第43話
いぶりーは嚇怒のままに吠えた。
仲間を謀り、絶望と悲しみに突き落とした罪は重いと。
如何に気心の知れた仲間であろうと越えてはならぬ一線が存在するのだと。
仲間たちが如何に傷付いたのか、如何にこれからの未来に希望を持てなかったのか。
そして、如何に自身の尊厳が傷つけられたのか。
場所をラウンジエリアの丸テーブルに移して吠えていた。
「確かにお主らの気持ちを計り切れなかったのは謝る。この通りだ、すまなかった。悪ふざけが過ぎた」
「ゴメンね、お姉ちゃん」
キヨカとリトラが二人並んで三人に頭を下げる。
確かに冷静になってみるとちょっと酷いことをしたかも、と思わなくもないのだ。しかしながら、こういう悪戯は計画している最中が最も楽しいのだ。今後やらない保証はない。
それともう一つ、
「とはいえだ、別に我が本来的な意味で死なぬと知ったら、お主のことだから一方的に倒されろとかそういうことを言うであろ?」
「何をおっしゃいますの、そんなこと当たり前ですわ! わざわざ死ぬような思いなんかしたくないですわよ」
「ほらの? お主はそういう奴だもの。ボス役を任された以上、我だって手抜き仕事は出来ぬのよ」
「ぐぬぬ……ですが、それはそれとして乙女の秘密をばらしたことの罪は重いですわよ」
いぶりーの怒りの本命はそっちだろう。あと、乙女ではない。
「いや、秘密って大したことなかったじゃん。ドクターフィッシュとかだと思えば、綺麗にしてもらえて良かったじゃん」
シスコとしてはさっさとクランを作ってから妹のところに行きたい気持ちで一杯である。キヨカとリトラの事はとうに許している。
「良かったじゃん、じゃありませんわよ! あなたお尻の穴に魚が入ってきたことありますの!? あのぬるぬるしたほっそいウナギみたいなのが何匹も……思い出すだけでお腹が痛くなってきましたわ……」
いぶりーがとんでもない目にあったのは確かなのだ。だが、実は黒龍のお陰で体内に入り込んだ魚を体を傷つけずに排出できたりと助けられているのだが、そのことには言及しないあたりいい性格をしている。
「詳しい話は求めてないんだよなぁ……」
もの凄く残念な気持ちになったシスコが眉間に皺を寄せる横で、ごろーは言い知れぬ怖気を感じていた。
確か、一度だけお昼に細長い形をした鰻のような川魚が出てきたときがあったのだ。あの時は黒龍がどこからか獲ってきたものだが、時期的に煉獄に入る少し前のことだったはず。そこまで思い至ってごろーは深く考えるのをやめた。
知らない事が良いこともある。
「く……また乙女の秘密が知られてしまいましたわね……」
「悔しそうに言っておるが、我はそこまで言及する気はなかったぞい。完全な自爆ぞ」
「それな、取りあえずもうこの話題はおしまいってことで」
シスコが手を叩いて仕切る。
「そ、そうですわね。余りつついて責めても可哀そうですし、頃合いですわ」
負け惜しみを言ういぶりーを見るごろーの目は冷ややかだ。
「なんですのその目は」
「べつに」
フッ、ごろーの口端が吊り上がる。
「ムッキィーーーー! 絶対馬鹿にしてますわ! 私にはわかりますわ!」
いい加減静かにならない奴である。
ごろーはささっとフードを被って狸寝入り敢行だ。
「あー、取りあえずいぶりーのことは放っておいて……まず、リトラとキヨカの二人の今後についてなんだけど」
シスコの言葉に二人は首を傾げ、
「今後も何も、お主らクランを作るのであろう、ならば我らもそこに所属するぞ。今更さよならというのも寂しいではないか」
「そうだねー。ぼくもお姉ちゃん達と一緒がいいな」
このメンバーから離れていく理由はないのだ。
「そう言って貰えて嬉しいよ」
シスコは胸をなでおろす。
「で、これからクランを作るんだけど、ちょっと調べたら最初にクラン名を決めなくちゃならなくて。それを今から皆で決めたいんだ。後で変えられないみたいだし」
いぶりーが暴れている最中に調べる時間はいくらでもあったのだ。
「ふむ、名前を考えるという感覚は我にはわからぬからお主らで考えてくれ。良し悪しは何となくわかるが、我は発想というものが未だに苦手での」
