第45話

 レイデン市エナ島カルキノ区の第一階層プレート、商業区画にあるファミレスチェーン店の一つに五人の姿はあった。


「おれ、この内装のファミレス知ってるわ」


 シスコは食後のコーヒーで喉を潤しながら何とも言えない顔をする。


「奇遇ですわね、わたくしも知っていますわ」


 お上品に紅茶をすするいぶりーもどうも据わりが悪いのか目を眇める。


「ろ〇ほ」


「それな」


「ですわね」

 

 三人の意見は一致した。


「そういうお店があるんだねー」


 とはキヨカで、紅茶をのんびり楽しんでいる。


「一応キングスサーブというチェーン店でな……没落した王族が創始者と言う結構長い歴史があるチェーン店なのだぞい。関連するクエストがあったりもするのだ」


 それとなく解説をするものの、


「で、店名が英語……微妙にファンタジー要素があったりなかったりですわね」


 あまり反応は宜しくない。


「そう言われても、我はそこら辺の事情は知らぬのよ。ただ、知り合いの話ではオリジナル言語表記とキャラクターNPCの名前以外は各国の言語を適当引っ張ってきておるらしい。確か英語からが最も多いとか」


「だからメニューの写真も見たことあるのばっかりなんだ」


 文字が分からなくても何とかなる親切設計である。


「その辺は美術担当と世界コンセプト監修担当の趣味なのであろうけれども……しかし、ちとコレ使いにくいのだが……」


 リトラは逆手に持ったフォークとナイフでステーキ肉と格闘し続けている。

 ガチャガチャと音を立てては大きく切りすぎた一切れを口に運ぶが……、


「リトラちゃんお口拭いてあげるね」


 口の周りは脂とソースでベトベトである。

 キヨカは微笑んで口の周りについた汚れをタオルでふき取る。


「すまぬな、まさか道具を使うのがこれほど難しいとは……ぐぬぬ……まさか今生初めての食事がこれほど手ごわいものになるとは……」


「ゆっくりで大丈夫だよ」


 キヨカはニコニコ笑顔で食事するリトラを見つめる。


「というか、気になってたんだけど……何でリトラちゃん?」


 そんな二人を眺めつつシスコは気になっていたことを尋ねる。


「確かに気になりますわね、前までおーまさんって呼んでましたのに」


 いぶりーも首を傾げ、隣でごろーも首を縦に振っている。


「えーとねぇ、もうおーまさんの姿じゃないから。あと、ぼくも名前で呼びたいなって」


「んむ、我も名前で呼ばれる方が嬉しいでな」


 ステーキ肉を嚥下してリトラは嬉しそうに言ってから、


「あと、我の方がキヨカよりも年下であるでな。我の稼働年数が今年で3年目だったかの、ちゃん付けも致し方なし。むしろ新鮮な感じで悪くないのだ」


 そう続けてまたステーキと格闘を再開し始める。


「三年前って言うとまだゲーム始まってないじゃん」


 シスコは思わず声を上げる。


「その頃は確かまだ仮設サーバー内で黒龍の体を動かす練習をしておってな……元々ああいった体を動かす前提で設計されて生まれたわけではないから結構苦労してのぉ」


「……えーと、普通はゲームプログラムの中でAIが動いているものですわよね?」


 いぶりーが首を傾げるのも仕方がない。


「そういうのもおるの。このエリアで社会を演出しておるNPCなぞそれよ」


 五人から見える範囲内でも給仕服を纏った人物が注文を取るために歩き回り、注文する客も本当に生きているかのような身振り手振りでコミュニケーションを取っている。


「何か違うんですの?」


「全然ちがうぞい。あれはプログラムでそういう演出をしているだけで、実際にNPCが会話しておるわけではない。思考による会話ではなく、特定の動作やキーワードに対する反応でしかないのだ。感情に相当するものも無いしの」


「リトラは違うんだ」


「うむ、我の場合は外部に人工偽脳というのが別にあってそこに我の思考や記憶があってだの、一種の人造人間みたいなもので……「リトラちゃん」」


 キヨカがリトラの頭を撫でる。


「お話もいいけど、お肉さめちゃうよ?」


「う、うむ、冷めると美味しくなくなるのだろう、知っておるぞ」


 止まっていた手を動かしつつ再びステーキとの格闘を始める。


「リトラって結構すごい存在ですのね」


 感心するいぶりーではあるが、


「まぁ、控えめに言ってかなりの存在であるな。というか何でライスが平皿に乗っておるのだ? 確かライスは茶碗……それにフォークでは食べにくいのだが、ぐぬぬ」


 リトラは新たな強敵を前に歯噛みした。


「そういえば、何から買い物する?」


 悪戦苦闘するリトラを横目にシスコは思いだしたように言う。


「ふく」


 迷うことなくごろーは提案する。

 理由は単純。


「ばっちい」


 いぶりーを隣のいぶりーを指さす。


「はぁ? 何ですって!? ごろーの方が汚れてますわよ!」


 視線が集まる中顔を真っ赤にして掴みかかる。

 とはいえ、お互いに服はボロボロ、スカートも擦り切れて腰に無理やり巻き付けているだけだ。落ちない滲みだってたくさんある。


「下着のゴムも結構よれちゃってるよね」


 キヨカは困り顔で腰のあたりをつつく。


「それね。と言うか、クエストクリアしたら怪我は治るのに何で服とか破れたまんまなのさ」


 首を傾げてリトラを見る。

 困ったときのリトラである。


「んぐんぐ……ごっくん。それはであるな、プレイヤーにお金を使わせるためだとか聞いたぞい。我もそこまで詳しい意図は知らぬけど、能力をある程度組んでしまったら金の使い道に困るかも、と言うことで開発チームの気遣いだとか言っておったような……」


 お米とお肉のコラボレーションはリトラのお気に召したらしい。せっかくキヨカが拭いた口の周りも油とご飯粒で前より酷くなっている。


「気遣いって、ここの運営アホですの!?」


 いぶりー、ごろーと組み合いながらもツッコミを入れる。というか自分から掴みかかったものの力で及ばず、逆に組み伏されている姿は何とも情けない。


「あと、元々は何かのシミュレーターとして作成されたという話だからその辺の性格が強く残っておるのかもしれぬ。お主らの肉体の代謝もそれこそ細胞単位でシミュレートされておる。ふぁからアバター変更はおいそれと出来ぬようになっておるわけでな……。ほれにしても米と肉の組み合わせは良い。最初に選んだ食事がこれで良かったのであるな。そして味は良いのだが、皿にくっついた米粒が気になって仕方ないのだ……」


 フォークの先端でこそぎ取ろうとするが力加減が出来ていない。いくつもの米粒が皿の表面に磨り潰され張り付いてゆくのを悔し気に睨むリトラであった。

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