第47話

 いぶりーとリトラは二人仲良くハイヤーで移動している最中だった。

 何故か、理由は簡単である。


「まさかあの階層では扱っていないなんて思いもしませんでしたわ」


「基本派手なドレス系は表層の高級店でしか扱われぬのよ。第一階層を普段使う所得層でも必要になったら表層にある店に買いに行ったりしておるの」


 つまりはそういう理由である。

 リトラはどういう訳かあの島にやってきたキヨカ含む四人のうち、いぶりーの服装にすっかり感銘を受けてしまっていた。故に黒ゴスである。黒なのは単に黒が好きだから。


「そういう事ですのね。ついでですし何着か欲しいですわね、ワンピースタイプ以外にも色々買い込みたいですわ」


 いぶりーの中身はなんちゃってゴスロリおじさんなので細かい専門用語とかわからないので目についたもの全部買う心積もりである。


「我も初期設定の衣装しかないから買い足すぞい。ところで、いぶりー。お主財布の貯蓄は十分か?」


「そこそこですわね。リアルなら一年は働かなくても問題ないレベルですわ」


 因みに実家暮らし想定である。


「どの程度の生活水準での一年間かによるのだが……一着あたりこのくらいかの」


 リトラは手元の端末を操作して今向かっている専門店のホームページを開く。


「おひょ!? 一着30万クレジット……? コレ表示バグってますわ! だってリアルで昔見かけたときだってものによりますけど2万円出せばそれなりのもの変えましたわよ!」


 見かけた、と言うが職場の女子社員のスマホを横から盗み見しただけである。

 あと、いぶりーは勘違いしているが、リアル換算だと1クレジットは大体10円越えないくらいである。


「流石にお主、表層の高級店を舐めすぎであるぞ。今から行く店は貴族とか資産家とか大企業の社長連中の娘とかが特別な時に着る服を売っておる店と言う設定なのだ。もっとも、メタな話をすると派手な衣装は高く設定しておけば散財してくれるだろうという運営の罠でそういう扱いになっておる」


 だからこそ、第一ゲートでは服飾専門に活動するプレイヤーが居て、様々なコスチュームを作って安く他のプレイヤーに販売しているのだ。服だけではなくアクセサリーなんかも同じ感じである。


「く……流石運営、やることが汚いですわね」


「そこで我に秘策があるのだ」


 そう言うとリトラは虚空に指を滑らせる。

 いぶりーの目からは何も見えないが、リトラの視界にはシステム関連のコントロールパネルが映っている。

 幾つかのタブを開いて自身のプレイヤーIDを入力、検索をかける。幾つかのバイタル情報や現在の脳波計等が表示され、更に画面をスクロールさせると所持金の項目が現れる。

 黒龍としての仕事を終えた後はいちプレイヤーとして過ごすことになっていたのだが、そのための支度金が入力されている。額にして5万クレジットでプレイヤーに混じってブラつくだけなら困らない金額である。

 リトラはふむ、と一つ考えてから金額欄をタップ。パスワード入力画面が現れる。

 そこに256桁からなるパスワードを入力し終えると金額欄にカーソルを合わせる。


「このくらいで良いかの」


 元々の金額の末尾に0を5つ程付け足した。

 後で運営から何か言われるだろうが、個人的に使う分には問題ないだろうという判断だ。クランの改築の際に同じことをしても良かったがそうすると私的利用の範囲を越えてしまい面倒なことになりかねない。


 いぶりーには自分が買ってプレゼントをしたという建前を用意すればギリギリ見逃してもらえるだろう。そんな打算がある。


「何をしてますの?」


 いぶりーは訝し気にリトラの顔を覗き込む。


「んむ、ちと仕込みをの。実は我、元黒龍であるからしてお財布にはかなり余裕があるのだ。今回の買い物は我からのプレゼントであるから、お会計に関しては気にしなくてもよいぞ」


 自信満々に答えるのだった。


「あら、何だか悪いですわね」


「一緒に買い物に行くのに我だけと言うのも寂しいではないか。そうだ、どうせならキヨカ達にも土産を買って行くのも良いな」


「んふふ、そうですわね。あ~何だかとっても楽しみですわ」


 最高級の服飾店に期待を膨らませながら二人を乗せた車は走る。




 そこはどこかのオフィスめいた空間。

 窓の外には幾つもの高層ビルが見える。どれもが巨大な構造物群であり、現実世界のどの都市でも比較になる建築物は存在しないだろう。


 オフィス内には立派な黒檀のデスクを頂点に幾つものデスクが点在している。

 そんなデスクの一つ。

 表示中のホロパネルに警告がポップアップする。


「うげぇまた黒龍、今度は何してくれてんすか……さっき警告したばっかなのに」


 少し前からとあるAIの監視を強化しているのだ。


「これ対処しないとダメすかねぇ」


 そこはGM達のオフィス。

 多くのプレイヤーを監視するための拠点である。


「別に放っとけばいいよ。バランス崩すことしなきゃいいんだから」


 という上司の言葉とは裏腹に、過半数のGMメンバーのやる気と口先に言いくるめられて二人のGMが対処するためにオフィスから出動することになった。


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