第42話
「う……うぅ~リトラぁ~」
堪えた嗚咽は、しかし耐えきれず零れ落ちる。
誰にはばかることなく涙するいぶりーの背を撫でるのはキヨカで、ごろーはいつも以上に口数が少なく、ただ仲間の後ろで佇んでいる。
四人は今、リザルトエリアにいる。
火山島エリアで滞在時間ギリギリまで黒龍リトラの死を悼んでもいぶりーの涙は枯れないので落ち着くまで待っているのだ。
「悲しいのはわかるけど……ほら、クエストクリアだよ? 報酬も手に入ったしこれでクランが作れるよ。それに黒龍の素材も丸々手に入ったし……」
おれがしっかりしないと、シスコは悲しみに沈みそうな心を奮い立たせて仲間を鼓舞しようとするが、手にしたアイテムカードに写った黒龍の画像を見て、
「うぁああああ~」
いぶりーの鳴き声がリザルト空間でこだまする。
後ろに立っているごろーの冷めた視線がシスコに突き刺さり、
「い、いや、だってさ、ほら……少しでも元気づけたいじゃん」
シスコは慌ててアイテムカードをポケットにしまうとバツが悪そうに言い訳をする。
「悲しい時は一杯泣いていいんだよ」
背中をさするキヨカは優しくいぶりーを抱擁する。
「うぅ……キヨカ、あなたが一番つらいはずなのに私ばかり……ごめんなさいですわぁ~」
それでも零れ落ちる涙は止まらない。
「僕は大丈夫だよ。みんなが修業してる間、おーまさんと一杯お話したから……」
寂しそうな笑みを浮かべる。
「とにかく、一回戻ろう」
シスコは名残惜しさを振り切るようにリザルトエリアの中央に浮かぶ確認モニター、中央にある完了ボタンをタッチする。
きっとこのまま時間に任せていては何時立ち直れるかもわからない。時には強引に物事を推し進めた方がいい時もある。例え恨まれたとしても。
リザルト画面から白い光が溢れ皆を覆いつくす瞬間もいぶりーの表情は悲しみに染まったままだった。
クエスト用の転移ゲートの前、湿やかな嗚咽が響く。
帰還したと同時、シスコの端末には幾つものメッセージの着信音があるが、それを無視しなければならない程の重大事。
何せここはゲートの真ん前、なんなら最も人の往来が激しい場所。
そんな場所に膝を折って泣き続けられれば要らぬ注目を集めてしまう。いぶりーの為にもさっさと場所を移したい所である。
「もう、いい加減泣き止んでよ。無事生還できたんだからさ」
そう、本来なら喜ばしい結果なのだ。
あのごろーですら心配そうな顔でしゃがんで動こうとしないいぶりーの頭をぽんぽんして慰めている。
「じゅーしょうすぎる……」
何を大袈裟な、と言うには黒龍リトラの存在は彼らにとって大きくなりすぎていたのだ。
シスコだって自分よりも哀しみを隠そうともしないいぶりーが居るからこそ、今の様に立ち回れている。
「こうなったら仕方ない……キヨカ、悪いんだけどまたいぶりー抱えて欲しいんだけど……ってアレ? キヨカー?」
辺りを見回すがキヨカの姿はない。
「もどったときいっしょ、いた、よ?」
ごろーも首を傾げる。
「あれ、もしかして……迷子?」
だとしたら中々間が悪い。
いぶりーを慰めつつキヨカを探す。かなりの高難易度ミッション。
どうしたものかとシスコが渋面を浮かべたときだった。
ごろごろと高さ2m幅50センチくらいの真っ黒な木箱をハンドリフトで運んでくるキヨカの姿。
三人の前に横付けする。
「よかったキヨカ。迷子になったのかと……というか何それ」
「これ? これはねぇ~」
ニコニコしながらハンドリフトをゆっくり下ろすと木箱から抜いて、それからごそごそとポケットから何かを取り出すと木箱の側面をノックする。
「「サプラーイズ!」」
パパパン、爆竹やクラッカーの音、白煙と共に木箱の上部が勢いよく四方に開く。
舞い散る紙吹雪の中、烏の濡れ羽色、と言うよりは正に漆黒、深き黒の髪を腰まで伸ばした白磁の肌をした少女が黒ゴスに身を包んでサタデーナイトフィーバー的なポーズで現れた。
キヨカはニコニコ笑顔で拍手をしている。
「誰?」
少しの沈黙の後、シスコとごろーは首を傾げる。
「ふっ、このタイミングで登場するとなれば我に決まっておるだろう」
黒髪の少女が指を鳴らせば、少女の周りに黒い霧が漂い始める。
そう、彼女こそは……
「もしかして、リトラ?」
「うむ、我こそが黒龍リトラである」
