第64話
「我々美少女研究会とは、オプション『フルオート』を利用した能力構成によって理想の美少女を作り上げることを至上の命題としたクランなのだよ! そして、その為にはお嬢さんのような女性アバターを利用している方々の協力が必要不可欠なのだ」
いぶりーがさっさとどこかに行こうとするのを押しとどめて無理やり語り始めたブラストという壮年の男。
「はぁ……お話はもう結構ですわ」
「いやいや、そこを何とか、あと少しだけ。……我々がこうして頭を下げている理由なのだが……マッツォ君たのむ」
「うっす、わっかりますたァッ! リンカ来てくれ!」
マッツォが声を張り上げ空に手をかざすと、彼の目の前に
それは一見すると女顔の青年のように見える。
顔の作りは悪くないし、ちょっと鳩胸っぽいのが気になるが、そこまで酷いものでもない。
寧ろ気になる点を挙げるなら、全裸であること。
「マスター、やっと呼び出してくれたんですね! って、何でそと!?」
青年は身体を抱きしめるようにしてうずくまる。
青年は「酷すぎるよぉ……」呟いてシクシクと泣き始めてしまった。
「すまないね、リンカ君。マッツォ君、戻してあげてくれ」
「うっす。埋め合わせはきっとするから」
マッツォの謝罪の言葉と共に宙へ溶けて消える。
「うっわ、パパさいてー。リンカ泣いてたし」
「ル、ルナ、確かに酷いとは私も思うよ。だが、この方が理解してもらいやすいんだ」
「きもいし話しかけないでよね」
ルナは吐き捨てるように言うと、伸ばされた手を振り払って離れたところで待っている仲間の方に走って行ってしまう。
「……本来リンカ君はこのような姿になるはずだったのだ」
ブラストは大量の涙で顔を濡らしながら、胸ポケットから一枚の写真を取り出していぶりーへと向ける。
そこに映っているのは大人しそうな少女で、先程の
「人間のガワを再現したものを武装Ⅲというオプションを利用して素体に装備させると本当に人間のように再現されるのだが……しかし、骨格や体型は素体のものが優先されてしまうのだよ! あの子も本来は可憐な少女になるはずなのに、彼、マッツォ君自身の素体を使ったばっかりに……何という悲劇か! しかし、そんな状態を解決する方法がある! それがキミだ!」
ズビシッといぶりーを指さす。
「嫌ですわよ」
「そこを何とか! 君の素体があれば彼女も歴とした少女になれるのだ!」
「頼んます!」
二人の男の再びの土下座。
「それ以上やるなら本当に燃やしますわよ!」
男たちはそれでも止めない。
「ひとつ堪えて!」
「お願いします!」
必死に額を地面に擦り付ける男達だったが、チラ、ほんの少だけしいぶりーの様子を確かめるように視線を上げる。
「なーんかイラっとしますわねぇ……どっちにしろ答えは変わりませんわよ」
見下ろすいぶりー。
既にこれ以上付き合う気はない。
揺るがない意志を読取ったのか、
「く……ダメか……」
ブラストは苦々しい思いを滲ませる。
「ブラストさん、オレ悔しいです! こんなに必死になって頭を下げてるのに誰一人協力してくれないなんて! なんて理不尽なんだ! うおーん!」
マッツォがむせび泣く。
まさかの号泣にいぶりー、ドン引きだ。
何とも言えない空気になったそのとき、
「なーにが理不尽だよ。アンタらこのロビー出禁になったの忘れちゃったのかな?」
そこに現れたのは七名からなる女性達。
みなそれぞれが見眼麗しい美女、美少女である。
「く……シルバー君、随分と速いご登場だね」
ブラストは額に汗を浮かべながら慎重に立ち上がると間合いを取る。
視線の先にはシルバーと呼んだ少女が不快感もあらわに男を、特にブラストの一挙手一投足に注視している。
「キミらしつこいからね。悪いんだけど他所に行ってもらえないと痛い目を見てもらうよ?」
シルバーと呼ばれた女性の隣からセーラー服姿の少女が一歩前に進み出て、尋常でない殺気を放つ。
「キシリマ・アネカ……、彼女まで駆り出してくるとは我々も相当嫌われてしまったらしい。今回は大人しく出直すことにするとしよう。マッツォ君、すまないが相手が悪すぎる。河岸を変えよう」
ブラストは悔し気に拳を握り締めるマッツォの腕を掴んで立たせると、
「本来我々は敵対するような間柄ではないハズなのだがな……」
寂しそうな笑みを浮かべて踵を返し仲間のところへと去ってゆく。
「アホか、お前らのセクハラが原因なんじゃボケェ!」
去る背中に誰かの暴言が飛ぶ。
「アイルビーバック!」
ブラスト、背中を向けたまま右手を大きく上げてサムズアップ。
「二度と来んな!」
少女の一人が中指を突き立てる。
中々のやり取りにいぶりーは置いてけぼりだ。
「いやー、アイツ等しつこかったでしょ。今日来てた連中はまだまともだけど、酷いヤツになると素体手に入れるためなら土下座だけじゃなくて靴も舐めようとするんだよ。あと犬の真似。マジで頭おかしいんだ」
そう言っていぶりーに声を掛けてくるのは茜色の髪をツインテールにした少女。
