第44話
その日いぶりーは限界だった。
身内から背中を刺されるような目にも合わされ(クラン名の決定のとき)、信じていた味方も敵側に回り援護もない(クラン名決定の時)。
精神的に疲弊していたいぶりーは決定的な止めを刺されてしまった。
「ちょっと聞いてますの!? 私は別にあなたが悪いと言っているのではありませんの! あなた方のサービスに対する姿勢がなってないと言っているのですわ! はぁ~? そういう事を聞いてるんじゃありませんわよ! アナタ私を馬鹿にしているでしょう、顔なんか見えなくったってわかりますのよ! その態度、煽ってますの? 何度も人に説明させて……だぁ~か~ら~、あのクランハウスは一体どういうつもりなのかという話ですわよ! あんなクッソ高い金を払わせてみみっちい犬小屋、暴利ですわ! しっかも狭いユニットバスとか喧嘩売ってますの!? ちょっと、その態度問題ですわよ! 上司、上司に代わりなさい。アナタでは話になりませんわ! はぁ? 今席に居ない? なら呼び出せばいい話ですわ! どーせデスゲーム始めてから暇なんでしょう? だったら給料分働かせてやろうという私からの心遣いですわよ。言い訳なんか言ってないでさっさと対応すれば済む話ですわよ! 出来ない? いいからさっさと呼び出せっつってんですわよ!」
心待ちにしていたクランハウス。
風呂トイレ付の1Kが目の前に現れたらどうだろうか。
これにはキレても仕方がない。
クランハウス内を見たいぶりーが端末を取り出してGMコールをするまでに十秒とかからなかった。
薄暗い個室の中、いぶりーの声が反響する。
既にいぶりーがGMコールで話始めて二時間ほどが経っただろうか、
「おーい、おれら買い物に行くけどどうする?」
ガチャリという音と共に薄暗い空間に光が差し込む。
扉の隙間から覗き込むのはシスコだ。
「勿論わたくしも行きますわ!」
言って便座から立ち上がると、
「用事が出来ましたので今日はここまでにして差し上げますけれど話はまだ終わっていませんわよ。GMヘキサでしたわね、名前覚えましたわよ! 後でまたGMコールしますからアナタの上司、いつでも出られるように待機させておきなさいですわ!」
強い口調で言うと乱暴に通話を切る。
「うわぁ……厄介客じゃん。それにお隣さん居たらこっちがクレーム受けてるよ……」
「何言っていますの、あれはクレームではなくて正当な要求ですわよ。それよりもクランハウスの拡張ってできませんの?」
「それなんだけど、取りあえずお風呂をセパレートにして追い焚き機能に変えるように申請しといたよ。あと、部屋をフローリングにするのはキツイからもう少しお金溜まってからね。内装の変更はみんな一回外に出ないとダメだってさ」
「今はそれで我慢ですわね……まぁ、そのうち運営に対応させてみますわ」
自信ありげに言いながらいぶりーはユニットバスルームから出る。
廊下には準備を終えた仲間が待っており、
「期待せずに待ってるよ」
困り顔のシスコは肩を落とすと出入り口に設置されたポータルの光の中に消えてゆく。
「さて、買い物であるが我に秘策あり、だ」
リトラは自信満々に言う。
クエスト受注端末の前にはパーティーメンバー全員が集まっている。
普段はシスコに丸投げなのでかなり珍しい光景だ。
「何となく察しは付くけども」
シスコはリトラがクエスト受注端末の前に全員を連れてきたことで予測を立てていた。
「また運営の人に怒られない?」
キヨカは少し心配そうだ。GMとはいえ自分とそう背丈の変わらない人間にペコペコと頭を下げる黒龍時代のリトラの姿は中々衝撃的な光景としてキヨカの記憶に残っている。
「というか、運営に怒られてましたのね……」
火山島で好き勝手やっていたことが原因なのだが、運営側からしたらいい迷惑だ。GMもまさかプレイヤーじゃなくて身内のAIに警告するなんて考えても見なかっただろう。お陰でデスゲーム終了までの期間が早まってしまったのだ。
「その話は気にしなくて良い。それで、であるな、クエストの選び方であるが制限時間とステージエリアを見て決めると良いぞ。買い物だけなら単純な討伐系クエストが多い期間が短いものをお勧めするぞい。期間が長いとシナリオタイプが多くてあれこれ拘束されて自由に動けなくなったり、探索パートがやたら複雑だったりの。それで、今回我のオススメクエストは……」
リトラのオススメクエストは最上位の都市クエスト。
「うおおおおお、ぶんめい!」
ごろーは展望窓に貼り付いて目を輝かせている。
「すっごいねぇ、東京とかこんな感じなのかなぁ」
ごろーの隣に立ってこけないように肩を支えているのはキヨカだ。