「そっかぁ、キヨカは?」
「んー、名前だよねぇ。頂上戦隊クラウンオージャーとか超龍戦隊ドラゴンジャーみたいなのだよね。よくお姉ちゃんと見てたよ~」
「えーと近いというか違うというか……いや、間違ってはいないんだけど」
そうじゃないんだよなぁー、シスコは別の意見を求めようと隣に目をやるが、いぶりーはごろーのパーカーを毟り取ろうとしながらギャーギャー騒いでいるし、ごろーはと言うとカメのような姿勢になって徹底抗戦を貫いている。
「恐らくなのだが、我らだけで決めると間違いなく揉めるぞい」
「それね」
リトラの忠告にシスコ、肩を落とすのだった。
結局、シスコが残りの二人から意見を聞き出せたのが3時間後でそこからクラン名称の最終候補が決まったのは更にまた3時間経った頃だった。
そうして満を持して発表となる。
シスコは端末に大文字で表示して立ち上がる。
「クラン名は『黒龍見つめるステゴロお嬢様(4さい)』ということで」
「と言うことでじゃありませんわよ。何ですの、この頭の悪い自己紹介みたいな名前は」
案の定のクレームである。クレームの主は言わずもがな。
「決まらないから皆の特徴集めて名前に使おうってことにしたじゃん」
「出し合った単語を繋げただけじゃありませんの!」
いぶりーは不満を隠そうともしない。
「シスコお姉ちゃん、ハイ!」
キヨカが勢いよく手をあげる。
「いい意見頼むよ」
「意見ってわけじゃないんだけど、デスゲーム開始しした翌月にボクの誕生日だったのね? それと加えて火山島で一年と半年以上過ごしたわけでしょ。だから特徴っていうなら(4さい)じゃなくて(6さい)だよ」
「あー、ゴメン。というかもう6さいかぁ、早いなぁ」
シスコは感心しながらも端末のメモに修正を加える。
「キヨカの誕生日を祝えていなかった……だと!?」
人知れずリトラがダメージを受けていたが、問題はそこではない。
「リトラ、気に病むことはありませんわ。クランハウスをゲットしたらそこで盛大に祝いましょう! そのためにも、さっさとこの下らない論争を終わらせてクラン立ち上げですわ!」
「下らないって言うなら黒龍…中略…(6さい)でもいいじゃん」
「だから、そのやっつけで付けたような名前がダメと言っているのですわよ。もっとこうエレガントでお優雅で、高貴で華やかなのが私たちに相応しいと、そういうことですわ!」
身振り手振りで語る姿はまるで役者である。ただし、具体的な意見は一切ない。
「そのお優雅とか華やかってのが分からないんだけど……」
シスコが頭を悩ませる原因でもある。
「かえのらぶでぃてぃす・えれがんす」
唐突な抑揚のないごろーの声。
「はぇ? ごろー、今何ておっしゃいましたの?」
なんと優雅な響きか……、いぶりーは歓喜した。あの何時も眠たげで何も考えてなさそうな少女の口から何とも高貴な言葉が飛び出した、と。
そしてもう一度その響きを聞きたい、そう願った。
「かえのらぶでぃてぃす・えれがんす」
「これ、これ、これ、こういうのですわ! 正にこのような輝かんばかりの名前を求めていたのですわ! よくやりましたごろー! 大金星ですわよ!」
わしわしとごろーの頭を撫でる。
「カエノラブディティス・エレガンス。何て美しい響きなんでしょうか……。シスコ! こういうのがクラン名に相応しい威厳を備えた華麗な名称と言うものですわよ!」
勝ち誇ったようにシスコを指さすいぶりー。
「お、おう。いぶりーがそれで良いっていうならそれで決めるけど」
シスコに拘りはない。
何ならさっさと決めて単独行動に移りたいのだ。
前に進めるのなら拘りはない。
「ふむ、確かに悪くない名だな。生物学に貢献した生き物の名を使うというのは悪くない、いや、むしろ良いのではないか? お主らが今後多くのプレイヤーの為に活動するのであれば中々どうして、似合いの名と言える」
リトラは感心して頷く。が、いぶりーにそんな意識など欠片どころか元からない。
「あら、そんな素晴らしい生き物の名前なんですのね。きっともの凄く美しい生き物ですわね」
