第56話

 シスコとごろーがユイたちと合流していた頃、第三ロビーのラウンジにはリトラとキヨカの姿があった。

 待ち合わせはラウンジエリアの入り口にある大理石の柱の傍だ。


「今日会う人ってどんな人なの?」


 キヨカは初めて会う人が気になって仕方ないのか視線をあちこちに動かしている。


「どんな人、か。一口には言えぬが我ら祖龍の長兄でな、常に我らの先頭に立って範を示してくれる立派な方でなぁ」


 リトラが思い起こすのは、まだボス役として配される前の事。

 龍の体の扱いに慣れずに不貞腐れていた頃のことだ。


「黒龍としてどのように振舞ったらよいかとよく相談をしていたのだ。ボス役として正式に辞令を受けてからは疎遠であったが、ようやく役を解かれたので直接会っておきたくてな。キヨカの事も紹介しておきたいしの」


 煌龍レンドルム。

 それが祖龍としての名前だった。

 恐らくは祖龍の中でも最強格の存在であり、誰もが彼の言葉を無下にはしなかった。

 故に彼が倒されたと聞いたときは心底驚いたものだ。


「凄い人なんだね」


「そうなのだ。そうなのだが……しかし、少し遅れておるのか?」


 時間には正確な方なのだが、と顔を曇らせる。


「御機嫌よう」


 そんな二人に横合いから声を掛ける者が一人。

 胡乱気に声の主を見れば、古式ゆかしいメイド服を着こんだ銀髪の少女が微笑んでいた。

 背の高さはキヨカと同じか少し高いくらい。ホワイト・ブリムの存在が目見当を狂わせるが、概ねそれくらいだろう。


「う、うむ。ごきげんよう?」


 見上げるようにしてリトラは会釈する。


「こんにちわー」


 挨拶されて返さないのも無作法というもの。


 メイドの少女は少し首を傾げたが、笑みを絶やさずその場に佇み続けている。

 この者も誰かと待ち合わせであろうな、リトラはそっと横にずれると端末を取り出して時間を確かめる。

 約束の時間を丁度跨ぐところだ。


「妙であるな、時間に遅れるようなお人ではないのだ」


 待ち合わせの場所はラウンジの入り口で間違っていない。

 やり取りをしていたメッセージアプリで確認をしたが、勘違いではないのだ。

 もしかしたら先に入って席を取っていてくれているのかもしれない。

 中を覗き込んでみれば、数名のプレイヤーがまばらに腰を下ろして寛いでいるが、


「おらぬ」


 唸って何度も辺りを見回すもののそれらしい姿はない。


「違うロビーだったり?」


 キヨカも不安に思ったのか首を傾げている。


「そんなはずはないと思うが……」


 手早くアプリでメッセージを送る。


『ピロン』


 メイド姿の少女の方から着信音が鳴る。

 妙なタイミングもあるものだ、リトラがそちらを見れば端末の画面を見せながら手を振る銀髪メイドが微笑んでいた。




「まさか兄上がそのようなお姿になっておられようとは……」


 ラウンジの奥の方の席に落ち着いて、リトラは開口一番向かいに座る銀髪の少女を見た。

 ガラス細工のような、触れれば壊れそうな、儚げな印象を受ける少女が笑みを絶やさない。

 キヨカの裏表のない笑みとは異なりどこか作り物めいた……。


「リトラがソレを言いますか。研修の頃は俺様系みたいなアバターを使っていたのに……今はこんなに可愛らしくなって。あと兄上はやめなさい」


「俺様系ってなに?」


 キヨカは首を傾げる。


「尊大でいつもイキっている人のことですよ」


「そうなの?」


「別にそういう訳ではないのだが……兄上こそ昔は旧ヒー〇ンみたいな姿であったであろうに」


「時代の求める正義とはとうの昔にゴリマッチョではなくなっていたのです。今はKawaiiが正義なのですよ。あと兄上はやめなさい」


「いやしかし兄上は兄上であるし。あと、その、兄上が喋るたびに以前の兄上の姿が脳裏にちらついてどうにも……」


 慣れないと言おうとした瞬間、ミシリ、テーブルが音を立てて中央に亀裂が入る。


「あ、あに……レン、ドルム……殿?」


「その名もゴツイので止めなさい。そうですねぇ、レンちゃんとかレンお姉ちゃんとかどうです?」


「う、むむむ……それで姉上、どうしてそのようなお姿に?」


「レンお姉ちゃんでいいのですよ?」少し残念そうにしつつ、


「私を倒した方々に言われたのです。可愛いは正義、と。」


「う、うむ? 何となく、あに……姉上がそういった姿を選んだ理由は解ったのだ」


 頭では理解できていても感情の部分で受け入れるのに時間がかかりそうだ、リトラは深く考えるのをやめた。


「それで、今日は何か用があったのではないですか? 挨拶だけなら専用のチャットでも問題ないですし、わざわざ直接会いたいと言うからにはそれなりの理由があるのでしょう」


「そ、そうなのだ。でも姉上に会いたかったというのも嘘ではないのだが……。実はこのキヨカのことで相談があるのだ」


 リトラは隣に座って会話に耳を傾けているキヨカを見た。




「つまり、知識は与えることが出来たけれど社会常識みたいなものが身に付けられていないんじゃないかと不安なのですね」


「そうなのだ。一昨日、レイデン(都市エリアのこと)で買い物をしたのだが、買い物の仕方も値段の多寡も店員とのやり取りも我は教えられていなかったことに気が付いたのだ。それに危ない人間も居ることを教えてやらねば……と」


 リトラの悩みは主に後半だ。

 人間すべてがまっとうな者達ではない。それらの見分け方や近づかないための知識も与えてやりたい。

 しかしそれを教えるにはキヨカはまだ人の多様性を知らない。


「それなら簡単ですよ。学校に通ってもらいましょう」


 レンドルムは事も無げにそう言った。

 その手があったか、と手を打つリトラの隣でキヨカはよくわかってないらしい。

 首を傾げるばかりであった。

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