第58話

 都市エリアであるレイデン市。

 中層区画にある商店街を歩く六名のプレイヤーの姿があった。


 最初、シスコを心配したユイが難易度を落とすべきだと反対したのだが、


「シスコさんの服、新しくなっているでしょう。最上位を問題なくクリアした証拠ですよ。それにお友達のごろーさんも見たところ問題ありませんし」


 とファセットが太鼓判を押したことでようやく折れて最上位クエストを受注することになったのだ。

 そんな一行は古風で少し傷んだ欧風の建物が並ぶ商業区を歩いていた。

 シスコとユイは手をつないで楽しそうに歩いていたのだが、


「そ、そんなぁ……シスコちゃんクランに入ったの?」


 ユイは笑顔から一転、肩を落としていた。


「そうだよ。私がクランマスターになっちゃったの」


 申し訳なさそうにシスコは言う。

 ヒイラギは思わず声をあげ、アライは驚いた顔をして口笛を吹く。

 考えてみれば当たり前で、クランの立ち上げのためにはかなりの金額が必要になってくる。それをやり遂げたのだ。


「えっと、クエストで仲良くなった子がいろいろ教えてくれたりしたの」


 黒龍のことは言えないので、仲良くなった子が色々と教えてくれてクエスト攻略まで時間がかかったけど何とかクリアすることが出来た、とぼかしながらの説明だ。

 なかなか苦しいと思いつつも何とか納得してもらえたようで、シスコは胸をなでおろす。


「でもよかった。シスコちゃんがうっかり八龍に挑んだんじゃないかって心配してたのよ」


 ユイの軽口にギクリと体が強張る。


「やだなー、そんな危ないことしないよ」


 えへへ、と笑って誤魔化すシスコを見るごろーの目は冷ややかである。

 その危ないことをやらかしたのがシスコでパーティーメンバーは実に理不尽に巻き込まれているのだから。

 とはいえ結果オーライなので誰も気にしては居ないが……。


「そういえば、今更で勘違いだったら悪いんだが、ファセットさんってもしかして七剣の?」


 アライは肩越しに振り返ってファセットに尋ねる。


「そうですよ」


 シスコ達は知らないことだがファセットの所属する七剣(セブンスソード)は規模が小さい割にそれなりに有名なクランだ。


「おお、やっぱり。闘技場で見たことがあったんだ。もしよかったらでいいんだが、キシリマさんを紹介してもらえないだろうか」


 ダメもとなのだろう、余り畏まった感じではないが嫌な感じもしない。

 アライの隣を歩くヒイラギは苦笑を浮かべる。


「それは挑みたい、と言う事でしょうか?」


 ファセットの目に剣呑な光が宿る。

 同時にどこか実力を推し量るような色がある。


「まさか。自分の実力くらいは解るさ。ただ、もう少し強くなりたくてね」


 内心を隠すようにアライは笑って言うが、口元は歪んでいる。


「紹介するのは良いですが、あの方も剣に関しては苛烈を極めますので一手の指南というよりは弟子入りという形になるかと思いますし、それもあの方の眼鏡に適えばですよ」


「それは願ってもない」


 アライは目を輝かせる。

 そんな二人のやり取りにごろーは首を傾げファセットを見上げた。


「キシリマ・アネカといって私の所属するクランマスターの話です。結構強いんですよ」


「誰もが認めるトップなんだが……」


 知らない人がいるのか、驚くアライに対して、


「闘技場に行かない人の間ではそんなものですよ」


 ファセットはおかしそうに笑った。

 闘技場ってまだ人いるのか、ごろーにとってはその程度の認識である。

 むしろ、今はシスコの動向が気になって仕方が無かったりする。

 普段絶対にしない奇行を見せられても噴出さないように常に気を張っていなければならないのだ。


「そういえば、ユイお姉さんさっきはサングラスしてたけど、なんで?」


 思い出したようにシスコは首を傾げる。

 目深に被ったスポーツキャップといい、大きめのサングラスといい人目を忍んでいるようにしか思えないのだ。


「あー、やっぱり気になるかぁ」


 ユイは困り顔だ。

 そんなユイに反してヒイラギは弾む声で


「シスコちゃん、いまユイってめっちゃ有名人なんだよ」


 自慢げに笑みを浮かべる。


「有名人? 芸能人みたいな感じですか?」


「芸能人って、ああいうのとは違うんだけどね。聞いたことない? 地龍討伐部隊のエース。地獄から生還を果たした奇跡のヒロイン。美人過ぎる戦技教導官って」


 ヒイラギが捲し立て言うのに対して、「恥ずかしいからやめてよね」ユイは不満を隠そうともしない。


「ユイお姉さん凄い。地龍倒しちゃったんですね!」


 シスコは目を輝かせてユイを見上げる。

 何時だったかリトラに地龍が最初に倒されたって聞かされたっけ、とそんな認識だったが、ユイが絡めば話は変わる。


「すごいよねー」


 ヒイラギも自分の事のように喜んでいる。


「ってことは、もしかしてもしかして煌龍倒したのもユイお姉さん?」


 シスコの興奮は高まっていく。

 しばらく見ないうちにウチの妹が英雄になってたんだが! そんなラノベなタイトルが頭に浮かぶ。これはもう全力で推すしかない。


「煌龍は誰が倒したのかわかってないのよ。それと黒龍も。討伐アナウンスは流れたんだけどね。……あとシスコちゃん、誤解しているみたいだけど地龍を倒したのは私じゃないし、私一人で挑んだわけじゃないから。色んな人が力を合わせたから倒せたんだよ」


 諭すように言うユイの瞳の奥はどこか悲しそうに見える。


「実際はそうなんだけど周りがユイを持ち上げちゃってねー、今じゃ一人で出歩かせられないのよ。ファンだけならいいんだけど、やっかむ奴らが嫌がらせしてくることもあるから」


 だから出かける時はああやって変装をすることにしているのだとヒイラギが説明する。

 今回ヒイラギとアライが一緒に現れたのはそういった事情込みでのことだ。


「嫌がらせするなんて許せないよ」


 ぷんぷん、そんな擬音が飛び出しそうなあざとい仕草にごろー、思わず鼻水が飛び出す。

 表情は無を保ったが呼吸器の制御までは不完全であった。


「皆さん、そろそろ到着しますよ」


 最後尾を歩いていたファセットが先を行くシスコとユイに声を掛ける。

 シスコ達一行が歩く先には黄色い立ち入り禁止のテープが厳重に張られている建物がある。

 元々は商店が入っていたであろう構え、古いビルの入り口だった。

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