでも最上位に参加するのは、少しでも良い報酬を得てその日暮らしを脱出するために資金を溜める、という目的を持っているからだ。


「ここ数日の稼ぎを考えるともう少し回りたいよね。さっきのクエストは誰かさんのお陰で報酬が採取した肉だけになったし」


 リザルトではクリア判定となってはいたが評価的にはお目こぼしでギリギリといった感じだ。無駄な環境破壊は失敗の元なのだ。


「っふぅ、これであの連中とは野良パーティーで顔を合わせることも無くなりますわね」


 晴れやかな顔でいぶりーは端末から顔を上げて、


「さて、次はどうしますの?」


 二人を見る。


「え……次?」


「何言ってるのこの人……」


「何って、先程のクエスト、時間がかかった割に稼ぎも無かったですし、どうせなら短時間で終わる簡単なクエストで稼ぎますわよ」


「私たちだけで次のパーティー探すからいいよ」


「稼ぎはアンタのせいじゃん……」


 二人の反応は悪い。ラシーヌに至っては嫌そうな顔を隠そうともしない。


「遠慮しなくてもいいんですのよ。私、あれから色々と学びましたの。世の中助け合いが大事なのだと。簡単そうなクエストを見繕ってきますわね。ちょっと待ってなさいですわ!」


 返事も待たずに駆けてゆく。


「お~い、解散するからいい……って行ちゃった。イブってあんなに人の話聞かない子だった?」


「そもそも自分から何かするイメージないよ」


 二人は以前のいぶりーの姿を思い出そうとしたせいか妙な間が生まれる。

 それから、


「ドロンしちゃおっか」


 ラシーヌが切り出す。


「ドロン?」


「……帰ろっか」


「そうだね」


 ナフルは自分の表情筋が鉛のように重くなるのを感じつつ頷く。

 二人は揃ってため息を吐いた。


「お二人ともークエスト受けてきましたわ! さぁ行きますわよ!」


 小走りで駆けてくる赤ゴスの少女の姿はすぐそこだ。


「はっや、しかもめっちゃ笑顔だし」


「これ参加しなきゃダメ?」


 いぶりーの勢いに巻かれてクエストに出発するナフルとラシーヌであった。



 ※基本的にNGやブロックはゲーム機能として実装されていない。ここでのNGリストとはマッチングアプリ上での操作。

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