第62話

 ロビーエリアのラウンジ付近、妙な唸り声が聞こえてくる。

 押しつぶされたる獣の如き唸り声を辿ってゆけば、小柄な少女二人がテーブルに突っ伏している姿が目に入るだろう。

 シスコとごろーだ。

 そんな少女、シスコの背中をユイがさすっている。


 その隣のテーブルでは、


「とんでもない量だったよねー」


「久々にあの量を食べました。和食というと小さなお皿に乗って出てくるものばかりだと思っていましたが、ああいう種類もあるのですね」


「いやいやファセット、あれ和食じゃないから。和食ってあんなドギツイ味してないから」


 ヒイラギにとって和食というのは焼き魚とか味噌汁とかそんなイメージなのだ。


「……らーめんも広義の和食に入れることもある……よ」


 突っ伏したまま動かないシスコが絞り出すように注釈する。


「へーそうなんだ。あれって中華かと思ってた」


「ぶっちゃけ日本食のカテゴリに入れる方がメジャー……です。なんならこの判定は伝統和食と和食に分ける人からしたららーめんは和食に入れるひともいるからだし……和食と日本食って分ける人は日本食に入れて……うっぷ……いるのでこの話を始めると完全に泥沼なのです。そーなったら最終兵器ユネスコ無形文化財と純和食原理主義がやってきて……そしたら地獄の四つ巴が……」


 えずきながらも何とか言葉を紡いでゆく。


「無理して喋らなくてもいいのに」


 苦笑しながらユイはシスコの頭を撫でる。


「うぅ……ユイお姉さぁん」


 ユイの体にもたれかかるようにしてお腹の辺りに抱き着くシスコ。


「シスコちゃん頑張って食べてたもんねー、でもああいう食べ方は体に悪いから程々にね」


「はーい……」


 そんなとき、ふと視界にチラつくユイの体を流れる生命エネルギーの揺らぎ。

 能力が成長したのか、平時に意識しなくても自然とエネルギーの色が見える。

 ユイの纏う色は穏やかな草原のような色合い。

 そんな色に少し違う色が混じっているのが視界に入る。丁度おへその下のあたり。

 深く青く力強い色。

 大海のような……。


 これまでシスコが見てきたオーラの色は人によって異なるが個々人で異なってはいるが、混ざり気の無いものばかりだった。

 もしかしてウチの妹って結構特別だったりして……ちょっと自慢に思うのだった。


「それにしてもアライ君戻ってこないねー」


 端末で時間を見ながらヒイラギがぼやく。


「明らかに無理して食べていましたから」


 アライはクエストを終えた後、トイレに籠って出てこない。

 吐き気がするとかではなく、単純にお腹の調子が良くないのだ。


「生のニンニクはお腹にくるって言うもんねー。ていうかファセットはお腹大丈夫なの?」


「今のところ平気ですね。ちょっと苦しいくらいで」


「ホント、あのNPCじゃないけど人は見かけによらないよね」


 ヒイラギは呆れて溜息を漏らした。


 結局その日はメンバーの半数が食べ過ぎが原因でパーティーは解散となった。

 トイレから戻ったアライが満腹感が取れずお腹も張っていて、普段通りに動けないだろうという自己判断から言い出したことでもあった。

 言われてみて気が付いたシスコとごろーの二人はこの提案に首を縦に振るしかなかった。

 シスコもユイも余り一緒に遊べなかったことを悲しく感じていて、直ぐに次の約束を取り付けていたのがお互いにとっての救いか。


「今日はもう帰って休むね……」


 すっかり肩を落としたシスコは名残惜しそうに告げた。

 それからユイたち三人に見送られて帰路に就く。

 そんなとき振り返って手を振った際、


(……あれ?)


 ユイの隣に立つ青年、アライのオーラが目に入る。

 深い海を連想するような色。そしてそこに若干混じるのは穏やかな草色が混じる。

 似たような系統の色と言えばそうだし、きっと揺らぎ方でそう見えたのだ。

 その時のシスコは気にしなかった。



 その後、第三ロビーに戻った三人。

 

「くっそー途中までは良かったんだけどなぁ……」


 ラウンジのテーブルに突っ伏して愚痴をこぼすのはシスコである。

 本来なら普通の討伐クエストだったのに、蓋を開けてみたら特殊勝利条件付きとかいう訳の分からない内容をやらされて……。

 あれさえなければ今ごろは妹と楽しくクエスト周回していたはずなのに。


 それに、あわよくばアライという男にクレームを付けて妹の御付きを別の女性メンバーに変更させてやろうと密かに企ててたのだが、結局具体的な行動を起こす前に頓挫してしまった。

 しかも今回のクエストで最初にクリア条件を満たしたのがファセットであったものの、二番手で条件を達成していて言いがかりも付けられない。

 シスコとしては中々に歯がゆい思いをしているのだ。


「最上位系のクエストを熟していると二十回に一回くらいの割合で当たるのですよ。なかなかレアな体験をしましたね」


「うー、まだお腹張ってるし……おれもやししか食べてないのに。そういえばごろー、約束の黒龍の角煮いつ作る?」


「……ら、らいしゅう」


 少なくともあと半日は脂っこい食べ物を視界にいれたくないごろーである。


 腰を下ろしてシスコの愚痴を聞きつつ時間も流れ、腹もこなれてきたしちょっと体を動かそうという話になって軽いクエストに行こうという話になった。


「それなら上位の魔獣討伐でもしましょう。シスコの成長も是非見てみたいですから」


 ファセットは快くシスコとのクエストに参加する旨を伝えた。

 ごろーとしては不完全燃焼であったし、軽く戦闘が行えるならいいという判断で継続して一緒にクエストに参加する。


 訪れたのは谷あいの農耕地。

 山々に囲まれた中に休耕中の田園が広がる。そんな中に異常繁殖した山羊型の魔獣が我が物顔で群れを成している。

 それらを駆除するのが今回のクエスト。


「それなりの数ですが問題ないですね」


 適性レベルのプレイヤーからすれば明らかに大人数でかかるべき数なのだが、三人にかかれば軽いジョギング感覚に熟せる程度。

 山裾の巨木の枝に立ち目標の魔獣を見つめるファセットにも気負いはない。


「うっわアイツら繁殖期かなぁ、交尾始めたヤツ居るんだけど。魔獣って言っても結局は動物の延長かぁ」


 本ゲームでは魔獣というものは生命エネルギーを知覚し操作する術を身に着けた動物の事を指し示す。だから魔獣は既存の生物が大型化した個体が多い。

 故に魔獣化した動物の営みに興味がある者が見れば中々に興味深い光景なのだろうが、シスコにとってはどうでも良い事柄に分類される。


 安全圏からの詳細な観察を可能にしているのはシスコの眼に由来する能力故であり、それ故に見えてしまう。

 シスコの眼にはくすんだ柿渋色と黄土色のオーラを纏った山羊型魔獣の姿が見えていた。

 大抵の草食魔獣はこのような色をしている。

 問題は山羊型魔獣同士が事を済ませた後だった。

 最初は純粋なそれぞれの色を保持していた山羊型魔獣だったが、事を終えた二頭の下腹部あたりのオーラの色は互いの色がそれぞれ少量づつ混ざっていた。

 柿渋色の液体の中に黄土色の液体が垂らされたように。


 シスコの脳裏に浮かび上がるのは草原の中に揺蕩う深い青。


「っああああああああああああああああああああぁあ!!」

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