第49話

「え、普通に嫌だよ」


「いや、そこを何とかお願いっすよ。いま相方が都市内走り回ってるんすけどまだ見つからないっすしこのままだと不味いんすよ」


 GMトワイライトは心底困り顔だ。

 今はシスコたちに同席して何とか手を借りようと必死である。

 交渉に移ってそれなりに経つが進展はない。


「あ、ごろーさんにお姉ちゃんさん、お皿が空っすけどお代わりどっすか? てんちょー、こちらの二人にミルフィーユとモンブラン、一番いいとこ頼むっすよ」


 そして先程からシスコ以外の二人のご機嫌を取って味方に引き入れようと必死でもある。

 もちろんGM権限でこの店での支払いは無料になっている。


「おなかいっぱい」


「ぼくも甘いのはもういいかなぁ」


 申し訳なさそうに苦笑しつつ紅茶で口をさっぱりさせるのはキヨカで、ごろーはお冷の氷をぼりぼりやっている。


「てんちょー、やっぱキャンセルで!」


「騒がしい人だなぁ。とにかく仲間を売るような真似はあんまりしたくないんだよね。大体クエスト終わった後にロビーで捕まえりゃいいじゃん」


 シスコはそこを譲る気はない。


「それがそうもいかないんすよ。クエストって成功しても失敗しても拾得物って持て帰れるじゃないっすか。これって帰還処理が発生した時点で資産とか所持品が確定されるからなんすよ。で、所持品だけだったら力業で徴収って形で没収できるんすけど、クレジットって偽造とか改竄とかできないように結構面倒で複雑なプロテクトが施されててGMの権限だとちょっと修正が難しいんす。しかも、無理やり本人から返金させようとしても送金処理拒まれたらもうどうにもなんねーんす」


「すりゃいいじゃん、終わった後で」


「いや、だからそれが難しくて。こういうのは上司の承認が必要なんすけど上司は放置派なんす。絶対に面倒くさがってハンコ押してくれないんす。でもクエスト中ならGMの裁量である程度修正は可能なんすよ。まぁ、それでも本人と接触する必要があるんすけど」


 悔しそうに言う。


「大変だね。頑張ってね」


 キヨカは項垂れるGMトワイライトの頭を優しくなでる。


「だったら手伝って欲しいんすけど……」


「ぼくもリトラちゃんを売ったりはしたくないなぁ」


 堂々巡りである。


「一体どうやったら手を貸してくれるんすか? そーだ、クエスト報酬二倍にします。これでどすか」


「二回受ければいいだけだしそういうの要らないかな。クエストボス倒すだけなら楽勝って話だし」


「そうだった、この人ら少人数で黒龍倒してたの忘れてたっす」


 大きく肩を落とし溜息を漏らす。

 どうやったらこの人たちを味方にできるのか、GMトワイライトは考えて考えて考え抜いて……一つ思い出したことがあった。


「そういえば、シスコさんたちのクランってKMS・06っすよね。いぶりーさんってメンバー居るんすよね?」


「居るけど、突然なに? まさかアイツもなんかやらかしたの?」


 シスコは驚くも、まぁ何かやってもおかしくないかなという妙な納得感があった。


「いえ、ちょっとした確認っす。……それでですね、実は私こういうもの持ってるんすけど」


 トワイライトが虚空に手をかざすと淡い燐光と共に封筒が一つテーブルの上に落ちる。


「これは?」


 三人そろって首を傾げる。


「お三方はずっと火山島に居たから知らないとは思うんすけど、実は去年デスゲーム周年イベントやったんすよ。その時の交換アイテムの一つでクランハウス模様替えチケットっす」


 そんなイベントやるなよと呆れつつも、模様替えチケットの単語が耳に入った瞬間、シスコとごろーの目つきが変わる。

 瞬きの間に行われるアイコンタクト。

 視線の交差と同時、頷くごろー。


 二人の間に合意は成された。

 残すはキヨカだが、キヨカは二人の様子に気が付かない。


「もし手伝って頂けるなら模様替えチケットの中でも人気だった和洋中土テーマの最高級チケットをどれかお一つお譲りしますっす」


 GMという立場からすると忸怩たる思いもあるが、背に腹は代えられないのも事実。

 硬く目を瞑り深々と頭を下げる。


 チャンス到来。シスコはごろーを見て、


(キヨカの説得はまかせろ)


