第41話
「タイムリミットとかバッカじゃありませんの!?」
伝えた瞬間に罵倒されたシスコは、顔に降りかかった唾をぬぐいながら顔を顰める。
「おれが決めた訳じゃないし。文句なら運営に言ってよね」
「そうですわね」
いぶりーはそういうと端末からGMコールを掛けつつシスコたちから離れた場所へ行って罵声を上げる。
今は鍋パーティーをやってから9時間後。
一晩眠ってから早朝の空が白んできた頃、平地の広がるエリアに四人と一頭の姿があった。
『お主ら今から一戦やるわけじゃが大丈夫か?』
黒龍が心配するのも無理はない。
シスコは普段通りだとしても、ごろーはさっきから意識が夢の世界と現実を行ったり来たりしていて、ぺたんと座ったまま船をこいでいるし、いぶりーはあの調子である。
「そこは俺には何とも……」
「大丈夫だよシスコおねーちゃん。みんなで頑張ればきっと勝てるよ」
両手をぐっと握って笑顔で言うのはキヨカで、
『キ、キヨカ? お主、今日は観戦する約束じゃろ?』
声を震わせるのは黒龍リトラである。
「ぼくも戦うよ。ぼくだって今がどういう状況かって分かってるし。みんなの助けになりたいから」
『シスコ、すまぬがキヨカを説得してはくれぬか? その、今から危ないことをするでな?』
オロオロしながら説得を頼むものの、
「こっちとしては助かるっていうか。キヨカ、よろしく頼むよ」
「まかせて!」
楽しそうに言う。
「そうは言うものの、大丈夫ですの? 今生の別れになるかもしれませんわよ?」
不満をぶちまけてすっきりしたらしいいぶりーが傍にやってくる。
「うん、皆が戻ってくる前に一杯お話したから大丈夫だよ」
ニコニコとそんなことを言う。
キヨカは煉獄を出てから黒龍の英才教育を受け始めたのだが、今では高校生くらいの知識と理解力を持っているのだ。そんなキヨカが黒龍との別れを理解していないわけが無い。
「まぁ、キヨカも納得してるみたいだし」
シスコとしては黒龍を倒せる可能性が高まることは願ったりだ。
『これがNTR……』
「違うってば」
シスコのツッコミが虚しく響く。
草原の只中、黒き麒麟を髣髴とさせる黒龍は覇気を纏い佇み挑戦者たる四人の少女を紫紺の瞳で見下ろす。
相対するは年端も行かない少女(アバター)四人。
赤髪の少女、タイトなTシャツにホットパンツ、ニーハイソックス姿の活発そうな少女。
隣に立つのは眠たげな紅瞳をした淡い水色髪、くせっ毛の少女で傷んだオリーブドラブのコートを白いセーラー服の上に引っかけている。
その後ろには腕組みし黒龍を見上げる金髪ツインテールの赤ゴスを身に纏った少女。
共に立つのは高校生くらいの年頃で、にこにこと笑顔が印象的の亜麻色の髪をしたブレザ-姿の少女である。
対峙する四人と一頭の間に言葉はない。
奇手はない。
正面からやり合うのみ。
互いに合図もなく、既に命のやり取りは始まっている。
対峙の瞬間、いぶりーを中心にして黄金の風が渦の様に広がってゆく。それは黒龍を燃やし尽くさんとする殺意の風であり、仲間を守る守護の風でもある。
同時、黒龍の前方に黒い霧が生まれ四人を取り囲むようにして広がる。
黒龍がこれまでの侵入者を屠って来た技であり、これを耐えられなければ相対する価値もないという試しの技。
二つの力場の衝突により空間が軋みを上げる。
「最初から全力全開ですわ! 短期決戦ですわよ!」
いぶりーが戦端を開く、が……
「作戦口にするなって!」
慌てて走り出すシスコ、追いかけるのはごろー。
