第40話

 ザッ、ザッ、ザッ、砂利を踏みしめる音が聞こえる。

 ユイは自身の胸や腹に暖かい熱のようなものを感じて酷く重たい瞼をこじ開ける。

 揺れる視界、鈍い痛みに支配される体。

 それから、視界に映る見慣れた銀の短髪。


「……アライ、くん?」


 問いかける。


「ああ……ようやく目を覚ましたか、お姫様」


 お道化るような若い男の声。

 日焼けし、タクティカルアーマーを着た青年アライはズレ落ちかけた背中の女性、ユイの姿勢を体の反動を使って調整する。


「どうなったの?」


 乾いた砂煙舞う荒野にユイの声。


「一応は勝てた、かな」


「……下ろして、自分で歩ける」


 アライの肩を突き放すようにして後ろに体重をかけるが、


「自分の状態もわからないヤツを下ろせるわけないだろ。今は大人しく背負われてろ」


 何時になく強い口調で言われるままに体の力を抜く。それ以上に体の自由が利かない。


「もしかしてお姫様抱っこの方がよかったか?」


「馬鹿言わないでよ」


 ユイは握った拳でアライの肩を叩く。


「……17人だとさ」


 アライの言葉に応えは無い。

 ただ、その肩に打ち付けられた手に籠る力だけが、ユイの気持ちを代弁していた。


「俺達は運が良かったな」


 その言葉に卑屈な感情はない。それだけではないことも自覚していたが、それでも運という要素を無視する事もできなかった。


 いや、あらゆる可能性を考慮して準備した精鋭3000人。

 挑んで辛勝した上での生き残り17人、そこに含まれるのは運と言わずして何と表せば良いのか。

 運という言葉に紛糾する者は居るだろうが、アライは誰が生き残っていてもおかしくはないと、そう考えていた。


「運……、そうね」


 ユイは短く口にしてアライの肩に顔をうずめた。


 巨大な龍がいた。

 岩塊の如き鱗を持ち、あらゆる攻撃を跳ね返す。

 身じろぎ一つで数十名を下敷きに圧殺し、振るった腕は数百の生命を轢き殺した。

 龍が何か、身を守る、一歩踏み出す、只何かをするだけで人間が少なくとも数人は死んでゆく。

 隣を走っていた者が飛来した岩に潰され滲みとなり、剣を突き立てた者ですら血霧となって地を染める。


 そんな中でアタッカー集団が命懸けで巨大な杭を地龍に叩きこんだのを覚えている。砂塵の向こう、肩口や手足を貫通した杭に縫いつけられた地龍が咆哮を上げ、隆起した大地に多くの手練れが巻き込まれ磨り潰されていった。

 ユイの記憶に焼き付いているのは、地龍の前脚が自身を狙って爪を立てようとした瞬間だ。そして、導かれるようにその前後を思い出す。


 ユイは最後の切込を、生き残ったメンバーと共に行っていた。


 シンクロを十分に扱える前衛の集まりで、その時には既に討伐がほぼ手詰まり。

 命令系統も崩壊し、生き残りのメンバーでどうにかしなければならない状況。

 何とか連絡を取り合えた仲間たちと最悪の事態を打開するために即興で組んだ作戦を実行しようとしていた。


 砂塵舞う荒野を地龍の巨体を駆け上るのは30名の精鋭。

 アライの姿もその中に在った。

 それ以外の生き残りは地龍の意識を分散させるために主に遠隔攻撃手段を持つ者達が地上に残った。

 地龍を縫い付ける杭はミシミシと音を立て、いつ砕けるかもわからない上にチャットによると杭を生み出したプレイヤーの命も既に虫の息、持って数分、悪ければ数十秒。死に掛けの体を地龍の足に結わえ付け踏みつぶされないようにするのが精一杯。

 そんな中、彼らが目指すのは地龍の首だった。


 先頭を走るのはユイだ。


 何人もの仲間が力を合わせ地龍の首筋に刃を立て、鱗を砕き、肉を抉り、骨を露出させた。

 ユイが手にした機械斧は激しい擦過音を発しつつ力任せに露出した頸骨に食らいつく。骨の表面が砕け、あと少しで神経を露出させることが出来る。


 一瞬だった。


 尋常でない痛みに龍は身もだえし、数人が脱落したのを彼女は目端に捉えていた。

 追い討つようにアライを含む別のメンバーが露出した頸骨を砕くために打撃を叩きこむ。

 髄液がにじみ出たと同時、地龍の最後の地殻操作によって地上部隊が全滅し、振動に振り落とされた数名が地上の染みとなった。

 ユイは振り落とされまいと得物をめくれた外皮に引っかけて耐えていたが、


「思い出した。アライ君あなた……!」


 そうだ、傷口に最も近い場所にいたユイを引っ掻こうと地龍は鋭い爪で払い落そうとしたのだ。

 人の胴体以上に太く鋭い爪がユイを狙う。

 そして、アライはユイを守るために体を滑り込ませた。

 見事に一撃を受け止めたアライだが、いくらシンクロしていようと龍の爪はその防御を簡単に突き破る。

 それでも、わき腹を貫かれつつも右腕でそれを抑え込むと、アライは膝を突くことなく龍の爪を左手で根元から叩き折って見せた。


 地龍が体勢を崩した瞬間……。


 ユイは体を振るわせ、アライを掴む手に力がこもる。

 止めをさされた地龍が地に沈む際に巻き込まれて下半身を潰されたのを思い出す。

 今、ユイ自身が下半身に感覚が無いことを再認識し、更に力が籠る。


「っ……!」


 アライが強張る。


「あ……ごめん」


「今の言い方、昔を思い出した」


 痛みが無いかのように、少し嬉しそうに言う。


「ばか言わないで」


 拗ねたように言うユイの言葉を、アライは少し嬉しそうに聞いていた。


「馬鹿じゃないさ。懐かしくて嬉しかったんだ。ユイは結局変わってなかったんだって」


 アライの首に回した腕に優しく力が籠る。


「……ばか」


「そういうトコもさ……。これが終わったら皆に会いに行こう。きっと喜ぶよ」


 アライは砂塵が薄らいだ向こう、帰還用のゲート、その周囲に集まる生き残りの仲間たちに向かって大きく手を振るのだった。


 その後、レイドチームは回収した素材の分配を行ったのちにチームは解散。

 再編の目途は立っていない。

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