 シスコはウインクしてみせる。そしてキヨカの耳元で小さく囁く。


(リトラはどうも過ちを犯したみたいなんだ)


(んーでも……)


 流石にそう言われればキヨカも言わんとすることに気が付く。


(仲間であるおれ達がリトラを正しい道に導かないと、この先もきっとリトラは同じことをするかもしれない。そんなリトラの姿を見たくないだろ?)


(そんなリトラちゃんは嫌だなぁ……)


(うん、そうだよな。だからGMの人を手伝おう)


 小さな声で交わされるやり取りが気になってトワイライトは、


「……どすか?」


 探るように薄目を開けてチラリと反応を伺う。

 トワイライトが目にしたのは、シスコの差し出した右手。


「仲間を売るような真似、本来ならしたくはありません。ですが最初に不正を働いたのは彼女です。これも因果応報なのかもしれません。お受けしましょう」


「……!」


 言葉にならない歓喜を胸にGMトワイライトは両手でその手を取って再び深々と頭を下げた。




 話の纏まったシスコ達とGMトワイライトはカルキノ区の表層に来ていた。

 表層は各企業の本社や富豪向けの高級マンション等が立ち並ぶ区画となっている。ここに居を構えられるのは限られた階級層や資産家のみ。


「お、いたいた、ドンちゃーんこっちすよこっちー」


 GMのもう一人の相方との合流の為に今は区庁舎前に来ている。

 トワイライトの手を振る方を見れば、顔を真っ赤にして走ってくる、こちらも中性的だが幼い感じの軍服姿の人物が目に入る。


「ドンちゃん言うなや!」


 勢いのままドロップキック。


「うわぁ……」


 シスコもごろーも引き気味である。キヨカだけは派手な登場を楽しんでいるようだが。


「ゴメンてドンちゃん。それで、何とか手伝ってもらえるように説得したんで頑張って黒龍リトラ探すっすよ」


「だからドンちゃん言うなや。何べんも言わすなや」


 けたたましく怒声を上げながらトワイライトの頭をはたく。可愛らしい顔立ちの割に凶暴である。

 舌打ち一つしてトワイライトの尻を強かに叩くと三人に向き直る。


「騒がしくしてスンマセン。ワシはGMドーン言います。よろしく頼んます」


「こちらこそ」


 三人そろって会釈をする。


「で、表層で合流ってことは何か考えがあるとみてええんですか」


 GMドーンは目を細める。顔の素材は良いはずなのだが、中の人がそうさせるのか実に人相が悪い。


「リトラのことなんだけど、いぶりーと一緒に行動してるんだよね。あの二人の目的の店が表層区画にしかないから」


 ファミレスの時にチラっとリトラが言っていたことだが、自身のキャラデザはいぶりーと対になるようにデザインしたと言っていたのだ。

 何をどう考えてアレを参考にしようと思ったのかシスコには理解できなかったが、ともかくとしていぶりーの服装に強いインパクトを受けてそれが似合うアバターを用意したとかなんとか。


「なるほど、まずはその店に寄って聞き込み調査っすね」


「え? しないけど」


「じゃぁ何でわざわざ表層まで来たんすか」


 GM二人は首を傾げる。


「二人が潜伏するとして、多分下層はいぶりーが嫌がると思うんだよね。なんか下に行くにつれてスラムみたいになるって言うじゃん。それに加えて今はお金の心配とかないわけでしょ、あの二人。そうなると表層のお高そうなラウンジとかカフェとかに居る可能性が高いわけで……」


 シスコは二人の、特にいぶりーの予想される行動から行き先を絞れると言いたかったのだ。


「って言ってもこの島の表層だけで北海道くらいの広さあるんすけど……」


 GMトワイライトの言葉にシスコは頷くと、


「そこで、おれにいい考えがある」


 切り出した。

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