第57話

『時の砂時計』というアイテムがある。

 公式ストアで取り扱っているアイテムの一つで、これはクエスト内での時間経過を加速させるものになっている。

 例えば、クエストエリア内で一か月時間を要する難易度の高いクエストがあったとしても、このアイテムを使えばあら不思議、クエストを終えてロビーに戻っても十分しか経過していない。

 夢のようなアイテムである。

 但しお値段は結構なものになってくる。


「我、もうあんまりお財布に残ってないのだが」


「大丈夫ですよ。リトラが所持金を操作した件は私も聞かされました。ですがあくまでもクレジットを操作することが問題となったわけです。つまり?」


「アイテムに関しては問題ないという事であるか。さすが御慧眼」


「褒めても何も出ませんよ。ですが、妙に仕事に真面目なGM達は何にアヤを付けてくるかわかりません。そこでクエスト中はミラーエリアを複数自動生成するようにして追跡できないように対策しておきましょう」


「ならば、どうせなのでこちらの座標は暗号表示にして1ナノ秒ごとに切り替えるようにするのだ」


 そんな感じで計画は具体的になってゆく。

 ものの数分で、


「という訳でキヨカ、これから学校に入学であるぞ」


 出発準備も完了だ。


「やったー、ぼく頑張る」


「私も微力ながらお手伝いしましょう」


 三人の少女たちはクエストゲートの光の向こうへと旅立って行く。




 何処とも知れない高級マンションの最上階フロア、そう言われたら信じてしまいそうなエリアがあった。

 実際は拡張を重ねたとあるクランのクランハウス。


「何じゃワレ! スッぞオラァ!」


 怒声が響き渡り、ガラスの割れる音が部屋中を支配する。

 同時に女たちの悲鳴。


「ヤクザ映画の見過ぎなんだよ。クソが」


 エメラルドの瞳が細められ、ゴミでも見るかのように地面に這いつくばる男を見下ろした。

 見下ろすのは鬱屈した表情をした軍服を纏った人物。

 整った顔立ちの割に表情のせいか酷く暗く見え、体格や顔立ちからは男か女か判別は付かない。男にしては背が低く、女にしては背が高い、そう感じる者もあるだろう。


 床に転がる男は、均整の取れた肉体に顔も悪くはない。寧ろ美形だと言い切れる。

 その顔の半分がそぎ落とされ血塗れになっていなければ。


「おう、ヘキサ。そっちは終わったか? ったく、つまらんことばかりする連中じゃ。奥ん部屋ん中じゃ薬打たれた女ども使って乱痴気騒ぎしよったわ」


 部屋につながる扉の一つから顔を出したのはGMドーン。

 新たな人物の登場に部屋の隅で固まる女たちから再び悲鳴が上がる。


「はぁ、そうですか」


「ああいうのキメセクっちゅうんじゃろーな。ったく力を持った途端に変わる人間が多くて困るのぉ」


「そうですね」


 幾分低いトーンでやる気無さげに応えるのはGMの一人であるヘキサ。


「お前さんがそんなんじゃからサビラのヤツが喧しいんじゃろがい。まぁええ、ヘキサ、さっさとそいつ処分してくれ。女どもの処理にはちと時間がかかりそうじゃけぇ」


 GMヘキサは辟易した様子を隠そうともせず、


「わまってますよ」


 大仰に溜息をして見せる。

 それから、指を鳴らせば淡く光る長方形の板のようなものが空中に現れる。


「ま、待ってくれ、反省する。反省するから、見逃してくれ。俺は死にたくない、現実には母さんだって妹だっているから。だから、だからぁーー! お願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いします……」


 血まみれの男は動かない半身をよじって逃げようとする。


「あっそ」


 面倒くさそうに呟くヘキサの言葉の半ば、光の板は命乞いをする男を押しつぶした。

 不思議なことに押し潰されたはずが、床に血が染み出してくることはなかった。


「はぁ、情けないヤツっすねぇ。他の連中は命乞いしなかったっすよ」


 別の戸口に立つのはGMトワイライトだ。


「おう、そっちはどうじゃった?」


「開発済みの少年アバター一人と少女アバター保護しといたっす。あとは客っぽいヤツが数人とここのクランの構成員っすかねぇ。客同士のつながりはログ洗わないとわかんないっすけど、直前の会話の感じだと組織的なつながりはないっぽいっすね」