黒龍の腹下に取り付くつ、それが勝利への一歩。それが今ある戦力の強みを活かすことになると確信して用意した戦略であるのに、方針がばれたら勝ちの目が更に小さくなる。
(……と、考えておるのだろうなぁ。だが、お主らの能力構成と運用方法は全て把握しておるのだよ。そして、取れる作戦や立ち回りも当然見えている……だからこそ、我は本来通りの戦い方で相手をしよう)
霧は形を変え捩じれた矢じりの様に凝り固まる。数は数百。数えるのも馬鹿らしい。
「まずいですわ!」
警句と同時、射出。
「いぶりーお姉ちゃん」
キヨカが異能像を展開する。白ベースのローブ風の外套を纏ったような外観で、被ったフードの向こうに無垢の仮面が見えたが一瞬でキヨカの肉体と重なる。
白い残影を残しいぶりーの前に立ち、殺到する黒錘を拳で迎え撃つ。
かすり傷程度は捨て置いて、致命に至るものを優先に打ち砕く。
秒間数十発という黒錘は、しかし只の一つとして二人の肌を傷つけることはなかった。
狙いはいぶりーとキヨカだけではない。面による攻撃。その範囲にはシスコやごろーどころか辺り一帯が含まれる。
大地を砕き、地を隆起させるほどのエネルギーを秘めた連撃は土煙が舞い上がり視界を大きく閉ざす。
が、それでも黒龍の攻撃は止まらない。
あたかも土煙の向こうが見えているかのように散漫であった黒錘が狙いを付けるように収束してゆく。
その土煙の中、黒龍へと疾駆する二つの影。
シスコとごろーは速度を緩めない。
シンクロしたまま全力で黒龍へと間合いを詰める。その肉体が纏う黄金の風は黒錘を防ぎ、障害を薙ぎ払う。
とはいえ無傷とは言えない。元々防御向けの能力ではないのだ。シスコとごろーの肉体は無数の傷が刻まれ、腕や足には黒錘が痛ましく突き刺さっている。
傷口からあふれ流れ落ちる血を無視して残りの間合いを一息に消し飛ばす。
大地を蹴り飛ばし踏み込んだ先は二人の間合い。
シスコは右手に戦槌を呼び出し、同時大振りに黒龍の前肢、その気脈節を狙う。
『その程度ッ!』
黒龍は地面を蹴り上げ後ろ足立ちに、振り上げた前肢でシスコを狙う。
「ん!」
不意に後背で聞こえる気合の声、肌を刺すような感覚に黒龍は身をよじる。
同時、首筋傍に風切り音。
振り抜かれたごろーの
思考の時間などない。反射的に黒龍は自身の角でごろーを切り飛ばす。が、当たらなかった時点で反撃を予測していたのだろう。ごろー、身体を捻り不安定な体制で二撃目。肉体に触れるかどうかのタイミングで黒龍の角に一撃。
相打つ形となり吹き飛ばされる。
「ごろー!」
シスコは声を上げるも攻撃の意思は揺るがない。
黒龍の攻撃タイミングに合わせ、目標を変更、黒龍の後肢、太もも付け根の気脈節に戦槌のピックを全力で叩きつける。
『グぅ……、後ろ脚はくれてやる。だが……!』
黒龍を中心に過重力による圧殺。
いぶりーの施した黄金の風が消し飛び、シスコが膝を折る。
シンクロによって肉体は保護されているが、逆を言えばシンクロが切れた瞬間がシスコの終わり。
追撃するように巨大な黒星が頭上に形成されてゆく。
「させませんわよ! 切り裂きなさいッ、レーヴァテイン!」
黄金の、炎の奔流が収束され黒龍の鱗へと迫る。
『我が力場の鎧を抜くとは……!』
黒龍はいぶりーの背に手を当てるキヨカを睨む。
極限までに強化された黄金は収束し、黒龍の鱗を焼き切り、しかし身を焦がす前に弾かれ空へと抜ける。
