第51話
周囲の建材が熱によって融解し、赤熱によって照り返す。
その中をツインテールを揺らしながらいぶりーは目の前の仇敵を睨む。
「逃げ場はありませんわよ!」
「そりゃこっちのセリフだぜ」
対するのは軍服を纏ったGMドーン。
灼熱を感じていないのか悠然と歩を進め間合いを詰めてゆく。
ドーンの重心がぶれたかに見えた瞬間、いぶりーの背後からの一撃。
知覚外の一撃は、しかし爆炎によって防がれる。
防御反応に振り向くいぶりー、
(速い……それにあの拳、何か光ってますけどシンクロとも違いますわね)
一足飛びで間合いを開けるドーンを目で追いかける。
そこから地に足が付いた瞬間にドーン、ステップを踏んでフェイントを交えてのストレート。
いぶりーの顔面目掛けて放たれた拳は再び爆炎によって防がれる。
ドーンは衝撃で仰け反りつつも瞳を細める。
(目で追えていない? てことは防衛本能Ⅲあたり入れてんのか。テメェの身体能力が低いのを逆手に取ったいいチョイスだなクソったれ。しかもあの余裕そうな感じからしてテンポラリーじゃなくてメイン。手応えからしてPOW偏重型、迎撃の精度から見てもINT、DEXも同じくらい上げてる。案外分かり易い性格で助かるってもんだ)
GMドーンは口の端を歪めると今度は構えを解いてゆったりとしたペースで間合いを詰める。
「正面からなんて、舐めてますの?」
熱線がドーンを襲うが、漏れなく拳で叩き落されてゆく。
「さっき正面から殴りに行ったんだが……忘れたのかよ」
そして、いぶりーに手を伸ばす。
いぶりーが舌打ちし間合いを開けようと意識して重心が踵に乗った瞬間、ドーンは一気に体を沈み込ませ低い位置からのタックル。
「ほい、捕まえた」
いぶりーの感覚に衝撃は無かった。気が付けば体が浮いてドーンの手が絡みつく。するりと腕を取られて抑え込まれる。
「な、どうしてですの!?」
「やっぱ気がついとらんかったな。どうせ防衛本能付けとりゃ近付けんと思うとったんだろうが。お前さん自身が知覚した攻撃は防御対象にはならんのよ」
GMドーンは説明しつつもどこから取り出したのかロープでいぶりーをぐるぐる巻いて拘束する。
「く、卑怯ですわよ! 痛ッ、キツく縛りすぎですわよ! っていうか炎、炎が出ませんわ!」
「そういうもんじゃし逃げられると困るけぇ、諦めぇや」
GMドーンは簀巻きにしたいぶりーを肩に担ぐ。
「ちょっとせめてお姫様抱っこで……」
「あー聞こえん、なーんも聞こえん」
耳を塞ぐと再び仲間の元へとむかう。
爆炎の壁を背に対峙するは黒龍リトラとGMトワイライト。
何度かの攻防を経ての再びの膠着状態。
「貴様らにはキヨカを傷つけた落とし前、付けさせてもらうぞ」
その目には容赦や慈悲は無い。
「いやいやいや、別に私ら傷つけてませんて、ね? 冷静になって話し合うっすよ!」
苛烈さを増す攻撃に大地が、高層ビル群を支えるプレートが悲鳴を上げる。
「問答無用!」
これまでにない程の圧力が辺り一帯を覆い上空に黒球が現れる。
辺り一帯を破壊しつくすのに十分な威力を持った一撃。
誰もが一目で理解する。
それが正に放たれんとする瞬間、
「動くな。お前さんが動いたらお仲間がどうなるかな」
立ち昇る黒煙の向こうから姿を現すのはGMドーン。その手には縄が握られ、その先にはいぶりーが捕縛されている。
「ドンちゃん無事だったんすね」
トワイライトの纏っていた空気が弛緩する。
「黒龍リトラ、観念して大人しくせぇや」
「卑怯ですわよ! このッ放しなさいですわ!」
わめくいぶりー。しかし縄はびくともしない上に、能力で焼き切ろうにも煙すら上げない。
「喧しい!」
ドーンが怒鳴りつけるも、
「なんですって! だーったらそっちが放せば済む話ですわよ!」
話を聞かない。
GMドーンは大きくため息を漏らすとどこからか取り出したタオルを使って猿轡のようにしていぶりーの口をふさぐ。
それでももごもごしながら五月蠅いのだが……。
「く、お主らいぶりーにまで手を出すとは……見下げはてた根性、ますます許せぬ」
「いや暴れたから取り押さえてるんすよ」
抗弁するトワイライト。
相対するリトラの態度は増々頑なになってゆく。そんな時だった、
「リトラちゃん!」
燃え盛る瓦礫の向こうから姿を現すのはキヨカだ。
その後ろ、大分離れたところからシスコとごろーが「戻ってこーい」叫びながらわたわたしているのがリトラに見えた。
「キヨカ、こっちに来てはいかん」
「大丈夫だよ。それよりリトラちゃん、ズルしたって聞いたよ?」
リトラの傍まで行くと膝を屈めて顔を覗き込む。
「むむむ……誰から聞いたか知らぬが、そのようなことをはして居らぬ」
たじろぎつつもリトラ自身に後ろめたい思いなどこれっぽっちもない。
「ほんとう?」
「本当じゃとも」
「そっか、よかったー」
キヨカは笑顔になるとリトラの隣に立つ。
「ズルしてないって、よかったねトワイライトさん」