姿と声は違えども、その口調、抑揚は間違いない。
「い、いぶりー、おい、リトラ、リトラが……」
「リトラは確かに死にましたわ……私が泣いているからとそんな嘘を吐かなくてもよろしくってよ」
振るえる鼻声でそういうと目元の涙を袖で拭いながら立ち上がる。
「貴女も、こんな茶番に突き合わせてごめんなさいね。わたくし、もう大丈夫ですわ」
泣きはらした顔で笑みを作る。
「いや、我なんじゃが……うぅむ……仕方がない、いぶりーお主と我しか知らぬ秘密を一つここで話せば信じてくれるか?」
眉間に皺を寄せ、悩みつつもそう尋ねる。もしかしたら話しにくい内容なのかもしれない。
「え? そんな秘密あるの?」
シスコは驚くが、秘密の出来事があったとしてもおかしくはない。
何せ火山島での暮らしの中、常に皆で行動していたわけではないのだから。
「そこまでしなくても、でも、本当なら嬉しいですわね」
消え入りそうな声で縋るように呟く。
「うむ、いぶりーの許可も貰ったので話すぞい。……あれはお主らが融合出来ずに手間取っていた頃のことだ。いぶりーが一人で森林地帯に出向いたことがあった。何の目的で一人出かけたのかは理由までは知らぬがの」
「そんなこと、あの島では何度もありましたわ」
消沈したまま、力ない言葉が発せられる。
「そう焦るでない。その時たまたま森の近くを見回っておったのだ。丁度昼下がりだったかの、いぶりーが森の入り口にあるリンゴに似た赤い木の実を見つけてそれを食べておってな……我が見たときはそれなりの数を食べた後であったな」
「ちょ、ちょっと待ってくださいませ」
いぶりーは何かを察して慌てて止めに入るが、
「実はその木の実、味は良いのだが人が食べると激しい下痢を引き起こすというもの。確か食べて十分程で腹を下す。しかも己の力でコントロールできぬと来た」
「ホントに待って、それ以上はいけませんわ!」
しかし黒龍は止まらない。
「我が見つけたときには中々悲惨な状態でなぁ」
リトラは遠い目をして当時を思い出す。涙目になって焦りまくるいぶりーと目が合った瞬間、あの何とも言えない絶望に染まった表情。これまで葬ってきたプレイヤーが死の直前に見せる表情を上回るものがあった。
「その後、我はいぶりーを連れて島の反対側にある湖で洗濯をしたのだ。その時、いぶりーが湖で体を洗う際に魚がいぶりーの尻の穴に集まって……」
「ほおわぁああああああああああああ! リトラ! それ以上は許しませんわよ!」
「いや、しかしお主が信じようとせぬから」
「信じますわ。あなたがリトラですわ。はい終了! 閉廷! 解散! というか、何でよりによってあの事を話すんですの!? 秘密にしておいてと言いましたわよね!」
顔を真っ赤にして詰め寄るいぶりー。
「お主、いつも晩御飯の時にその日の出来事を皆に語るじゃろ? そうするとお主と我の秘密の出来事と言えばソレしかなくなる。だから最初に確認を取ったであろう?」
「た、確かにそうですけれども……うぎぎぎぎ……」
唸るいぶりーだったが、その声に哀しみの色は無かった。
「そういえば、キヨカはこの事知ってたの?」
「うん、そうだよ。みんなびっくりしたでしょ。リトラちゃんと相談したんだよ」
してやったりと笑みを浮かべる。
「うむうむ。キヨカも最後は良く耐えてくれた。あの場でネタばらしされるかと思って冷や冷やしたぞい」
「もー、僕だって最後は悲しかったんだから。もうあの姿のおーまさんには会えないんだし」
「そう言ってくれて我は嬉しいぞ。だが、今度はずっと一緒にいられるでな」
何処から取り出したのか、黒のファー付き扇子で口元を隠して笑う。
「えへへ、そうだね」
キヨカは嬉しそうにリトラへと抱き着く。
実に微笑ましい。微笑ましいが……
「だまされた」
ごろーの二人を見る目は何とも言えない。
「それな。すっごい悲しかったんだからさぁ」
抗議の声をあげれば、
「我はお主らに最初の頃に伝えておったはずだ。我らAIに死というものはなく、データを消されぬ限り生命でいうところの死はないとな」
そんなリトラの言を無視するように吠えるのはいぶりー。
「何にしても、まずは反省会ですわよ!」
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