黄金は、しかし、ただ弾かれたわけではない。頭上にのしかかる黒星を切り裂き、崩壊が始まる。
構成を破壊された力場は安定を失い、周囲を巻き込み大地を破壊する。
破壊の余波は凄まじく、割れた大地からマグマが噴出し、衝撃で崩れ落ちた火山から激しい火砕流を伴った噴煙が立ち昇る。
行ける、確信したシスコは自身を拘束する重圧が消え去った瞬間に走る。大地が砕け隆起するが、シンクロし向上した身体機能が平地を走るのと変わらぬ速度で疾駆させる。
黒龍の意識は今、いぶりーとキヨカの方に向いている。
加えて分厚い土埃がシスコの狙いを覆い隠す。
(流れは想定とは違うけど、その足潰させてもらうよ)
一撃、背後へと回ったシスコの戦槌が黒龍の無事な後肢の気脈節を砕く。同時、黒龍の下半身が糸が切れたように崩れ落ちる。
『く、厄介な……!』
黒龍周囲に黒霧が出現し、シスコを狙う。
「させませんわよ!」
いぶりーの黄金の力場が霧を抑え、シスコを狙わせない。
「貰ったッ!」
シスコは頽れた黒龍の下半身を駆け上る。狙いは頸骨。
これほどまで巨大な相手。
最初から狙いを隠せるとは誰も考えていない。足を潰したら遮二無二首を取りに行く。それが作戦。
だが甘い。黒龍は息を細く吐きながら、自身の下半身を力場で包み込み体全体をシスコの間合いからはじき出す。
『その力、想像以上に厄k……ッ!?』
体勢を立て直すため前肢に力を込めた瞬間、頭部にこれまで受けたことがない程の衝撃。
角部を激しい痛みが襲う。
根元から断ち割られた角が皮膚にぶら下がり根本の神経が流血と共に露出する。黒龍の視界の中、自らの護拳を砕きつつも角を折ったごろーの姿が映り込む。
振るえる拳は一つではない。
(いつの間に、否、……不味い!)
弓の如く引き絞られた左拳が、重なり合う
「うおおおおおおおおおおあぁッ!」
裂帛の声が島に響き渡る。
衝撃、意識の寸断。
視界が攪拌され、像が乱れる。
再びまともな視界を手にした時にはシスコが首筋の気脈節を壊す瞬間だった。
手足から急速に力が抜けていくのを感じつつ黒龍は意識を手放した。
黒龍が再び意識を取り戻した時、自身を覗き込む不安そうな四人の少女の姿が目に入った。
『さすがに4人相手ではこのざまか。もう少しやれると思っていたのだがな……だが、これで安心して逝ける』
弱弱しい思念を伝えた。
「リトラ、あなたは大馬鹿者ですわ! もっといい解決方法だってあったはずですわよ!」
ぼろぼろと涙を流し鼻水を垂れ流しながらいぶりーが黒龍の鼻先に抱き着く。
『いや、ないからこうなったんじゃが……、ゴホン、あー、お主らはまだ強くなる。我はもう間もなく死ぬ。そうしたら我の躯を使って素体や装備を強化すると良い。八大祖龍の素材は破格の補正値を叩き出す故な……』
「リトラ……おれ……」
『シスコ、そのような顔をするでない。我は最後にお主らと戦えて満足しておる。ごろー、お主が泣いているところなぞ初めて目にしたぞ』
皆の後ろに隠れて静かに涙を流すごろーを見て黒龍は喉の奥で低く笑う。それからゆっくりと四人の顔を見回して、
『……頃合いかの。キヨカ、最後はお主の手で送っておくれ』
黒龍の言葉にキヨカは体を震わせる。
「うん」
大きく息を吐き、それから瞑目して黒龍の額へと触れる。キヨカの肉体に
「おーまさん、今までありがとう」
キヨカの頬を伝ったひと滴が黒龍の額の鱗を濡らした。
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