第53話

「せっかくだから俺はこのチケットを選ぶぜ!」


 シスコがGMに協力した謝礼に選んだのは高級和風テーマチケット(クランハウスに使える模様替えアイテム)。

 そしてクランハウスは二日ちょっとでボロアパートの一室から門付き庭付き武家屋敷へと進化した。


「納得いきませんわ! 馬鹿ですの!? 普通は西洋風のお屋敷一択でしょう!?」


 一部納得できない勢力が文句を垂れていたが、離れを自由にしていいという条件を付けて人しくしてもらったりと色々あった。


 そんなこんなで火山島攻略から三日目。


「何じゃお主、朝からにやにやして……」


 ちゃぶ台を囲む朝食の一幕。

 味噌汁を傾けながらリトラはジト目ではす向かいのシスコを見る。

 手に握るのは箸ではなくスプーンフォーク。


「ん~、ちょっといいことあってさぁ」


 にやにやとだらしない顔でご飯をぱくつく。


「まぁ、お主の事情は置いておくとして、今日は黒龍素材の加工をやる約束であろう。忘れておらぬよな」


「大丈夫だって、覚えてるって」


 浮ついた様子にリトラは顔を顰める。

 そんなリトラの隣では、


「あ~」


 ごろーが口を開けば、


「はい、あーん」


 卵焼きを口に運ぶのはキヨカだ。


「残さず食べられてえらいね」


 頭を撫でている。


「キヨカー、甘やかしすぎですわよ」


 一人だけ紅茶にトーストセットのいぶりーは悍ましいものを見るような目だ。


「島の時から注意してるんだけど直らないんだよねぇ」


 シスコは既に諦めている。

 そんな朝の光景。

 食事を終えた五人は今日も揃ってお出かけの予定だ。


「闘技場エリアで体力無限スタミナ無限で復活回数無限のプライベートマッチ。エリアはノーマル闘技場」


 シスコはクエスト端末を弄りながら設定を行う。

 闘技場エリアはデスゲームが始まって以降も人気のエリアだ。ここでは煉獄と同じく死亡判定でライフが減らない。PvPランキングやチームマッチもありデスゲーム以降も娯楽施設として運用され続けているのだ。