「いやぁ、ズルしたのが分かったから我々出てきたんすよ。黒龍リトラがシステムに干渉して所持金書き換えたって説明したっすよね? それに私らから逃げたっすよね、それって悪いことした自覚があったからっすよね!?」
グダり始めた状況にトワイライト疲れた表情を更に濃くする。
「何を言うかと思えば、攪乱しただけで逃げてはおらぬ。だいたい我らはプレイヤーのデスゲーム攻略に対して積極的に手を貸さない限り干渉されるいわれはないぞい。そも、金銭に関して私的利用に限っては自由にしてよいことになっておるしの。上の連中が我らから権限を取り上げないのがその証拠であるぞ」
「限度ってもんがあるだろ。金銭の取得は基本的にゲームのルールに則って貰わなけりゃならねぇ。そこら辺も言い含められてるはずだぜ」
GMドーンは暴れるいぶりーを押さえつけながら苦い顔をしてリトラを睨む。
「そこは認めよう。だが、与えられたルールの解釈の仕方までは指定されておらぬ。今回に関しても必要と我が判断したからそうしたに過ぎぬ」
「だとしてもちょーっとばかし増やしすぎじゃないかい?」
睨み合う両者の外から第三者の声。
一斉にその場の視線が声の主に集まる。
いつからそこに居たのか、瓦礫の上に腰を下ろすのは作業着姿の大柄な髭面の褐色肌の男。
「お主が出てくるとはの」
リトラの瞳は警戒と言うよりも近しい人間に向けるものに近い。
「カラヤさん、なんで来てんすか。やる気無かったクセに」
GM二人は意外そうな顔をして男、カラヤを見る。
「何でって、話こじれてるみてーだし俺が出てきた方が話がはえーからな」
カラヤは手に持っていたビールの缶を開けると一口あおる。
「だったら最初から出てきて欲しいっす」
トワイライトのボヤキはカラヤには届かない。
「それでだ。あー、リトラ……お前さん、随分可愛らしい見た目になっちまったなぁ。昔使ってたアバターどうしたよ」
「む? 今の仲間に相応しくないので破棄したが?」
「……そうかい。あの姿を好きだった奴もいたんだがなぁ。まぁそっちはいい、今回のことだが……」
「うむ、我の解釈で問題なかろう」
リトラは何一つ臆することは無い、自然体だ。寧ろGM二人の方が緊張で固まっている。
「そうだ、と言いたいところだがなぁ、GM共の主張も一理あるんでな。取りあえず所持金の桁を二つくらい減らしとくぞ。今後は本当に困ったときだけにするんだな」
「わかったのだ。今後は気を付けよう」
「ま、あんまし派手にやりすぎんようにな……それでだ。お前ら」
カラヤはGM二人へ向き直る。
「はい」
「なんすか?」
「お前らちょっとこっち来い」
カラヤは缶の中身を飲み干すと立ち上がり、くしゃりと潰して投げ捨てる。
目の前に直立不動で並んだ二人を見下ろして、
「バカ野郎が! プレイヤー人質に取るとか何考えてんだ」
拳を落とす。
「「っつ~」」
涙目で頭を抱える二人。
「ただのフリっすよ。ホントに人質にしてるわけじゃないっす。大体あれもシスコからの提案っすし」
「あ? フリだろうが何だろうがやっていいことと悪いことがあるだろうが。提案されてもそういうのは断れってんだよ」
「デスゲーム始めよった連中のいう事かよ」
ぼそりとドーンが言えば、
「お、雇い主に反抗か? 肝の据わってる奴は嫌いじゃないぜ」
「なんすか急に……気持ち悪いっす」
「馬鹿おめぇ、褒められてねぇだろどう聞いても。皮肉だろ」
「ひねくれてんなぁ、もっと素直に受け取ってくれよ」
苦笑気味にカラヤは二人を見て、それから何かを思いついたのか笑みが意地の悪いものに代わる。
「フリとはいえだ、ああいうのは良くねぇし……罰としてお前らはアイツ等がクエストクリアするまでそこで正座な」
「はぁ? 横暴だろそりゃ」
「前時代的すぎるっすよ、頭昭和っすか!?」
「はいはい、強制正座でもいいんだぜ? どっちがいい?」
カラヤの提案に二人は渋々膝を折る。
「それと、お前さんはもう行っていいぞ」
カラヤが指を鳴らせばいぶりーを縛っていた縄とタオルが淡い燐光となって消えてゆく。
「ちょっとアナタ! そういう事できるなら説教なんか後にして優先的に助けなさいですわ! 涎で口の周りがベトベトになってしまいましたわよったく」
袖で口元をぬぐう。
「うるせぇヤツだなぁ……おいリトラ、さっさとコイツ連れてってくれ」
「何ですって! アナタがすっとろいからですわよ!」
「あー分かったから、ホレあっちいけ……ったく普通初対面相手にあそこまで文句言うもんかね」
カラヤはチンピラみたいな歩き方で去っていく少女アバターを残念な気持ちで見送りながらも、リトラの周りに集まり始める少女たちを遠目に見て口元に笑みを浮かべる。
「うわ、女の子見てニヤニヤして気持ち悪いっす。リアルで通報されるヤツっすよ」
「そういや日本の中世には石抱って拷問があったらしいなぁ」
カラヤは正座するトワイライトを見下ろす。
「馬鹿が、余計なこと言うからじゃ」
「冗談っすよね?」
その日、高層ビル間に絶叫が木霊したとかしないとか。
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