第55話
シスコがユイとの待ち合わせにしたのは第二ロビーエリア。
以前は趣味プレイ、特に路上パフォーマンスをするプレイヤー達が多く拠点にしていた。
それは今も代わりが無いらしい。
大道芸や寸劇をやるプレイヤーとその観客がちらほらと人垣を作っている。
そんな中でやたらと目立つものがある。
「前に来たときはあんなの無かった気がするんだけど」
シスコとごろーの視線の先には巨大なステージが出来上がっていた。
鉄骨を組み合わせたステージや柱、照明器具が大量に設置され、大型のアンプが所狭しと並べられている。
バックスクリーンの辺りでは数名のプレイヤーが何やら作業をしている。
「私も詳しくはありませんがアイドル活動をやっているクランの方が居まして、その方々の為にファンのプレイヤーが制作したのだとか聞いたことがあります」
一週間に一度はこのステージでアイドルライブをやっているのだとか。
よくよく周囲を観察すれば、ロビー間移動ポータルの辺りには物販エリアが出来上がっているし、アイドルのポスターやタペストリーがそこかしこに飾られている。
「スケジュールが開いている日に限りますけど、申請して使用料を払えば誰でもライブを行えるそうですよ」
今もエンジニアらしき人がミキサーの前で色々と調整をしている。
もしかしたら数時間後にライブがあるのかもしれない。
どういう訳か運営もライブには協力的らしく、ライブのタイミングに合わせてドームのライトを消してくれるらしい。
デスゲーム止めろや、という意見は無視するのにこの対応、これにはプレイヤーからの意見もかなり割れている。
「ふーん、そうなんだ……」
シスコが興味なさそうに相槌を打っていると、視界の端で何かを捉える。
ポータルの光が分裂して人の姿を取り始め、徐々に女性のシルエットが浮かび上がってゆく。
瞬間、
「ユイお姉さーん」
走り出す。
聞いたこともない可愛らしい声を発し、見たこともない外見相応の笑顔で走り出すシスコの姿を見てごろーは目を見開いた。半開きの口も合わさって妙な可愛らしさとシュールさを醸し出す。
女性にしては背の高いスラっとしたシルエット。
厚手の白のオーバーサイズブラウスにスキニージーンズ。
少しラフな格好の女性はスポーツキャップに大きめのサングラスをかけている。
例え知り合いだったとしても一目でその人物だと見抜ける者は少ないだろう。
だが、シスコは見抜いたのだ。
「シスコちゃん! やっと会えた!」
女性は嬉しそうにして飛びつくシスコを受け止めた。
背に回された手に力が籠る。
ごろーは目の前で起こっている出来事に頭が追いつかず、隣で佇むファセットを見上げるが、ファセットは無言のまま苦笑するだけ。
「ごめんね、本当はシスコちゃんが帰って来た日に会いに行こうとしたんだけど周りが許してくれなくて」
悲し気な表情だが、声には隠せない程の喜びが滲み出ていた。
「ううん、私もだよ。お姉さんに会うためにいっぱい、いっぱい頑張ったんだよ」
聞きなれない声にごろー、再びファセットを見上げる。
「ユイと会うときはあんな感じですよ」
一年半の付き合いだが、初めて見る姿に、何か良くないものを見せられているような気にさせられるのだ。
そんなシスコとユイの後ろに人影が差す。
「やっと追いついた。急ぎすぎだよ」
息を切らせながらポータルから現れたのは男女二人組。
シスコの見知ったプレイヤーで、ガーリー系の大人しい配色の服を着たショートカットの女性はヒイラギ。
もう一人の柄物のTシャツに黒のチノパン、良く日に焼けた肌をした長身銀髪の男性はアライだ。
アライを目にした瞬間、シスコはユイの後ろに隠れる。
「居ても立ってもいられなくって……」
「シスコちゃんが絡むとホント周り見えなくなるんだから」
ヒイラギが呆れて言うのに対してユイは平謝りだ。
「よう、シスコちゃんだったか。俺の事覚えてるか?」
しゃがんで声を掛けるのはアライだ。
シスコは無言のまま甘えるようにしてユイに顔を押し付ける。
何でコイツが今日居るんだ、と言うのがシスコの心の叫びである。
ごろーは楽し気な感じで盛り上がり始めた四人の輪の外から、
(わーシスコが女の子っぽい感じになってるー)
そんなことを考えていと話題がこちらの方に変わったらしい。
シスコが三人を引き連れてやってくる。
「この子がお友達のごろーちゃんだよ」
どうしたシスコ、マジで変なモノでも食ったんじゃないのか、ごろーは吹き出しそうになる心の声を押さえつけ、
「ごろー」
小さく手を上げて挨拶した。
「女の子なのにごろーなんだな」
アライが面白そうに言うのを聞いて、
「ステゴロから取ったんだって言ってた。」
シスコが繕う様に補足する。
女の子の見た目でステゴロも大概だが、まぁ、結果としてバトルスタイルがそれっぽいのである意味でプレイスタイルも表している。
「へーそうなのか。宜しくな」
「ヒイラギだよ、よろしくね」
アライは爽やかな笑顔だ。
ヒイラギもごろーのこと小さな女の子だと思っているのか、こどもに対して話しかけるような口調になっている。
これもある意味狙い通りである。
というか、シスコの友達だから女の子だろうという先入観が働いているのだ。
そんなごろー達の脇で、
「それで、どうしてアナタがここに居るのかしら?」
酷く冷めたユイの声。
応対するファセットは笑みを絶やさない。
「シスコにどうしてもと言われまして」
お互いにこやかにして交わされる会話だが、目が笑っていない。
嫌な緊張感が場を支配する。
一触即発、そんなときだった、
「二人とも喧嘩はダメだよ。事情は聞いたけど仲直りして? ね?」
シスコが二人の手を取って握手させる。
(あー、キヨカがあんな感じだなぁ。真似したのかなぁ)
ごろーはそんなことを思う。いぶりーをからかいすぎてヒートアップしたときなどはキヨカがあんな感じで間に立ってくれるのだ。
島では良く能力を使っての喧嘩に発展しかけてその度に止められていたのだ。逆に能力さえ使わなければじゃれ合い判定でもしているのか口を出してくることは無いけれど。
そういう意味ではあの二人の空気は結構殺伐としていたな、とごろーはそんなことを思う。
「シスコちゃん……そうね。喧嘩は良くないよね」
ユイは肩から力を抜く。
「そうですね、以前のことは水に流しましょう」
ファセットは微笑んで手を握り返した。
しかし、お互いの手にはかなりの力が込められていたりする。きっと心の底から和解するのはもう少し時間がかかるのだろう。
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