第63話

 シスコの誘いを断ってクランハウスを飛び出したいぶりー。

 用事があると理由を付けたものの実際に用事なんてものはなかった。


 移動用ポータルからロビーに出て最初に考えたのは、


「どーやって時間、潰しましょう」


 これである。


 特に目的もないし、第三ロビーに知り合いもいない。端末から野良パーティ―マッチング用のアプリを立ち上げてみたものの、第三ロビーには野良の募集はない。

 第一ロビーに行けば流石に野良の募集があるだろうができるだけ行きたくないのだ。


(でも、考えようによっては一年以上経過してますし、案外知ってる顔も居なくなってるかもしれませんわね)


 ふむ、と顎のラインを指先で撫でつつ思案する。

 ちょっとだけ、ちょっとだけ様子を見てダメそうなら別のロビーを巡ってもいいかもしれませんわ、と考えを纏める。


 そうと決まれば移動ゲートから、と踵を返そうとしたところだった。


「ご協力お願いしまーす!」


 野太い男の声が響く。


「お願いしまーす」


 続くのは若い男女の声。


 いぶりーが訝し気に声のする方を見てみれば、クエストゲートの前にプラカードを持った五人の男女が横に並び、クエストに出発しようとする女性アバターのプレイヤー達に声を掛け続けている。


 しかし、大抵のプレイヤーは無視をして通り過ぎるし、人によっては暴言を口にする。

 禄でもないプレイヤー達なのだろう、想像するに難くない。


 科学者風の白衣を纏った青年、サングラスをかけている髭面にスーツ姿の壮年の男、Tシャツにジーンズの爽やかそうな青年。それに和装の小学生くらいの小柄な少女、その少女に比べると少し年上、中学生くらいに見えるどこかの私学の制服の少女。


 年齢の偏りに思うところはあるけれど、身なりはまとも。

 それでも邪険にする人がいるということは活動内容が碌でもないということなのだろう。


(絡まれる前に移動した方がよさそうですわね)