 うんざりした表情でトワイライトは言う。


「保護した二人は?」


「酷い恰好だったんでシャワー浴びてもらってるっす。多分そろそろ出てくるんで、そしたら処理しとくっすかねぇ」


「場合によっちゃ潰しとけよ」


「わかってるっすよ。ドンちゃんは厳しいっすからねぇ」


「うるせぇ、さっさと行けや」


 トワイライトはドーンの剣幕から逃げるようにして部屋を飛び出していった。


「んで、そこの女どもは?」


 ドーンが目を向けるのは部屋の隅で固まって震えている五人の裸の女だ。

 全員が美女、美少女でスタイルもいい。


「取り敢えず、コイツとコイツはアウト」


 固まっているうち二人が宙に浮かび上がる。


「え? や、止めて……」


 仲間の一人が手を掴んで助けようとするが、一瞬にして空中で潰れて血も残さずに消える。

 一つ残されたのは、仲間に掴まれた腕だけ。

 残された三人の絶叫が部屋の中にこだまする。


「うるさいなぁ……」


「で、他の三人は?」


 顔を顰めつつ二人は話を進める。


「今、ログ辿ってるよ……この二人、商材用の釣り餌か。知っててやってるしアウト。草も生えない」


 ヘキサが指さした二人が宙に浮かび再び押しつぶされたようにして霧散する。


「んで残ったのが一人か。コイツはよ?」


「客取らせてたけど餌で使えそうなんで運営側に引き込もうとしてた。多分、踏み込むのが少し遅かったら処分対象。おまえ、運が良かったな」


 ちっとも良かったと思っていないような嘲笑するような声だ。


「ならそいつの処理は任せた。ワシは奥の部屋で作業しとるから終わったら手伝ってくれや」


「わかった」


 GMの主な仕事は、明らかに黒い活動をしているプレイヤーの排除だ。

 大多数のプレイヤーは攻略の為に行動をしているが、中には今みたいに裏で女アバターのプレイヤーをクランハウスに閉じ込めて客を取らせている連中もいる。

 客を取らせないまでも監禁凌辱する奴もいる。

 脅して金を要求したり、詐欺を働いたり。

 現実で犯罪行為に当たる行動をしたプレイヤーを調査して消して回る。


 今みたいなパターンだと、客を取らされていたプレイヤーは記憶処理を施されてレイデン(都市エリア)のどこかに放り出される。

 大抵はクエストの途中で気を失ってしまったとか、そんな感じだ。

 今回は何人かのグループに分けて偽の記憶でパーティーを組んでいたと誤認させるような処理になる。


 気が滅入る仕事だ。

 GMヘキサは自分の表情が消えていくのが分かるのだ。

 無理矢理客を取らされたり、おもちゃにされる連中のログを辿るのは心に来るものがある。こんな仕事をやるくらいならめんどくさいクレーマーの罵声を聞き続けた方がいくらかましだろう、そう考えてしまう。


 取りあえずは目の前の女から、とGMヘキサは記憶を消しても問題ない時点を探すためにログを遡る。

 このクランの連中と出会う前の頃の記録ログに差し掛かったころ。


「あー! あんの黒龍またやりやがったっすね!」


 隣の部屋からGMトワイライトの怒りの声。

 それからドタドタと五月蠅い足音と共に二人の少年少女を抱えてやってくる。


「ちょっとD案件が発生したんで、ここ切り上げるんで後は宜しくっす。応援は呼んどくっすからー」


 トワイライトは二人を置いて「ドンちゃーん、D案件っすD案件!」叫びながら奥の部屋に消えてゆく。


 D案件のDはドラゴンのD。


 奥の部屋にあった二人の気配が消える。


「ふっざけるなよ、バカ二人が……」


 怒りのままに床を殴りつける。

 怯えた少年少女の声に我を取り戻すと、深呼吸をして仕事へと戻る。


 GMヘキサはこういう処理をしていると、ふと考えることがある。

 GMと言えど多くの情報を閲覧できるわけではない。寧ろ閲覧できない情報の方が多いだろう。運営の目的や方針というのは未だに教えてもらえない。

 自分たちはあくまでバイトとして雇われた立場だ。


 だが、それでも見えてくるものはある。

 運営の連中はデスゲームと言いつつも少しでも多くのプレイヤーにクリアさせたがっているのではないか、と。


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