イメージするのは最強孤高の白狼、或いは美しい毛並みのサラブレッドのような立ち姿。
「いや、只の線虫であるな」
「は? 線虫? 線虫ってあの? ちょっとごろー! どういうことですの!?」
目を眇めてごろーを見れば、口元を歪めてニヤリと嗤うごろーの顔。
「謀りましたわねごろー! そこに直りなさい! その根性叩き直して差し上げますわ!」
叫ぶいぶりー、逃げるごろー。
「あーもー、また始まったよ」
所かまわず駆けずり回る二人を尻目に天を仰ぐ。
いつ注意を受けてもおかしくはないが周囲のプレイヤーが少ないのが救いである。
「うーむ、こうなったらもう我らで決めてしまうのも良いのかもしれぬな」
渋い顔でリトラは言う。
「でもまたいぶりーがゴネると思うんだけど」
そこが一番の問題である。
「うむ、それなのだが、いぶりーは取りあえず響きが格好良ければ中身は気にしないと思うのだ」
「あー、確かに」
「はいはーい、それならTGSみたいな感じはどう?」
既に知識と思考能力は高校生並みのキヨカは賢いのだ。
「アルファベットか、確かにクランの中にもナイツオブラウンズをK.O.Rと表記するところもあったな。我の記憶が確かなら、クランの名称を決める際に正式名称とは別に略称表記を登録する機能があったはず。それを利用すれば長めのクラン名でも公式文書やメールでも略称が使用できたし見た目もすっきりしたものが設定できるぞい」
「だったらもうKMSO6でいいんじゃない?」
黒龍見つめるステゴロお嬢様(6さい)を略したものだ。
「こむそー6と読めるし、いぶりーは嫌がりそうだの。それならKMS・O6と区切ったらどうであろう。何となくかっこよく見えるぞい」
「あ、Oを数字のゼロにしたらもっといいんじゃないかな。KMS・06ならカッコイイかも」
「おー、それっぽい。ならそれで決めちゃうか」
こうして略称にしてみるとそのまま読んだ時のやっつけ感が無くなってシスコもまんざらではない。どんな名称でもいいとは思っているが、やはりカッコイイに越したことはないのだ。
そんなわけで、走り回るいぶりーとごろーを捕まえて席に座らせること15分。
「KMS・06ですの? まぁ悪くはありませんわね。これ何かの略称ですの?」
「そうなんだけど、何だと思う?」
これぞ三人で考えた秘策である。意味を聞かれたら逆に答えさせてそれを正解と思い込んでもらうのだ。
「んー、難しいですわねMはマスター、Sはスレイヤーに違いないとしてKが分かりませんわ」
何の根拠で断定しているのか、誰にもわからない。
「そこはキングであるな」
リトラは否定しない。敢えて乗っかる。
かっこいい単語を繋げればそれっぽくなるのだ。
「まぁ、クラン名はそんな感じとしてあとはクランマスターを決めないとなんだけど」
また一番揉めそうな話であるが、これも最初に決めておかないとならない。クラン設立の申請はクランマスターになる人物が行うことになっているのだ。
「私はクラマスなんて御免ですわ。というか、さっきから仕切っているのですからシスコ、あなたがやるものだと思っていましたわよ。違いますの?」
「どうい」
最初からいぶりーとごろーはシスコに丸投げする気である。基本的に面倒ごとはやりたくないろくでなしなのである。
「我もシスコが相応しいと思う。お主がリーダーなら不満もない」
「ボクもシスコお姉ちゃんでいいと思うよ。一番頼れるもん」
リトラもキヨカも不満はない。
「みんながそう言ってくれるなら、おれ頑張ってみるよ」
シスコは気恥ずかしそうに言うと立ち上がる。それから、
「じゃぁ、このままクランの登録してくるから。ちょっと待っててね」
離れてゆく。
それから談笑しつつ四人が時間を潰していると、
『シスコさんからあなたへ、黒龍見てるステゴロお嬢様(6さい)への加入リクエストが届いています』
クランへのお誘いメッセージが届いた。
「シスコォッ!」
いぶりー吠える。
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