二人が揃って目を向ける先には天に向かって聳え立つビル群と、そのビルを支える巨大なプレート、そしてその地下にも広がる巨大構造物。
天に伸びるビルも相当な高さだが、渓谷のように広がる地下に伸びる構造物はいくつもの構造体が連なり、底の方は光が届きにくいせいか夜景のようにも見える。
五人は現在、渓谷のような構造物間に渡されているロープウェイで移動している最中だ。
大型のゴンドラは都市バス程の乗車席があり、一部のガラス張りの床から下を見ることが出来るようにもなっている。
「凄いであろう、これがレイデン市であるぞい。因みに、ここは五つある連島のうち主島にある工業地区での、下の方には大手企業の開発プラントが見えるのだ。ホレ、あそこ、看板が見えるであろう」
リトラの指さす先には未知の文字で書かれたロゴがライトアップされ輝いている。
「なんか凄すぎて圧倒されるんだけど……」
「ですわね……、つい先日までハンティングアクションをしていたのに急にオープンワールドのサイバーパンクものをやらされている気分ですわ」
耳を澄ませば、遠くから金属同士のぶつかる音やモーターの駆動音のようなものまで聞こえてくる。
「都市部はそもそもこういうものぞ。それで、今向かっておるのは……」
言いかけたリトラの端末に着信が入る。
「なんじゃ、今説明しておるというのに……、すまんの」断りを入れてから「はい黒龍リトラ。誰であるか?」
シスコとりぶりーは顔を見合わせる。
そもそも、リトラに出会ってからそのままクエストに出ているのだ、連絡先を交換した相手などいないなずだ。
「誰だろ」
「知りませんわよ。というか、何か様子悪いですわよ」
視線の先ではリトラが、
「うむうむ……わかっておる、わかっておるから……、いや、だからそうではなくてだの現地までの案内だけ、そう、それ以上のことは……」
何やら弁明している。
「怒られてますわね」
「だな」
リトラにしては珍しく弁明しつつも鬱陶しそうに顔を歪めている。黒龍時代を思えば新鮮な光景だ。
「くっ、何という横暴かテータベースへの接続権限を制限しおってからに、ぐぬぬぬぬ……」
「なんか大変そうだけど大丈夫?」
「うむ、問題は無い。クエスト自体はお主らならば楽勝であるしの。ほれ、降車場が見えてきた」
指さす先には降車場があって、さらに先には商店街の入り口らしきものが見える。
降車場は飾り気のない無骨なデザインで、塗装の剥がれかけた鉄筋と煤けた建材のせいか工場の施設の一部だと言われたら素直に納得できるだろう。
しかし、降車場を抜けて改札のあたりまで来ると途端に雰囲気は変わる。
無人の回転式改札の周囲にはイベントのポスターや、時刻表、それに降車時の注意喚起の為のポスターが張り出してある。それに、この商業エリアの店舗だろうか、広告看板も見える。ただ、その文字はリトラ以外の四人には馴染がない。
「何て書いてあるんだろうねー」
キヨカは首を傾げて改札を抜けた先に見える巨大な看板を見上げる。
爽やかなスカイブルーが斜め下に向かうほど白くグラデーションになっていて、下側には瓶入りと缶入りの飲料の画像がある。その横には見たこともない文字のロゴが見える。
「むむむ、そうかシステム関連以外は対応言語表記ではなくなるのを忘れておった。あれはこの下に工場を持っておる飲料品メーカーであるな。右の大きな文字は『カルキノス・へレス』という飲料で、その下のロゴはオールト社という社名だの。この辺りの飲食店はオールト社のへレスを置いているのが殆どだぞい」
黒龍が応える。ここら辺はゲーム内知識に詳しいというよりもアーカイブを予め取り込んでおいたのだ。
「へぇー、ところでへレスって?」
改札を潜りながらシスコが尋ねる。
「うむ、ビールの一種であるな。ほれ、レー〇ンブロイとかあるであろ? あんな感じぞ。まぁ、我は飲んだことが無いのであるがな」
「へー、というかこの世界にビールとかあるんですのね」
リアルとの共通点が見つかってか驚きの声を上げる。
「ビールというか、世界観を壊さぬ程度にリアルの料理やら道具やらそのまま持ってきて名前とデザインをちょこっと変えて移植したという話であるな。カルキノスへレスもそのまんまレーベ〇ブロイのデータを持ってきたらしいぞい」
これ、デスゲームやらかさなくてもそのうち裁判沙汰でこのゲーム会社つぶれるのでは、と思わなくもないシスコ、ごろー、いぶりーの三人。もやっとした気持ちを抱えつつ、取りあえず腰を落ち着ける場をと言うことでファミレスを探すのだった。
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