その人好きのする表情にいぶりーは以前、会話した時のことを思い出す。
「えっと、確かスカジさんでしたわね」
確かシスコの友人だった、といぶりーにしては珍しく覚えていた。
彼女の助言があったからこそクランの立ち上げを思いつき、今では幸運も重なり、立派な武家屋敷タイプのクランハウスを手にすることが出来ている。
「お、覚えられてた? 嬉しいねー」
ニッカリと笑みを浮かべる。
そんなスカジの言うところによると、彼ら美少女研究会の目的は異能像のカスタム機能をフルに利用して理想の美少女を作り出すこと。
ここまではあのブラストが語るままなのだが、その先が酷い。
彼らは理想の美少女であるパートナーとデートしたりする。それだけならまだいいが、18禁なエっなプレイもするのだ。
素体提供者からすると自分の体のコピーに対して、まぁ、具体的に描写をすると非常にアレな事をされるわけで、後で知って後悔した者も多いという。
「まぁ、そんなわけでここ、第三ロビーだと特に拒否反応酷くてさぁ。彼らは無条件で出禁にしたんだよね」
という事らしい。
「周年イベントでアバター変更チケットを手に入れた方の中には彼らに素体を提供する方々もいらっしゃったそうで、その直後は大人しかったのですけどね」
とは仲間の一人だ。
女アバターから男アバターに移行するため、最後に小遣い稼ぎをしたプレイヤー達が居たのだ。彼らのお陰で一時期は美少女研究会の需要が満たされたと思われていたが、最近ではまた加入者が出たらしく活動が活発になってきているという。
「暫くは来ること無いと思うけど、見掛けたら通報お願いね」
スカジはいぶりーにフレンド登録を申請しながらそう告げ、いぶりーがフレンド申請を受けたことを確認すると「またね」そう言って仲間と共に去って行った。
そんな彼女らを見送ることもなく、
「出足を挫かれましたわね」
誰にともなく呟いてポータルを起動する、そんなとき、
「少しばかり待って欲しい」
再び引き留める声。
うんざりとした感情を隠すこともなく大きなため息。
肩ごしに見れば、ブラストの仲間である白衣の青年と、そのパートナーの少女がそこにいた。
「あんまりしつこいと、ぶちころがしますわよ」
眉間に皺を寄せ吠えるいぶりー。
「貴女方の苛立ちはごもっとも。しかし、素体を譲ってくれとかそういう話ではないんだ」
訝し気な視線をいぶりーが向けるのを見て、話を聞くだけはしてくれると踏んだのだろう。
「僕の名前は浜松のタキトゥス、仲間は僕のことをタッキーと呼んでいる。そしてこの子はパートナーのナデシコ」
傍に立つのは小柄な少女が会釈する。
背格好は小学校の低学年くらいだろうか。
「ロリコンですわね」
嫌悪感もあらわにいぶりーは眉を顰める。
「その評価は甘んじて受け入れるよ。君を引き留めたのは他でもない、実は人を探していてね。ナデシコの、素体を売ってもらった少女を探しているんだ」
青年、浜松のタキトゥスの話すところによると、ゲーム開始当初、素体の造形をメインにクラフター業をやろうと活動していた頃があったそうな。
現在は別の活動をしているのだが、当時はそれ中心に活動をしていた。
しかし、素体のパーツというニッチなアイテムが売れることもなく燻っていたそうな。
そんな時に取引した少女がいて、その少女には当時価値も曖昧だった素体を丸々譲ってもらったという。
「僕はね、その時に酷く買い叩くような真似をしてしまってね、再会できるものならその時の差額を支払いたいと考えているんだ」
黙っていればいいものの、そういう判断に至ったのは、
「お兄ちゃん、きっと会えるよ」
パートナーであるナデシコの存在が大きい。
「彼女に誇れる自分でありたいんだ。それで、その時の少女なんだけど、背格好はナデシコくらい」
いぶりーは目の前の少女を見る。
ここまで背の低いアバターを使っているプレイヤーは珍しい。
いぶりーの知る限りでは一人だけだ。
「髪型は、当時は肩口くらいのショートカットで淡い水色の髪をしていた。
思い浮かべる姿が不思議と良く知っている人物に重なる。
「出会ったときは白のセーラー服を着ていて、その上に丈の合わないオリーブドラブのコートを着るという個性的な格好をしていたんだ」
そこまで言われたら、いぶりーの頭の中には一人の人物の姿しか思い浮かばない。
「話してみるとかなり理知的な人で、交渉ごとに慣れているように思えたよ。あの時の溌溂とした表情と論理的な話術から考えるに彼女、リアルでは男性で僕よりも随分年上だったように感じたんだ。そんな人物に心当たりはないかな」
最後の情報でいぶりーの中のイメージから大きく乖離する。
「残念ですけど、心当たりはありませんわね」
「そうか、他を当たってみるよ。引き留めて悪かったね」
残念そうな青年達に見送られながらいぶりーは別のロビーへとジャンプするのだった。
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