第46話
商業区画のデパートの中。
赤髪の少女を先頭に肩で風を切って歩く三人の少女の姿があった。
粗方買い物を済ませた彼女らは以前の薄汚れた姿ではない。
シスコは以前と殆ど変わらないが、新たなプリントTシャツにデニムのショートパンツ姿で相変わらずだが、靴も薄手生地の赤いハイカットスニーカーに変えている。ニーハイソックスは卒業してしまった。
ごろーも服を一新。白のブラウス、首元に赤いリボンとキュロットパンツ。足元は動きやすそうなスニーカー。そしてオリーブドラブのフード付きコートは外せない。ごろーが昔ハマっていたドラマの主人公が着ていたものと同じデザインなのだ。
そして最後にキヨカ。
ゆったりした生地の白いドレープブラウスにネイビーカラーのサーキュラースカート、足元はこげ茶のパンプスを装備していて全体的に落ち着いた雰囲気に収まっている。
「いいかみんな、これからラストダンジョンに突入する。雰囲気に飲まれたら負けだ。気合を入れていくぞ!」
後ろの二人に向けてだけではない、自らにも檄を入れるために頬を叩きながらシスコは腹の底から鼓舞をする。これは自らの失敗から得た教訓であり、そしてこれから先も活かされ続ける教訓だ。
「がんばろー」
「おー」
やや後ろ、シスコの後を追うキヨカは楽しそうに握った拳を天に突き上げる。
ごろーは……いまいち声に張りが無い。お昼を食べてしばらくしたら眠たくなってきたのだ。
三人の目指す場所、それは現実世界では縁遠い場所。人によっては桃源郷、また別の人にとっては現世の地獄。
神も悪魔も住まう異界。
「おれ達はそこに立ち入る資格を持っているんだ。気おくれなんかしなくていいんだ。だから、だからやれるんだ。やり遂げてみせるんだ!」
エスカレーターを登り切り、その勢いのままに突入する。
最初に視界に入るのは黒をベースにショッキングピンクを合わせた派手なデザイン。サイズも併せて戦闘力が高い。隣に並ぶそれは更にカラフルで目を惹く。
「く、囚われたらダメだ……ごろー惑わされるな。おれ達の行く道はそっちじゃない!」
誘蛾灯に誘われるようにふらふらとした足取りでごろーはルートから逸れてゆく。
「止まるんだ、それに触れちゃダメだ!」
正気を失ったごろーは壁に掛けられた色とりどりの罠に幻惑され止まらない。
両手で掴み取ったまま顔に近付ける。
鼻息が荒く頬も上気していて、いつもは眠たげな眼も見開いている。眠気は取れたがバーサーク状態に陥ってしまった。
「正気に戻ってくれ」
肩をゆするも止まらない、止められない。
「お願いだ……戻ってきてくれよ、まだおれ達の戦いはこれからなんだ」
しかし悲痛な叫びは届かない。
「シスコお姉ちゃんちょっといい?」
ちょっと申し訳なさそうにしてキヨカが声を掛ける。
「ん、どうかした?」
呼ばれるままにキヨカの居る陳列棚の前に行く。
「下着ってどうやって選んだらいいのかなって。お胸とかサイズとかわかんないし」
キヨカは困り顔で棚に並べられた下着を前に首を傾げる。
「ああ、そういう困った時は店員呼べばいいんだよ」
シスコは近くを歩いていた店員NPCに声を掛けると事情を説明する。
大概困ったときは店員に聞けば解決するのだ。
「ではお二人ともサイズを計りますのでこちらにどうぞ」
案内されるままについていくのだった。
会計を済ませた二人は笑顔だ。
特にシスコは正念場を乗り切ったという達成感に満たされていた。だがそれも高度なAIを持つNPCの存在のお陰だろう。
店員はNPCと聞いていたのに、話してみるとそれなりにコミュニケーションが取れたのでおススメの下着なんかを聞いて選ぶのを手伝ってもらったのだ。リトラの話だとロボットのような印象だったが実際に触れてみると少し違うような感触を覚えていた。
お陰で自信もついて次から一人でも問題ないだろう。
「で、ごろーはどこ行ったのかと思ってたら……何してんの」
試着室の前で椅子に座っている。
向いている方向から目的は明らかである。
「あ、ご家族のかたですか? よかったねー、お姉さんたちお買い物終ったみたいだよ」
店員の女性はしゃがんでごろーの手を握りながら優しそうに微笑む。
「ん、またくる」
「また来るじゃないが。何してたんだよ、というか自分の買えたの?」
「しゃかいけんがく」
答えつつゴソゴソとポケットの中から数枚のアイテムカードを取り出す。プリントされている画像はキャミソールに女児向けおパンツである。
「いつの間に……」
「ぬかりはない」
「キメ顔で言われてもなぁ」
どこか締まらない。
下着を買う必要があったりそれが明らかに消耗品であったりとどこまでリアルさを追い求めているゲームなのか……。
(なんでここまでさせるかねぇ。普通はこういう面倒なのって削ってくもんじゃないの?)
シスコは手に持ったカード化された下着を見てから息を吐きつつ天を仰いだ。
シスコ達は知らない。こういった消耗品や衣類が限界に達した一定数のプレイヤー達が現代的な文化や製品を求めて最上位の都市クエストを受注しライフポイントを減らしていることを。そして、クリアもできず、死ぬこともできずにクエストの時間制限を迎えるまで都市を徘徊し続けていることも。
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