第50話

 もしもこれが現実世界の出来事ならば、世間を大いに賑わせるだろう。

 人々は怒り、そして非難の声を高らかに上げるだろう。


 それは突然のことだった。

 あらゆる通信機器、テレビ、PCモニター、ラジオ、それらに類するものは激しいノイズと共にジャックされた。

 同時に都市のビル群のあらゆる壁にもプロジェクションマッピングによる映像が投影される。

 都市住民の視覚と聴覚を横暴なまでの方法で蹂躙した。


 映像に映るのは中性的な顔立ちをした軍服姿の人物二人。その二人の前には縄で縛られた少女が三人。

 哀れな少女達は俯き表情はうかがい知れない。


『黒龍リトラよ、貴様の大切な者達は預かった。この娘達に危害を加えられたくなかったら速やかに投降しろ。一時間待ってやる。だが、それまでに姿を見せないのであればどうなるかな』


 軍服姿の人物は亜麻色の髪をした少女の顎を掴み顔をあげさせる。


『……』


 だが、少女は気丈にも悲鳴やうめき声を上げることは無い。


『フン、その強がりが何時まで持つかな……』


 その言葉に少女は目つきを鋭くし睨み返す。

 そして映像はブラックアウトし、カウントダウンの数字のみが表示される。


「うわぁ、ドンちゃん悪い顔して……ハマり役っすね」


 投影された映像を見上げていたGMトワイライトは苦笑を浮かべる。


「ドンちゃん言うなや、大体お前がすっすすっす締まらねぇ喋り方すっからワシがやるハメになったんじゃろがい」


 怒りの声を上げるのはGMドーン、トワイライトの相方である。

 その傍らにはロープで緩めに拘束されたキヨカが困り顔で佇んでいる。

 

「いやぁ~申し訳ないっす。ところで、これで上手くいくんすかねぇ」


 トワイライトは発案者であるシスコを見る。

 シスコは少し考えてから、


「多分今ごろ慌ててこっち向かってると思うよ。というか提案しておいてなんだけどさぁ、本当にやるとは思わなかったよ」


 シスコが想定したのは電波ジャックでテレビを使って伝えられたらいいなくらいで、まさかあらゆる映像機器音声機器を使用するとは思ってもいなかった。


「そっすねぇ、ちょっと派手になっちゃったかもっすねぇ」


「あげる」


 ごろーは何処から拾ってきたのか匕首をトワイライトに握らせる。


「お、気が利くっすね。こういう小道具大事だと思うんすよねぇ」


 トワイライトは嬉しそうに握り心地を確かめている。


「小道具とかどうでもいいんだけど。というか今更なんだけどさぁ、リトラ一人にここまでする必要ってあった?」


 自身を縛っている縄の位置を調整しながらシスコはトワイライトを見上げる。


「んーまぁ、微妙なトコっすけどこっちにも事情があるんすよ」


「じきに八龍の連中がシャバに出てきよるんで、連中が好き勝手し始める前にちょいと分からせたらんとイカン言うことになったんですわ」


 GMドーンは辺りに目を光らせたままそう口にする。


「八龍?」


「ほら、黒龍リトラもボス役終わったらアバター作って出てきたっすよね? あれと同じ感じっす。幸いにして煌龍も地龍も大人しくしてくれてるからいいんすけど、黒龍に触発されたら何やらかすかわかんねーすから。あー、でも地龍は既になんかやってたような……。まぁ、とにかく引き締めっす……」


 語り終えようとした瞬間。


「トワイライト!」


「ハイっす」


 トワイライトが右腕を掲げたと同時、黄金の風が突風となって吹き荒れる。

 灼熱の暴力は建物を撫でると同時、建材がドロリと溶け落ち、火の手が上がる。

 しかし暴力の手は届かない。

 不可視の守りがそれを阻む。

 半球状のドームの範囲内は数舜前と変わらず涼しいまま。


「無茶苦茶するっすねぇ……しかもこの威力」


「奴さん相当お怒りみたいだな」


 GMドーンは獰猛な笑みを浮かべる。

 その視線の先、爆炎と陽炎の向こうに立つ二人の小柄な姿。

 沸き上がる熱風に踊る金髪と黒髪。

 赤と黒の衣装を揺らしながら姿を現した。


「人質などと卑怯卑劣外道極まりないですわよ!」


 いぶりーが腕を振るえば、炎は割れて道が出来る。


「刃物まで突きつけて……貴様ら……ゆ゛る゛さ゛ん゛!」


 幾筋もの黒が閃く。


「あ、ちょッコレ違うんすよ! 先ずは話……ってか、仲間! 仲間に当たるっすよ」


 不可視の壁に穿たれた膨大な黒槍が守りを壊す。

 慌てつつもGMトワイライトは不可視の障壁を再展開しているらしい。

 黒槍は動きを止める。


「リトラがそんなヘマするわけがありませんわ!」


 背後からの声、


「いつの間に……」


 GMドーンは振り返りつつ指を鳴らす。

 同時、衝撃、爆発。


「効きませんわ!」


 いぶりー、大きく一歩後退しつつも収束した黄金が放たれる。


「馬鹿みてぇな威力出しやがる。だが遅ぇ」


 拳で迎え撃つ。

 弾かれた黄金は大きくそれて地面を、プレートを引き裂く。


「ドンちゃん!」


「皆さん今のうちですわ!」


 GMドーンが迎撃するのに合わせて熱線でロープを焼き切っていた。


「え? あー……よーし今のうちに逃げるぞぉー(棒」


 シスコはキヨカとごろーの手を引っ張って近くの建物に向かって走る。

 とはいえ辺りは火の海。

 逃走ルートも限られる。


「あぁ~、私も連れてって欲しいっす」


 トワイライトは羨ましそうに走り去る三人を横目に泣き言を漏らす。


「馬鹿言ってねぇで本気出せや。こじれちまってるがやるこたぁ変わらねぇ。力ずくで分からせてるんじゃぁ!」


 ドーンは吠える。


「いやいや、あの人らヤベェ威力出してんすけど!?」


「見りゃわかることを一々言わんでええ!」


 獰猛な笑みを浮かべつついぶりーを捉えるべく姿勢を低くし追いすがる。


「っく、人間業じゃありませんわよ!?」


 何度も放たれる熱線は、しかしドーンには届かない。

 全てが拳で打ち払われる。

 そして間合いに入った瞬間、いぶりーを中心に爆炎が火柱の如く立ち昇る。

 プレートを揺らすその一撃は、


「ドンちゃん!」


 トワイライトの意識を逸らす。


「我を相手に余所見か?」


 不可視の壁に新たな黒槍が突き刺さる。

 防壁を突き抜けた切っ先は形を変え雷電の軌跡を描いてトワイライトに迫る。


「あーもう、これだから龍は!」


 地面を転がり難を逃れる。

 逃れてもリトラの攻撃は密度を増してゆく。

 不可視の防壁を容易く砕き貫き、舗装路へと突き刺さった瞬間爆ぜる。

 GMトワイライトの頬を伝う汗が雫となって落ちた。

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