 いぶりーが踵を返そうとするその向こう、五人組のうちTシャツの青年がいぶりーを指さして隣の壮年の男に話しかける姿があった。

 男たちは大きく頷くと、いぶりーの傍まで走る。


「そこのお嬢さん、待ってくれ!」


 青年が背後から肩を掴もうとした瞬間、手のひらが燃え上がる。


「うわっつ、あっちーーー! 誰か! 火! 火ぃ!」


 右手を抱えて地面を転がる青年。


「あら、勝手に反応してしまいましたわね」


 いぶりーの能力はオートガード機能が付いていたりする。恐らく青年含む五人に拒否感のようなものを感じていたから発動したのだろう。

 いぶりーが指を鳴らせば青年の手から炎が消える。

 ちょっと赤く腫れているように見えるが、火傷というほどではないのは警告の意味合いが強いからだ。


「レディに軽々しく触れるものではありませんわよ」


「すまない。失礼をした。彼が珍しく興奮してしまってね」


 サングラスをした壮年の男が、熱と痛みに動けないでいる青年に代わって頭を下げる。

 この場まで走ってきたのはサングラスの男とTシャツの青年の二人だけらしい。


 少し離れたところから彼らの仲間たちが心配そうに見守っている。


「興奮って気持ち悪いですわね。この方の頭、大丈夫ですの?」


「そこは私が保証しよう。何せ……」


「キミみたいな子を何か月も探し回ってたんだ。こんなところで出会えたなんて運命だよ!」


 青年は勢いよく立ち上がるといぶりーの手を取ろうとして、見事に躱されていた。


「ふつうに気持ち悪いですわよ。さっさとどっかに消えて欲しいですわね」


 吐き捨てて去ろうとする。

 だが、


「そこを堪えて、何とか話だけでも聞いてもらえないか!」


 壮年の男が回り込んで道を塞ぐ。


「嫌に決まってますわ」


「そこを何とか、お願い申し上げる」


 男は膝を突いて額を地面にこすりつける。

 そんな仲間を見て、Tシャツの青年も隣に並んで「お願いします!」勢いよく地面に手をついて頭を下げる。


「なんですの、これは……」


 思わず一歩後ずさり、同時に周囲からは好奇の目が向けられていることに気が付く。


「わっかりました、わかりましたわよ! 話を聞くだけ聞いてやりますわよ!」


「本当か、ありがとう。恩に着るよ」


 壮年の男は頭を上げて破顔した。それから、


「聞いたな。くれぐれも順序をすっ飛ばして変なことを言うのではないぞ」


 ゆるゆると頭を上げ始めた青年を窘める。


「は、はい。すみませんでした、どうにも自分が抑えられなくて……」


 青年は息を荒げ立ちあがると膝の埃を払いつつ恥ずかしそうに頬を染めた。


「それで、話ってなんですの? 悪いですけど宗教の勧誘ならお断りですわよ」


「安心して欲しい、君にとっても悪い話ではないはずだ。……まずは自己紹介を、私の名はブラスト。美少女研究会というクランのマスターをやっている者だ。そして彼は……」


「マッツォです」


 軽く頭を下げる。


「はぁ。というか美少女研究会って……名前からして既に碌でもなさそうですわね」


 いぶりーの二人を見る目は厳しい。

 チラリ、と遠くから見ている彼らの仲間に目をやれば、今も固唾をのんで見守っている。


(あの少女二人、よくこんな如何わしいクランに参加していますわね……)


 そんないぶりーの言葉に反論するのはブラストと名乗った男で、曰く、


「悲しいことに皆さん我々の団体名から誤解なさっている。決して如何わしい団体という訳ではなく、ただただ誰にも迷惑をかけずに穏やかに理想の美少女を追い求めているだけなのだが……」


 このブラストという男、どこか悲しそうな不思議な笑みを浮かべる。


「十分如何わしいですわよ! で、そんな美少女研究会の方が私に何の用ですの? いくら私が美少女だからって……もしかしてクランへの勧誘ですの!?」


「それは!」マッツォ青年が勢いよく声を上げる。


「一目ぼれしましたァ! ぜひ裸を見せてもらえませんかァ!」


 頭を下げた瞬間、青年の体が燃え上がり、


「あっつ、あっつ、し、死んじゃう! 死んじゃうー!」


 地面をのたうち回る。


「マッツォオー! 何てことをーッ!!」


 ブラストは急いで上着を脱いでのたうち回るマッツォの体から炎を消そうと必死ではたく。


「別に死にゃしませんわよ。温度も43度ってとこですわ」


 よくよく観察してみれば、マッツォの衣服は燃えていないし、呼吸も問題なく出来ている。

 そしてマッツォが冷静になってみれば、


「言われてみればなんか熱めのお風呂に入ってる感覚カモー!?……でも熱いは熱いんですけどー!?」


 なんなら徐々に汗だくになってきて、蒸発した汗が湯気のように登ってゆく。


「人に失礼なこと言っておいてその程度で済んでいることに感謝して欲しいですわね」


 再び指を鳴らせば炎も消える。


「ぐ、普通は他人に異能使うのだって躊躇するのに……見た目は良いのに性格が暴力的過ぎる……」


 マッツォは悔し気に立ち上がる。


「すまない、彼も悪気はなかったんだ。許してやってはくれないか」


 再びブラストが頭を下げる。


「さっきも似たような言葉を聞きましたわよ!」


「うむ、しかし世の中には仏の顔も三度までという言葉もある」


 故にあと一回くらいは見逃してくれ、ということなのだろう。


「怒る側が言う言葉ですわよ!?」


「そういう判断もある。で、話を戻すが、何も本当に裸を見せてくれという訳ではないのだ。公式ショップに行って、君の素体購入画面を見せてくれるだけでいいのだ」


 素体購入画面に表示される素体は、購入手続きを行っているプレイヤーの体型が反映されているのだ。

 それを知っているいぶりーは汚物を見るように顔を歪めて二人から一歩下がる。


「待ってくれ、決して我々は疚しい気持ちで頼んでいるわけではないのだ!」


 ブラストは重々しく語ると、


「ルナ、こっちに」


 離れた場所で見守っている仲間の方へと声を掛ける。

 すると制服姿の少女が面倒くさそうな顔で歩いて来る。


「なーにパパ、どうせ交渉失敗でしょ。面倒だからさっさと帰りたいんだけど」


 ルナと呼ばれた少女は印象に違わずやる気がない様子。

 ブラストはそんな態度に微笑みを向け、


「彼女が私のパートナーだ」


 そう紹介した。


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