「腕が鳴りますわね!」


 某暗黒武術会が行われそうなリングの中央に五人が立つ。


「ということで今日は黒龍の解体やりまーす」


 シスコはポケットからアイテムカードを取り出すとそれを物質化させる。

 リングの中央には巨大な黒龍の肉体が現れる。

 状態は非常によく、ごろーが折った角も綺麗な状態に戻っていて傷一つない。


「丸々取得ってラッキーですわね」


「そこはホレ、頑張ったお主らにご褒美と言う奴でな」


 不敵に笑うリトラ。


「またGMが飛んできても知りませんわよ」


 いぶりーは苦々しい思いでいっぱいだ。何せボコボコにするつもりで挑んだら秒で制圧されたのだから。


「くくく、安心せい。元々祖龍の報酬は素材まるまる手に入るようになっておるのよ。さーてどこから手を付けようかの」


 リトラは嬉々として黒龍の肉体に駆け寄っていく。




「ごろーそっち引っ張ってー」


 黒龍の四肢にはそれぞれトラロープが結わえてあり、観客席を杭代わりに結わえ付け固定してゆく。

 今は丁度最後の一本を固定するところだ。


「おー」


 ごろーの異能像エイリアスが後ろ足に結わえてあるロープを引っ張ると、黒龍の後ろ足が大きく開かれる。


「は、はわわわわ……コレ結構恥ずかしいのだ」


 リトラは顔を真っ赤にしておっぴろげになった黒龍の股間から目を逸らす。ご立派様がデロンと白日の下に晒されてしまった。

 黒龍の巨体は観客席の最上段から逆さに吊るされる形になってしまっている。

  シスコとごろーが黒龍を固定している間にキヨカは足元にブルーシートを広げている。

 胴体の傍には囲いを作ってその上にシートを被せて即席の桶も用意してある。

 ここに内臓を溜めておく予定である。


「んじゃ、さっそくやっていこー」


 まず最初は血抜きからだ。

 キヨカは黒龍の腹の上に飛び乗ると、丁度心臓の位置の上で膝をつく。


「シスコお姉ちゃんいつでもイケるよー」


 キヨカは手を大きく振って合図を出す。

 キヨカの能力は『生命』に干渉する系統の能力。これで黒龍の心臓を無理矢理動かして血抜きをするのだ。

 首元ではシスコとごろーが空のドラム缶を用意して受け入れ態勢はばっちりだ。


「おっけー」


「この辺りかの」


 リトラの示す場所を大きく切り裂いてゆくと、大量の血があふれ出す。

 すかさずごろーがドラム缶で血を受ける。

 血だって立派な素材なのだ。


「なんであるかなぁ、こう見ていると背筋がぞわぞわして落ち着かぬのだよなぁ……」


 どんどん一杯になっていくドラム缶を見守りながらリトラは名状しがたい気持ちになっていた。


 血抜きが終われば次は内臓の処理だ。

 シスコが器用に黒龍の股間上に飛び乗ると尻の穴に布の塊を突っ込んで栓をする。

 ここら辺は島で食肉係だったシスコの得意とするところである。


「う゛っ」


 リトラは顔を顰めて無意識に尻の穴をキュっと締める。

 喉の奥から言葉にならない唸り声が滲み出すのも仕方がない。


 シスコは肛門の周りからサクサクと刃を入れてゆく。

 あれ程強固だった黒龍の鱗は死んでしまえばもろくなるらしい、大振りのナイフが少しの抵抗感だけで滑るように切り裂いてゆく。


「んひっ何だかお尻のあたりがムズムズして気持ち悪いのだ」


 この辺りから、というか初っ端からリトラは顔色を悪くしていぶりーと揃って観戦席での見学ポジになってしまった。

 いぶりーは非力すぎて最初から戦力外になってしまったのだ。

 この日は最初からガヤ芸人ポジである。


「うぐぐ、結構心にクルのだ……」


 見守るリトラは涙目だ。

 結局その日丸々を黒龍の解体に時間を使うことになった。


「うぅ……黒龍限らず祖龍の素材はどこを使っても素体の強化補正効果は変わらないのだ」


 とのことで、血や内臓、肉は素体の強化に利用されることに。

 とはいえ肉も内臓もかなり余るので食用として大半は持ち帰ることになった。


「確かに食べられるけれども……え、早速昼飯からであるか? この場で焼肉、だと……?むむむ」


 リトラは難しい顔をしていた。

 それから皮や鱗、骨牙爪角と使えそうな素材は全て武器防具の更新に用いられた。


「みんな真っ黒だね」


 全員の異能像エイリアスが黒に統一されてしまった。

 いぶりーは以前の異能像エイリアスの見た目が気に入っていたらしく、スキン機能を使ってデザインだけは以前のままになっているし、ごろーは元々黒一色だったので代わり映えしていない。

 異能像エイリアスに使用する大抵の武器、防具は製図などのデータを残しておけば加工装置に素材を投入してワンボタンで完成するのだ。


「ここら辺は楽でいいよね」


 ほくほく顔でシスコは性能がアップデートされた素体を動かしてみる。

 黒いアーマーに鎧われた華奢な異能像エイリアスが滑らかな動作で武術の型をして見せる。


「以前よりも遠隔で動かしやすくなってる。とはいえ2mも離すとキツイね」


 数歩先で動く異能像エイリアスからの急激なパワーロスを感じ取って近くに戻す。


「低SUPタイプの宿命だのぉ。……そういえば今朝は妙に嬉しそうにしておったが結局あれはどういう事だったのだ?」


「あーあれね。実はさ、明日久々に知り合いに会えるんだよねぇ、うふふ」


 シスコは蕩けそうな顔で自らの肩を掻き抱く。

 何かを幻視するような狂気に満ちた瞳にリトラは少し引いた。


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